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どうしたい? 本心を言えば、あの家を叔父たちから取り戻したい。
でももうそれが無理なことは私にだって分かってる。
もうあそこには……私が知っている屋敷には二度と戻ることはないだろう。
「私は……あの屋敷には帰りたくないのです……。あの変わり果てた屋敷は、もう私の知るものではありません」
「うむ」
「楽しかった思い出も、共にいてくれた者たちもなんにもなくなってしまいました。あそこはもう、我が男爵家だった面影すらありません」
「だろうな」
「ただそうだとしても私は成人前であり、後見人もいない状態です。私がこの先を決めていいものだとは思っておりません」
「ティア!」
「カイル様……本当のことです。今はまだ男爵令嬢という肩書はあるにせよ、屋敷に戻らないということは家を捨てるのも同然です」
あの男爵家の今の当主は叔父だ。私が家を捨てるとすれば、除籍手続きも厭わないだろう。
そうなれば、私はただの平民になってしまう。
もしそうじゃないとしても、良くて修道院に送られるでしょうね。
私は誰にも気づかれぬように唇を噛みしめ、テーブルの下で自分の手を強く握った。
「その顔では、家を捨てればどうなるのかは分かっているようだな」
「……はい。承知しております」
「父上、ティアをこのままこの屋敷に!」
「お前は黙っていなさい」
ぴしゃりとした公爵の言葉が飛ぶ。
そう。そんなことは許されるわけがない。
「どうなるか分かっていて、カイルに泣きつきはしなかったということか……」
「もちろんでございます」
これはなけなしの私の貴族としての誇り。
そしてそれ以上に、カイルのことが大切だから。だからそんなことは絶対にしない。
そう決めたんだもの。
「……そうか」
公爵はまた頭を抱えるように、深くため息をついた。
「公爵様にご判断をあおぎたく、今日この場を設けていただきました。ただの婚約者という身分でしかなく、厚かましいのは重々承知の上です。ですが今まともな後見人がいない以上、公爵様にしかこのようなことを頼むことが出来ずに……」
「いや、その件はいい。本当にそっくりだな」
「え?」
「いや、そなたのその真っすぐに潔い瞳が、本当に父親に似てるなと思ったのだ」
「私が、父にですか?」
「ああ。そっくりだよ。本当に何から何まで」
そんなことを人から言われたのは初めてかもしれない。
瞳の色は一緒だけど、どちらかといえば雰囲気とかは母に似てると思っていたのに。
「そなたの父はまるで真っすぐに割ったモノのような性格でな。ダメなものはダメ。いいものはいい。失敗をしても、その責は潔くとるという人だったよ」
「ふふふ。そうですね。確かに、子どもの私にもいつもそんなコトを言っていました」
「でもなぁ……。困ったことが起き、それを起こした本人が一人で責を取れないような時は一緒になって責を負うような人だったよ」
「それは初耳です」
「よく、オレがしたいたずらの責をダメなと諫めながらも、一緒にかぶってくれたものだ」
「まぁ」
子どもの頃から二人が仲がいいとは聞いていたけど、公爵のいたずらを一緒に謝っていただなんて。
なんだか想像がつかないわね。
でも遠い目をする公爵を見ていると、良き思い出だったのだなぁと私にも思えてくる。
そんな風に思ってくれる人がいる父は、本当に幸せ者ね。
「そなたも本当に良き目をしているよ。潔く、真っすぐな瞳だ。誇りなさい」
「……はい」
「今後のことを考えれば、家を捨てるのは良くない。だがあの家とも言えぬところには、もういられぬというのも分かる」
「……はい」
「それならば、今まで通っていた王立学園の寄宿舎にとりあえず入るのはどうだろうか」
「寄宿舎……」
そうか。父たちが亡くなってから通えなくなっていたからすっかり忘れていたけど、あそこには寄宿舎があったのね。
貴族の子たちはみんな家から馬車で通っていたから、全然覚えてないかったわ。
でもそうね。あそこなら叔父たちの手も届かず、しかも家を捨てることもない。
すべてが一挙に叶うなんて、さすがだわ。
「公爵様のお言葉の通りにいたします」
「いいのか? そんな簡単に二つ返事をしてしまって」
「もちろんです。あそこでしたら、家を捨てることもなく叔父たちの元から離れられますもの」
「ティア、学園の寄宿舎には使用人は連れていけない。完全に扱いは平民と同じになるんだぞ」
「でもカイル様、私の記憶が確かならば地方貴族の子たちもあそこにいるはずですわよね。それなら何もみんなが平民というわけでもないではないですか」
「それはそうだが」
「それに私、自分のことは自分で出来るようになったんですよ」
すごいでしょうという風に微笑むと、カイルはなんとも言えない顔をしていた。
貴族令嬢らしからぬ、だろうけど……でもちゃんともう一人でも生きていけるんだもの。
だから大丈夫。きっと大丈夫。
あの地獄に比べたら、何にも問題はないわ。
「ルイス嬢の決意が固いのならば、このまま手続きはこちらでしよう。また必要なものもそろえる」
「何から何まで申し訳ございません」
心苦しいけど、今の私には感謝をすることしか出来なかった。
いつか必ず、この御恩が返せるように私も頑張ろう。
心からそう思った。
でももうそれが無理なことは私にだって分かってる。
もうあそこには……私が知っている屋敷には二度と戻ることはないだろう。
「私は……あの屋敷には帰りたくないのです……。あの変わり果てた屋敷は、もう私の知るものではありません」
「うむ」
「楽しかった思い出も、共にいてくれた者たちもなんにもなくなってしまいました。あそこはもう、我が男爵家だった面影すらありません」
「だろうな」
「ただそうだとしても私は成人前であり、後見人もいない状態です。私がこの先を決めていいものだとは思っておりません」
「ティア!」
「カイル様……本当のことです。今はまだ男爵令嬢という肩書はあるにせよ、屋敷に戻らないということは家を捨てるのも同然です」
あの男爵家の今の当主は叔父だ。私が家を捨てるとすれば、除籍手続きも厭わないだろう。
そうなれば、私はただの平民になってしまう。
もしそうじゃないとしても、良くて修道院に送られるでしょうね。
私は誰にも気づかれぬように唇を噛みしめ、テーブルの下で自分の手を強く握った。
「その顔では、家を捨てればどうなるのかは分かっているようだな」
「……はい。承知しております」
「父上、ティアをこのままこの屋敷に!」
「お前は黙っていなさい」
ぴしゃりとした公爵の言葉が飛ぶ。
そう。そんなことは許されるわけがない。
「どうなるか分かっていて、カイルに泣きつきはしなかったということか……」
「もちろんでございます」
これはなけなしの私の貴族としての誇り。
そしてそれ以上に、カイルのことが大切だから。だからそんなことは絶対にしない。
そう決めたんだもの。
「……そうか」
公爵はまた頭を抱えるように、深くため息をついた。
「公爵様にご判断をあおぎたく、今日この場を設けていただきました。ただの婚約者という身分でしかなく、厚かましいのは重々承知の上です。ですが今まともな後見人がいない以上、公爵様にしかこのようなことを頼むことが出来ずに……」
「いや、その件はいい。本当にそっくりだな」
「え?」
「いや、そなたのその真っすぐに潔い瞳が、本当に父親に似てるなと思ったのだ」
「私が、父にですか?」
「ああ。そっくりだよ。本当に何から何まで」
そんなことを人から言われたのは初めてかもしれない。
瞳の色は一緒だけど、どちらかといえば雰囲気とかは母に似てると思っていたのに。
「そなたの父はまるで真っすぐに割ったモノのような性格でな。ダメなものはダメ。いいものはいい。失敗をしても、その責は潔くとるという人だったよ」
「ふふふ。そうですね。確かに、子どもの私にもいつもそんなコトを言っていました」
「でもなぁ……。困ったことが起き、それを起こした本人が一人で責を取れないような時は一緒になって責を負うような人だったよ」
「それは初耳です」
「よく、オレがしたいたずらの責をダメなと諫めながらも、一緒にかぶってくれたものだ」
「まぁ」
子どもの頃から二人が仲がいいとは聞いていたけど、公爵のいたずらを一緒に謝っていただなんて。
なんだか想像がつかないわね。
でも遠い目をする公爵を見ていると、良き思い出だったのだなぁと私にも思えてくる。
そんな風に思ってくれる人がいる父は、本当に幸せ者ね。
「そなたも本当に良き目をしているよ。潔く、真っすぐな瞳だ。誇りなさい」
「……はい」
「今後のことを考えれば、家を捨てるのは良くない。だがあの家とも言えぬところには、もういられぬというのも分かる」
「……はい」
「それならば、今まで通っていた王立学園の寄宿舎にとりあえず入るのはどうだろうか」
「寄宿舎……」
そうか。父たちが亡くなってから通えなくなっていたからすっかり忘れていたけど、あそこには寄宿舎があったのね。
貴族の子たちはみんな家から馬車で通っていたから、全然覚えてないかったわ。
でもそうね。あそこなら叔父たちの手も届かず、しかも家を捨てることもない。
すべてが一挙に叶うなんて、さすがだわ。
「公爵様のお言葉の通りにいたします」
「いいのか? そんな簡単に二つ返事をしてしまって」
「もちろんです。あそこでしたら、家を捨てることもなく叔父たちの元から離れられますもの」
「ティア、学園の寄宿舎には使用人は連れていけない。完全に扱いは平民と同じになるんだぞ」
「でもカイル様、私の記憶が確かならば地方貴族の子たちもあそこにいるはずですわよね。それなら何もみんなが平民というわけでもないではないですか」
「それはそうだが」
「それに私、自分のことは自分で出来るようになったんですよ」
すごいでしょうという風に微笑むと、カイルはなんとも言えない顔をしていた。
貴族令嬢らしからぬ、だろうけど……でもちゃんともう一人でも生きていけるんだもの。
だから大丈夫。きっと大丈夫。
あの地獄に比べたら、何にも問題はないわ。
「ルイス嬢の決意が固いのならば、このまま手続きはこちらでしよう。また必要なものもそろえる」
「何から何まで申し訳ございません」
心苦しいけど、今の私には感謝をすることしか出来なかった。
いつか必ず、この御恩が返せるように私も頑張ろう。
心からそう思った。
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