上 下
8 / 12

008

しおりを挟む

「心配せずとも後任には第二騎士団の団長が王女殿下の護衛騎士として、就くことになっております。侯爵家の次男ですし、歳も二つほどしか違いありませんのですぐ打ち解けられるでしょう」

「シリル!」

「最後まで使命を全う出来ないことわたしを、どうぞお許し下さい」

「シリル!」


 私の話を全く聞こうとしないシリルの胸に飛び込む。


「シリル、あなたは私の想いを知っているでしょう? 私は……、私はあなたのことが」

「いけませんルチア様、それを口にしては。前にも申したはずです。それは一時のものだと。共に死線を抜けて、その時の思いを共感したに過ぎないと。それは恋などと呼ぶものではありません」

「知らないくせに、私の想いなんて!」

「それでもです。ルチア様」


 シリルが私の肩を掴み、優しく引きはがす。


「こんな時にだけ、あなたは私の名前を呼ぶのね……」

「お分かりください。わたしとあなたとでは、身分も歳も違いすぎます」

「歳とは何? 20歳上だとそんなに偉いの? ただ取るものに、なんの意味があるというのよ!」

「20も違えば、全てが違います。あなたとわたしでは父と娘だ。そういうものなのです」

「分からないわ」

「今は分からなくとも、分かる時が必ず来ます」


 分かりたくもない。ずっとずっと目を背けてきたことだから。それをこんな形で、シリルの方から言われるなんて思ってもみなかった。

 全てを……私の想いすら全て否定されてしまった。もうこの先、彼とのこの先はないのだろう。シリスが私を置いて行ってしまう。想いも告白も、全てなかったことにして。


「分かりたくもない」

「ルチア様」

「大嫌いよ……、シリルなんて大嫌い」


 約束で縛り付けている、ただの卑怯者だということは分かっている。でもそうしてでも、側にいて欲しかった。本当に好きだったから。

 せめて、好きだと、私の思いの全てを聞いてさえくれればまだ、こんな惨めな思いはしないのに。私には、それすらも許されない。


「申し訳ありません」

「出てって、もう顔も見たくない」


 私は涙を堪えるのにただ必死だった。泣きわめいて、しがみついて、みっともなくて無様は姿を見せたくはなかった。それだけが王女としての、せめてものプライドだ。

 シリルは深々と頭を下げると、部屋から出ていく。しばらく彼のいなくなったドアを見つめた後、ベッドまで行くと、乗っていたすべての枕を扉に投げつけた。




 そしてそのままベッドの横で布団に包まり、涙が枯れるまで泣いた。どれだけの時間が経ったのか、窓の外は明るくなっている。


「ルチア様?」


 短いノックの後、メイが入室してくる。

 みっともない顔を見られたくなくて、ベッドに戻ろうとしたのだが、体が鉛のように重く動くことが出来ない。


「ルチア様! どうなさったのですか。誰かー、誰かすぐ来て!」


 メイが慌てたように動けない私に近づき、私に触れた。しかし、メイの方を向くことも声を出すことも出来ない。まるで本当の石になってしまったみたいだと自嘲する。

 でももうそれすらも気にならない私がいた。いっそ石にでもなって、そのままこの心も体も固まってしまえばいいと思ったから。


 メイの悲鳴にも似た声に、すぐ近くにいた衛兵たちが部屋へ入ってきた。

 そして彼らの手によってベッドに横にさせられ、すぐに医師が呼ばれる。大げさだなぁと、みんなの慌てる姿を私はただぼんやり眺めていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

シテくれない私の彼氏

KUMANOMORI(くまのもり)
恋愛
 高校生の村瀬りかは、大学生の彼氏・岸井信(きしい まこと)と何もないことが気になっている。  触れたいし、恋人っぽいことをしてほしいけれど、シテくれないからだ。  りかは年下の高校生・若槻一馬(わかつき かずま)からのアプローチを受けていることを岸井に告げるけれど、反応が薄い。  若槻のアプローチで奪われてしまう前に、岸井と経験したいりかは、作戦を考える。  岸井にはいくつかの秘密があり、彼と経験とするにはいろいろ面倒な手順があるようで……。    岸井を手放すつもりのないりかは、やや強引な手を取るのだけれど……。  岸井がシテくれる日はくるのか?    一皮剝いだらモンスターの二人の、恋愛凸凹バトル。

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

醜いと言われて婚約破棄されましたが、その瞬間呪いが解けて元の姿に戻りました ~復縁したいと言われても、もう遅い~

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢リリーは、顔に呪いを受けている。  顔半分が恐ろしい異形のものとなっていた彼女は仮面をつけて生活していた。  そんな彼女を婚約者である第二王子は忌み嫌い、蔑んだ。 「お前のような醜い女と付き合う気はない。俺はほかの女と結婚するから、婚約破棄しろ」  パーティ会場で、みんなの前で馬鹿にされる彼女。  ――しかし。  実はその呪い、婚約破棄が解除条件だったようで――。  みるみるうちに呪いが解け、元の美しい姿に戻ったリリー。  彼女はその足で、醜い姿でも好きだと言ってくれる第一王子に会いに行く。  第二王子は、彼女の元の姿を見て復縁を申し込むのだったが――。  当然彼女は、長年自分を散々馬鹿にしてきた彼と復縁する気はさらさらなかった。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

王女ですけれど何か?

御伽夢見
恋愛
王太子妃は決定事項?の話の中の腹黒姫様が主人公です。その祖父のくろりんも孫姫には甘い?

【完結】その婚約破棄は異端! ー王太子は破滅するしかないー

ジャン・幸田
恋愛
 俺マキシムは何も出来かも自由になる! そう女もだ! 親が決めた婚約さなど排除してしまえばいい! そう思ったが実際は色々と厄介なことになった! 全て元婚約者マリアンヌが・・・!  これは婚約破棄によって不幸になった貴公子の末路の物語である。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

処理中です...