15 / 31
015
しおりを挟む
「私はウエスト卿をそのような恋愛対象として見たことはないですよ」
「そうなのか? 今、助けられた男と恋に落ちるっていうのが流行っていると聞いたんだが」
「そうなのですか? 私は逆にその話がお聞きしたいですわ」
誰から聞いたのかしら。
それともそういう本でも流行っているのかな。
だとしたら、私も読んでみたいな。
「それにこうやって実際に私のことを思い、助け出すように言って下さったのはカイル様なのでしょう?」
「それはそうだが……」
「そうだが?」
「時間がかかってしまった。すまない、ティア。まさかこんなにも酷い状況になっているとは思わなかったんだ。全て俺のせいだ」
「どうしてカイル様のせいになるのです。あ、あの……それとそろそろ下してくださいませんか。顔を見てお話したいのです」
見上げるのも限界があるし、私としてはゆっくりカイルの顔を見ながら話したいのに。
私を抱きしめるカイルの力は強まるばかりで、全然離そうとしてくれない。
今までだって、こんな近くにカイルを感じたことなんてないのに。
心臓がもたないわ。
ああでも、ある意味顔を見られないほうがいいのかしら。
今きっと私の顔、真っ赤ね。
それだけは自覚がある。
声はすぐ頭の後ろから聞こえるし、なにより匂いが。
カイルの匂いに包まれるようで、何とも言えない感覚だ。
ううう。
これはこれで本当に、なんて言ったらいいのかしら。
恥ずかしいのか、嬉しいのか。
どこか落ち着きなく、そわそわしていて心が浮足立っている。
こんな感覚は初めてね。ああ、もしぬいぐるみになったのなら、こんな感じかしら。
でも私、ぬいぐるみほど可愛くもないのに。
それにカイルがぬいぐるみを抱っこする姿が微妙に想像できないのよね。
ん-。この状況を、ある意味遠くから見てみたいわ。
「離したくない」
「ですから、私は逃げませんよ?」
「そうではない……ティアが消えてしまいそうだから」
「消えるって。私はお化けでもないですし」
「離してしまうのが、不安なんだ。亡くなった君の両親のように……どこかに行ってしまうんじゃないかと。後を追ってしまうんじゃないか……そんな不安でいっぱいなんだ。……すまない」
「カイル様……」
後を追う。
そうね。そう考えたことは、きっと一度や二度じゃない。
寝て起きて全てが現実だったと分かるたびに、私も父たちのところに行きたいって思ってしまったから。
特に叔父たちが来てからは、そう思わない時などなかった。
だって父たちがいた時は、本当に幸せだったから。
あの頃にもう戻れないのならば、私も連れて行って欲しかった。
そう思わないでいられるほど、強くはなかった。
でもきっとそんな私の思いを感じて、カイルは不安になってしまったのね。
それほどまでに、私はこの方に大切に思われていた。
不謹慎だけどその事実が、私の胸にほのかな温かさを生む。
ああ、生きててよかった。後なんて追わなくて良かった。
本当に……。
「ティア、泣いているのか? すまない、俺が不甲斐ないばかりに」
「違うんです。どうしてそうなるんですか。むしろ逆です。まだこんな風に私のことを心配して思ってくれる人がいたことがうれしかったんです」
「当たり前だ。俺たちは婚約者だろう!」
「ええ、そうですね。でも……」
この婚約にまだ意味はあるのかしら。
聞きたい……。でも、聞きたくない。
だって聞いてしまったら。
これがもし本当にただの同情だと分かってしまったら、私はきっと何かがダメになってしまう。
そんな気がするの。
泣き出しそうになるのを、ただ必死にこらえた。
本当にダメね。私泣き虫すぎるわ。
こんなとこで泣いてしまったら、絶対に迷惑がかかってしまうもの。
「でも?」
「いいえ。何でもないです。そうですね。婚約者ですものね。そう言ってもらえて、うれしいです」
「いや。本当に今回のことは自分を不甲斐なく思うよ。もっと早く気付けていたら、君をこんな風に苦しめることも、寂しい思いをさせることもなかったはずなんだ」
「でもそれでもこうやって、私を救い出して下さったじゃないですか。全てはカイル様のおかげです」
「おかげと言われるほど、俺は何もしてないさ。ただ本当に心配だったんだ」
「それがうれしいんです」
カイルのおかげであの地獄のような家の中から出ることが出来た。
今の私には、その事実だけで充分。
体にしっかりと回された腕に、私はそっと触れた。
カイルの腕は大きく、しっかりとしていた。
温かな腕に包まれるだけでどこか安心する。
私はすりすりと触りながら、こてんと頭をカイルの胸に預けた。
顔を見たいと言ったのは私なのに、もう少しこのままでいたいと思う自分もいる。
でもそんなこと言ったら、令嬢としてはしたないかな。
なんかダメね。
こんなことされると勘違いしてしまいそうになる。
愛されてるんじゃないかって。
「ティア、君が良ければこのままここで一緒に暮らして欲しい」
「ですがカイル様……」
「婚約者なのだし、両親にも許可を取る。だから一度考えてくれないか」
「そうなのか? 今、助けられた男と恋に落ちるっていうのが流行っていると聞いたんだが」
「そうなのですか? 私は逆にその話がお聞きしたいですわ」
誰から聞いたのかしら。
それともそういう本でも流行っているのかな。
だとしたら、私も読んでみたいな。
「それにこうやって実際に私のことを思い、助け出すように言って下さったのはカイル様なのでしょう?」
「それはそうだが……」
「そうだが?」
「時間がかかってしまった。すまない、ティア。まさかこんなにも酷い状況になっているとは思わなかったんだ。全て俺のせいだ」
「どうしてカイル様のせいになるのです。あ、あの……それとそろそろ下してくださいませんか。顔を見てお話したいのです」
見上げるのも限界があるし、私としてはゆっくりカイルの顔を見ながら話したいのに。
私を抱きしめるカイルの力は強まるばかりで、全然離そうとしてくれない。
今までだって、こんな近くにカイルを感じたことなんてないのに。
心臓がもたないわ。
ああでも、ある意味顔を見られないほうがいいのかしら。
今きっと私の顔、真っ赤ね。
それだけは自覚がある。
声はすぐ頭の後ろから聞こえるし、なにより匂いが。
カイルの匂いに包まれるようで、何とも言えない感覚だ。
ううう。
これはこれで本当に、なんて言ったらいいのかしら。
恥ずかしいのか、嬉しいのか。
どこか落ち着きなく、そわそわしていて心が浮足立っている。
こんな感覚は初めてね。ああ、もしぬいぐるみになったのなら、こんな感じかしら。
でも私、ぬいぐるみほど可愛くもないのに。
それにカイルがぬいぐるみを抱っこする姿が微妙に想像できないのよね。
ん-。この状況を、ある意味遠くから見てみたいわ。
「離したくない」
「ですから、私は逃げませんよ?」
「そうではない……ティアが消えてしまいそうだから」
「消えるって。私はお化けでもないですし」
「離してしまうのが、不安なんだ。亡くなった君の両親のように……どこかに行ってしまうんじゃないかと。後を追ってしまうんじゃないか……そんな不安でいっぱいなんだ。……すまない」
「カイル様……」
後を追う。
そうね。そう考えたことは、きっと一度や二度じゃない。
寝て起きて全てが現実だったと分かるたびに、私も父たちのところに行きたいって思ってしまったから。
特に叔父たちが来てからは、そう思わない時などなかった。
だって父たちがいた時は、本当に幸せだったから。
あの頃にもう戻れないのならば、私も連れて行って欲しかった。
そう思わないでいられるほど、強くはなかった。
でもきっとそんな私の思いを感じて、カイルは不安になってしまったのね。
それほどまでに、私はこの方に大切に思われていた。
不謹慎だけどその事実が、私の胸にほのかな温かさを生む。
ああ、生きててよかった。後なんて追わなくて良かった。
本当に……。
「ティア、泣いているのか? すまない、俺が不甲斐ないばかりに」
「違うんです。どうしてそうなるんですか。むしろ逆です。まだこんな風に私のことを心配して思ってくれる人がいたことがうれしかったんです」
「当たり前だ。俺たちは婚約者だろう!」
「ええ、そうですね。でも……」
この婚約にまだ意味はあるのかしら。
聞きたい……。でも、聞きたくない。
だって聞いてしまったら。
これがもし本当にただの同情だと分かってしまったら、私はきっと何かがダメになってしまう。
そんな気がするの。
泣き出しそうになるのを、ただ必死にこらえた。
本当にダメね。私泣き虫すぎるわ。
こんなとこで泣いてしまったら、絶対に迷惑がかかってしまうもの。
「でも?」
「いいえ。何でもないです。そうですね。婚約者ですものね。そう言ってもらえて、うれしいです」
「いや。本当に今回のことは自分を不甲斐なく思うよ。もっと早く気付けていたら、君をこんな風に苦しめることも、寂しい思いをさせることもなかったはずなんだ」
「でもそれでもこうやって、私を救い出して下さったじゃないですか。全てはカイル様のおかげです」
「おかげと言われるほど、俺は何もしてないさ。ただ本当に心配だったんだ」
「それがうれしいんです」
カイルのおかげであの地獄のような家の中から出ることが出来た。
今の私には、その事実だけで充分。
体にしっかりと回された腕に、私はそっと触れた。
カイルの腕は大きく、しっかりとしていた。
温かな腕に包まれるだけでどこか安心する。
私はすりすりと触りながら、こてんと頭をカイルの胸に預けた。
顔を見たいと言ったのは私なのに、もう少しこのままでいたいと思う自分もいる。
でもそんなこと言ったら、令嬢としてはしたないかな。
なんかダメね。
こんなことされると勘違いしてしまいそうになる。
愛されてるんじゃないかって。
「ティア、君が良ければこのままここで一緒に暮らして欲しい」
「ですがカイル様……」
「婚約者なのだし、両親にも許可を取る。だから一度考えてくれないか」
10
お気に入りに追加
167
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】公爵令嬢は王太子殿下との婚約解消を望む
むとうみつき
恋愛
「お父様、どうかアラン王太子殿下との婚約を解消してください」
ローゼリアは、公爵である父にそう告げる。
「わたくしは王太子殿下に全く信頼されなくなってしまったのです」
その頃王太子のアランは、婚約者である公爵令嬢ローゼリアの悪事の証拠を見つけるため調査を始めた…。
初めての作品です。
どうぞよろしくお願いします。
本編12話、番外編3話、全15話で完結します。
カクヨムにも投稿しています。
悪役令嬢の涙。
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
父と母が事故で亡くなり、叔父たちの元で慎ましく生きてきたティア。しかし、学園の夏休みに一日早く帰宅すると、父たちの死が叔父たちによって計画されたものだと知った。
そして今度は自分が公爵であるカイルの元へ嫁いだあと、今度はカイルを殺害するという計画を知ってしまう。
大好きなカイルを守るために、悪役令嬢になることで円満に婚約破棄をしてもらおうと決意するティア。
泣きたくなる気持ちを押さえ、断罪シーンへと向かった。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】最愛の人 〜三年後、君が蘇るその日まで〜
雪則
恋愛
〜はじめに〜
この作品は、私が10年ほど前に「魔法のiらんど」という小説投稿サイトで執筆した作品です。
既に完結している作品ですが、アルファポリスのCMを見て、当時はあまり陽の目を見なかったこの作品にもう一度チャンスを与えたいと思い、投稿することにしました。
完結作品の掲載なので、毎日4回コンスタントにアップしていくので、出来ればアルファポリス上での更新をお持ちして頂き、ゆっくりと読んでいって頂ければと思います。
〜あらすじ〜
彼女にふりかかった悲劇。
そして命を救うために彼が悪魔と交わした契約。
残りの寿命の半分を捧げることで彼女を蘇らせる。
だが彼女がこの世に戻ってくるのは3年後。
彼は誓う。
彼女が戻ってくるその日まで、
変わらぬ自分で居続けることを。
人を想う気持ちの強さ、
そして無情なほどの儚さを描いた長編恋愛小説。
3年という途方もなく長い時のなかで、
彼の誰よりも深い愛情はどのように変化していってしまうのだろうか。
衝撃のラストを見たとき、貴方はなにを感じますか?
【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?
星野真弓
恋愛
十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。
だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。
そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。
しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――
【完結】キズモノになった私と婚約破棄ですか?別に構いませんがあなたが大丈夫ですか?
なか
恋愛
「キズモノのお前とは婚約破棄する」
顔にできた顔の傷も治らぬうちに第二王子のアルベルト様にそう宣告される
大きな傷跡は残るだろう
キズモノのとなった私はもう要らないようだ
そして彼が持ち出した条件は婚約破棄しても身体を寄越せと下卑た笑いで告げるのだ
そんな彼を殴りつけたのはとある人物だった
このキズの謎を知ったとき
アルベルト王子は永遠に後悔する事となる
永遠の後悔と
永遠の愛が生まれた日の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる