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 シリルは護衛騎士としてただ忠実に私を守るだけ。

 名前すら呼んでもらえず、私がいくら好きだとアピールしたところで、こうやって娘だと線を引く。ずっと分かっていたことだ。彼は私の思いを決して受け入れようとはしない。

 でもそれでもと、いつかはとずっと願ってきた。諦めるには、まだ早いと思うから。この廊下がもう少し長ければいいのにと思う反面、縮まることのない距離に風が吹き抜けていく。


「部屋ではどうか暖かくお過ごしください、王女殿下」


 今日も大した会話も、何かが進むこともなく部屋へとたどり着いてしまった。


「言われなくても分かってるわ」

「あ……」


 何かに気付いたかのように、シリルの手が私の顔の方へ伸びてくる。私は何が起きたのか分からず、固まっていると彼の手が髪に触れた。

 ただそれだけで、心臓の音が外まで聞こえてしまうのではないかと思うくらいに大きな音を立てる。


「付いていましたよ」


 そう言って、シリルは花びらを私に差し出す。庭で風に乗って飛んできたのか、それは小さな黄色い花だった。

 髪についていただけの花でしかないのに、シリルはただそれを差し出しただけでしかないのに、そんな単純なことで心がポカポカしてくるのが自分でも分かる。

 ああこんな些細なことでも私は……。


「な、は、花? そう、付いていたのね」


 花を彼の手から受け取る。もっと可愛げのある言葉が言えれば良かったのに。シリルを目の前にすると、どうしても素直に言葉が出てこない。

 ああ、最悪ね。でも……。


「……」


 手の中の小さな花は、シリルからの贈り物のようにさえ思えた。嬉しい。シリルが贈ってくれたものでないと分かっていても、それでも嬉しい。


「シリル?」

「……」

「どうか、したの?」


 受け取った花を見つめていると、まるでそれを見て固まったようなシリルがいた。

 私、そんなに変な顔でもしていたのかしら。声をかけても、彼はめずらしく上の空だ。


「……ああ、いえ、すみません。では、わたしはこれで失礼します」

「?」


 シリルは我に返ったようにこちらを向く。

 そしてあたふたしたように、珍しく視線を合わせないまま、大股で来た道を戻って行った。


「メイ、シリル様はどうしたのかしら?」

「さぁ。ルチア様があまりに美しくて見とれていたんじゃないんですか」

「もう、メイったら。そんなこと言われても嬉しくなんてなくってよ」


 でも、もし本当にそうだったらいいなと思う。私がどれだけ好きなのか、ほんの少しでもシリルに伝わればいいのに。

 今もこんなにも、心が張り裂けてしまいそうなぐらい苦しいのだから。


「はいはい。ではルチア様、それはどうなさりますか?」

「そうね、花に罪はないから押し花にでもしてちょうだい。な、何、メイ。べ、別にシリルからの贈り物として取っておきたいって言っているわけではないのよ」

「そういうことにしておきましょう。大事なお花ですからね、メイが責任を持って押し花にいたしますよ」

「もう」

「今日は国王様が共に夕食をとおっしゃられておりましたので、少し休憩をしてから着替えましょう」


 メイの言葉など今の私には入ってくることなく、ただ先ほどの余韻の中にいた。長くは続くはずはないと頭では思っていても、こんな日々が一日でも長く続けばいいと切に願っていた。
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