悪役令嬢の涙。虐げられた泣き虫令嬢は、愛する人のために白猫と悪役令嬢を目指します。

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化

文字の大きさ
上 下
16 / 31

016

しおりを挟む
 このままここで……。

 私はその言葉に、私は一瞬夢を見た。

 前の家に……父たちがいた頃のような家に戻れた気分。むしろここには、それ以上の優しさが溢れていた。

 でも同時に、それが許されないことを知っている。

 私たちはまだ婚約者であって、結婚をしているわけではない。しかもこの先の約束だって危ういというのに。

 この先の未来に、ううん、カイルの重荷になんてなりたくない。

 チクチクする胸の痛みを無視し、私は静かに首を横に振った。


「ティア、どうしてだ」

「お気持ちはすごくすごく嬉しいです」

「だったらどうして!」

「でも私とカイル様はまだ婚約者同士。結婚をしたわけでもないのに、私がこのままこの家に入ることはかないません」

「だからそれは父上たちに」

「例え、お二方が許可をされたとしても、世間体や体裁を考えればすべきではないと思います」

「そんなもの、どうでもいいだろう」

「どうでもよくなどありません。だって、カイル様は次期公爵様となられるお方です。貴族においてそのお手本となるべき方が、すべきことではありません」


 そう。これはカイルのため。

 私だってここにいたい。このまま、この温かな屋敷で優しい人たちに囲まれて暮らしていけたらと心から思う。

 でもカイルは次期公爵だ。

 誰よりも貴族として高い身分。そしてゆくゆくは王家で役職に当たる身。

 その経歴にほんの少しでも傷がつくようなマネをしてはいけない。

 だから本来、私との婚約だって解消した方がいいに決まっている。

 でもそれを言い出さない私はきっと、何よりも卑怯だ。

 自分からはどうしても、カイルを突き放すことなんて出来なかった。


「ではどうするというのだ。あの家になど、絶対に君を帰したりはしない」

「……そのお気持ち、そのお言葉だけで私は十分すぎるほどですわ」


 あの家に帰りたくない気持ちはある。

 でも私にはあそこ以外に行く宛などない。

 おそらくは運を天に任せた方がいいのだろうけど……でも少しぐらい悪あがきしてみてもいいわよね。

 どうせダメだって分かってても、ちゃんとやり切った上で納得したいもの。


「公爵様の判断に任せたいとは思いますが、その前に私からもお話させていただく機会をいただけないでしょうか」

「その時に俺も一緒に行く。父上がなんと言おうとも、ティアをあの家には帰さない。もしそんな判断をなさるのなら、俺にも考えがある」

「カイル様……」


 ふふふ。そんな言葉だけで本当は幸せなのだけどね。

 でも今はきっと、言わない方がいい気がする。だってこの先のことなんて分かりはしないから。

 こんなことすらカイルの重荷になって欲しくないもの。


「そうと決まれば今すぐ父上の元へ行こう」

「え、あ、えええ? い、今ですか?」

「ああ、こういうのは早い方がいいだろう」

「いえ、確かにそうですけど」

「そうだろう?」


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま過ごすよりは、確かに早い方がいいに決まっている。

 しかもカイルの中では私をあの家に帰さないと決めてしまっているのなら、尚更なのも分かる。

 でも、何も今の今ではなくたって。

 決意は確かにしたけれども。でも……でも……。


「いくらなんでも公爵様にお目通りを願うのに、こんな急にということはいけないと思いますわ。きっとお仕事などもあるでしょうし」

「仕事よりもティアの件のが重要だろう。こんな仕打ちを受けてきたことは、決して許されることではないのだから」

「いえいえ、でもそうだとしてもです」


 普通、公爵へのお目通りなどそんなに簡単に出来るものではない。

 何日も前から伺いの手紙を書き、その上で日程を合わせて面会するというものだもの。

 確かにカイルは家族だから毎日顔を合わせているのかもしれないけど、私はただの婚約者でしかないし。

 今はその身分すら怪しいのだから、さすがにそんな大胆なことは出来ないわ。


「せめて、せめてちゃんとお伺いを立ててからにしないとダメです」

「そんなまわりくどいこと……」

「カイル様!」


 もう。面会をするのに、めんどくさがってはダメだと思うのに。

 私はさすがに頬を膨らまし、カイルを見上げた。

 私を見たカイルは、なぜかそのまま両頬に手を添える。


「?」

「かわいいけど、その顔はダメだ」


 意味不明なことを言いながら、カイルは頬を両側からそっと押しつぶす。

 ぶーという声というか音と共に、私の頬からは空気が抜けていった。


「かひるさま、ほほはなひてくだひゃい」


 カイルはなぜか頬をずっと抑えたまま、私をみつめていた。

 ううう。まともにしゃべれないよぅ。


「ぶっ。あははははは。その顔」

「もーーーー。カイル様ひどぉい。笑っちゃ嫌です。もーーーう」

「だってその顔が。あはははは」

「ぶーーー」


 吹き出したあと盛大に笑いだすカイルに、私はまた頬を膨らませた。

 でもそうね。

 さっきまでの怒ったような表情のカイルよりはすごくいいかな。

 そして私も釣られるように笑い出した。

 そう。心から笑うのなんて、何日ぶりと言うほどただ二人で笑い合い、幸せな時間がそっと流れていった。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

彼を愛したふたりの女

豆狸
恋愛
「エドアルド殿下が愛していらっしゃるのはドローレ様でしょう?」 「……彼女は死んだ」

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

処理中です...