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「シリル様」


 演習場で引継ぎをしていたメイは、シリルを見つけると呼び出す。


「メイ殿、先ほど王女殿下の馬車が場外へ出ていくのを見たという者がいるのですが、何かあったのですか?」


 その声色からは、シリルの感情はあまり読み取れない。


「……ルチア様の輿入れが決まり、本日出発した次第です」

「輿入れ? そんな急になぜ」

「今のルチア様の状態を見かね、王太子様がこのお見合いを計画したそうです。領地療養も兼ねてということです。わたくしたち侍女も、この後別の馬車にて出発いたします。それまでに、ルチア様よりシリル様にお手紙をと言われましたのでお持ちいたしました」


 メイがやや不機嫌そうに、シリルへと手紙を差し出す。今この原因を作ったシリルは、もはやメイたちにとって敵でしかなかった。


「それにしても、王女殿下を馬車に乗せるなど大丈夫なのですか」

「仕方ありません。お相手様の領地までは、馬車で早くても三日ほどかかるそうですので。馬でというわけにもまいりませんし」

「その、相手というのは」

「……」


 メイはシリルを睨みつける。本来ならば貴族であるシリルを睨みつけたり不機嫌さを出すなど、あってはならないことだ。しかし、メイにはどうして我慢ならなかった。

 この不穏な二人のやり取りに、いつの間にか他の騎士たちも興味深々で近づいてくる。


「ルチア様は、今年60になられます、伯爵様の後妻だそうです」

「なっ。なぜ、そんな」

「言っておりましたよね? ルチア様はどういう方が好きなのかと。もちろん、それは国王様も王太子様もご存じです。今、どこかに輿入れしたとしてもルチア様の悲しみは消えはしません。それならば、どこかの若い貴族に輿入れさせるのは酷というものでございます」

「しかし、だからといって後妻など」

「では、今の状態のルチア様に、好きでもない方に輿入れしろと?」

「いや、そうではないが。何もこんなに急ぐことなど」

「ルチア様を娘として接して下さる方の元へ預けて、穏やかな日を過ごしていただきたいというのが、皆の願いでございます」


 シリルはただ茫然と、それ以上の言葉が出てこなかった。受け取った手紙に目をやる。


『ごめんなさい』


 震えるような小さな字で、手紙にはそれだけ書かれていた。そしてあの日渡した黄色い花が、張り付けてある。

 これは何に対する謝罪なのだろう。あの時、大嫌いと言ったことになのか、それとも……。

 シリルも本当に謝るべきは誰かなど、ずっと分かっていた。そして自分の気持ちも全て。ただそれでも、そこに蓋をすれば、自分さえいなくなれば、彼女は幸せになれると心から思っていたのだ。

 そう、こんな事態になるまでは。


「では、これにて失礼いたします」


 ざわざわとなる騎士たちを気にすることなく、メイは歩き出した。


「待ってくれ。俺が行く」

「行く? どこへ行くというのですか。今更行って、何になるというのです」


 振り返ったメイは怒りながら、涙を貯めている。その涙は、あの日の彼女の涙とかぶった。


「もうこれ以上、自分の気持ちに嘘は付かない。ルチア様を攫いに行く」


 そう言って、シリルは走り出した。そして厩舎に留めてある自馬に乗る。


「すまない、もう戻れないかもしれないが、後を頼む」


 その場にいた他の騎士へ声をかける。すると、皆の口からはシリルへの激が飛んだ。
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