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よりにもよって、カイルの次に会いたくない人に会うなんて。
シロは誰かが助けに来ることを知っている風だった。
もしかしたら彼がこの近くにいることが分かっていて、音を出すように言っていたのかな。
「ぼ、僕は大丈夫ですが、それよりもその恰好はどうなさったのですかティア様」
「えっと、その、あの……」
あまりにも急すぎて、良さげな言い訳が全然思いつかない。
彼はカイルの一番の側近ともいえる。
私がこんなところでこんな格好をしていたなんて、すぐにカイルの耳に入るだろう。
貴族の令嬢とは思えない、みすぼらしい恰好。
こんな薄汚い婚約者を見たら、カイルに幻滅されてしまうかもしれない。
それだけはどうしても嫌。
「そ、掃除をしていたんです。そしたら、戸の前に立てかけてあったものが崩れてしまったのか、出られなくなってしまって」
自分でも、これが苦しい言い訳だって分かってる。
でもこれ以上の言い訳なんて思いつかないんだもの。
ああ、泣きそうになるほど惨めね。
確かにシロの言う通り助け出してはもらえたけど、やっぱりキツイ。
こんな姿を誰かに見られるだなんて……。
「どうして男爵家のご令嬢であるあなたが、掃除などしないといけないんですか!」
「えっとそれは……使用人がみんないなくなってしまって?」
「使用人がいなくなったのならば、新しく雇えば済むだけの話でしょう」
「んっと、今探しているところなんじゃないのかしら」
「そんなものはすぐに見つかるはずです」
「でもほら、ちゃんと審査とか必要ですし?」
「だからといって、貴女が掃除をすることにはならないでしょうに……。しかもさっきからご自分の発言が全部疑問形なの分かってます?」
だってしょうがないじゃない。私はその問いに対する答えを持ってないんだもの。
それに自分から虐げられてますなんて言えるわけがないじゃないの。
「えっと、そうかしら? でも、ほら、ねぇ」
「でもも、だけどでもないですよ! ちゃんと分かってます?」
自分だって、言い訳が苦しいことなど十分わかってるわよ。
でもだからといって、じゃあなんて言えばいいの。
どう繕ったって、無理なんだから。
「あああ、ティア様、ぼ、僕は何も泣かすつもりではなかったんですよ」
慌てたようにウエスト卿は立ち上がり、ポケットから少しシワになったハンカチを差し出した。
泣くつもりなんてなかったのに。自然に涙が流れてしまっていた。
「すみません、すみません。責めるつもりなんてこれっぽっちもなかったんです。あああ、こんなトコをカイル様に見られたら絶対にころされる~。いやだぁぁぁぁ」
頭を抱え右往左往しならが、ウエスト卿の顔は真っ青だ。
そんなにもカイルは怖いのかな。
私の前では一回だって怒ったこともないのに。
大げさっていうか、なんというか。
私が泣いてしまったのだって、彼のせいじゃなくて、あまりにも自分が惨めに思えただけだし。
泣いてしまったのが、逆に悪く思えてしまえるわ。
「ふふふ。ごめんなさい、ウエスト卿。私も少し気が動転してしまって」
「いやいや、僕が悪いんです。言い過ぎました。地の底より反省しております」
本当に申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。
悪いことをしてしまったわね。
助けて下さったのに、こんな風に謝らせてもしまって。
やっぱり……ごまかせそうにないわね。
私は半ばあきらめの目で、彼を見上げた。
「大袈裟ですよ。……ただ、カイル様に知られたくなかったんです」
「でも、そんなこと! 今、ティア様はご自分が置かれている状況を分かっていますか?」
「……ええ」
「絶対に分かっていませんって。こんなの許されることではないですよ。いくら爵位が貴女のお父様から、義理のお兄様に移ったとはいえ、ティナ様が男爵家の令嬢であることには変わりないんです」
「それは分かっています」
「だったら」
「でもウエスト卿、爵位や肩書きでは食べていくことも出来ないのですよ?」
そうこれは、叔父様たちが来てからずっと言われてきた言葉だ。
爵位は今、叔父にあって、領地からの収入も全て叔父たちの物。
私はココに居させてもらっているだけで、なんら価値もない。
悲しくたって、どれだけ泣いたって、これだけは変えられない事実だった。
「そ、そんなこと」
「爵位が移譲された以上、私の財産というのは限りある少しの物しかありません。権利があったって、住むにも生きていくにもお金はかかるでしょう」
「だからこんなことをさせられているのですか? こんな使用人のようなことを」
「そうね……」
本当は使用人以下だ。
働いたってまともにご飯をもらえるわけでもなく、お給金だってない。
お風呂も入らせてもらえず、毎日井戸の水で体を拭いて、洗濯も自分で行う。
本当に、ただココにいさせてもらっているだけ。
まぁそれでも、家賃? が高いと言われれば、相場なんて分からないし。
外で働いたこともない。
雇ってもらえるかも分からず、外に放り出されるぐらいなら結局ここにるという選択肢しか私には思いつかなかった。
「爵位が譲渡されたからといって、貴女に財産がないわけではないはずです。きっと、あいつらが隠してるんですよ」
「そうなのかしら? 私にはそういうことは分からなくて」
「どうしてカイル様に助けを求めなかったんです?」
「だって……こんなみっともない姿……カイル様にだけは見せたくなかったんですもの」
「だとしても!」
「だってそうでしょう? 仮にもまだ、婚約者なのよ。たとえ私に価値がなくなったとしたって……。でもこんなみすぼらしくて、なんにもない姿を見たら……もう婚約者を変えられてしまったら」
「えええ。どうしてそんな発想になるんですか!?」
「……」
どうしてもこうしても、私にはもう何もないんだもの。
_______________________________________
いつもお読みいただいている皆様に激感謝です。
ブクマ・しおり・ご感想などいただけますと、作者の更なる元気の源となり、執筆も頑張れますので、とーーーーーーってもお待ちしております(*・x・)ノ~~~♪
シロは誰かが助けに来ることを知っている風だった。
もしかしたら彼がこの近くにいることが分かっていて、音を出すように言っていたのかな。
「ぼ、僕は大丈夫ですが、それよりもその恰好はどうなさったのですかティア様」
「えっと、その、あの……」
あまりにも急すぎて、良さげな言い訳が全然思いつかない。
彼はカイルの一番の側近ともいえる。
私がこんなところでこんな格好をしていたなんて、すぐにカイルの耳に入るだろう。
貴族の令嬢とは思えない、みすぼらしい恰好。
こんな薄汚い婚約者を見たら、カイルに幻滅されてしまうかもしれない。
それだけはどうしても嫌。
「そ、掃除をしていたんです。そしたら、戸の前に立てかけてあったものが崩れてしまったのか、出られなくなってしまって」
自分でも、これが苦しい言い訳だって分かってる。
でもこれ以上の言い訳なんて思いつかないんだもの。
ああ、泣きそうになるほど惨めね。
確かにシロの言う通り助け出してはもらえたけど、やっぱりキツイ。
こんな姿を誰かに見られるだなんて……。
「どうして男爵家のご令嬢であるあなたが、掃除などしないといけないんですか!」
「えっとそれは……使用人がみんないなくなってしまって?」
「使用人がいなくなったのならば、新しく雇えば済むだけの話でしょう」
「んっと、今探しているところなんじゃないのかしら」
「そんなものはすぐに見つかるはずです」
「でもほら、ちゃんと審査とか必要ですし?」
「だからといって、貴女が掃除をすることにはならないでしょうに……。しかもさっきからご自分の発言が全部疑問形なの分かってます?」
だってしょうがないじゃない。私はその問いに対する答えを持ってないんだもの。
それに自分から虐げられてますなんて言えるわけがないじゃないの。
「えっと、そうかしら? でも、ほら、ねぇ」
「でもも、だけどでもないですよ! ちゃんと分かってます?」
自分だって、言い訳が苦しいことなど十分わかってるわよ。
でもだからといって、じゃあなんて言えばいいの。
どう繕ったって、無理なんだから。
「あああ、ティア様、ぼ、僕は何も泣かすつもりではなかったんですよ」
慌てたようにウエスト卿は立ち上がり、ポケットから少しシワになったハンカチを差し出した。
泣くつもりなんてなかったのに。自然に涙が流れてしまっていた。
「すみません、すみません。責めるつもりなんてこれっぽっちもなかったんです。あああ、こんなトコをカイル様に見られたら絶対にころされる~。いやだぁぁぁぁ」
頭を抱え右往左往しならが、ウエスト卿の顔は真っ青だ。
そんなにもカイルは怖いのかな。
私の前では一回だって怒ったこともないのに。
大げさっていうか、なんというか。
私が泣いてしまったのだって、彼のせいじゃなくて、あまりにも自分が惨めに思えただけだし。
泣いてしまったのが、逆に悪く思えてしまえるわ。
「ふふふ。ごめんなさい、ウエスト卿。私も少し気が動転してしまって」
「いやいや、僕が悪いんです。言い過ぎました。地の底より反省しております」
本当に申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。
悪いことをしてしまったわね。
助けて下さったのに、こんな風に謝らせてもしまって。
やっぱり……ごまかせそうにないわね。
私は半ばあきらめの目で、彼を見上げた。
「大袈裟ですよ。……ただ、カイル様に知られたくなかったんです」
「でも、そんなこと! 今、ティア様はご自分が置かれている状況を分かっていますか?」
「……ええ」
「絶対に分かっていませんって。こんなの許されることではないですよ。いくら爵位が貴女のお父様から、義理のお兄様に移ったとはいえ、ティナ様が男爵家の令嬢であることには変わりないんです」
「それは分かっています」
「だったら」
「でもウエスト卿、爵位や肩書きでは食べていくことも出来ないのですよ?」
そうこれは、叔父様たちが来てからずっと言われてきた言葉だ。
爵位は今、叔父にあって、領地からの収入も全て叔父たちの物。
私はココに居させてもらっているだけで、なんら価値もない。
悲しくたって、どれだけ泣いたって、これだけは変えられない事実だった。
「そ、そんなこと」
「爵位が移譲された以上、私の財産というのは限りある少しの物しかありません。権利があったって、住むにも生きていくにもお金はかかるでしょう」
「だからこんなことをさせられているのですか? こんな使用人のようなことを」
「そうね……」
本当は使用人以下だ。
働いたってまともにご飯をもらえるわけでもなく、お給金だってない。
お風呂も入らせてもらえず、毎日井戸の水で体を拭いて、洗濯も自分で行う。
本当に、ただココにいさせてもらっているだけ。
まぁそれでも、家賃? が高いと言われれば、相場なんて分からないし。
外で働いたこともない。
雇ってもらえるかも分からず、外に放り出されるぐらいなら結局ここにるという選択肢しか私には思いつかなかった。
「爵位が譲渡されたからといって、貴女に財産がないわけではないはずです。きっと、あいつらが隠してるんですよ」
「そうなのかしら? 私にはそういうことは分からなくて」
「どうしてカイル様に助けを求めなかったんです?」
「だって……こんなみっともない姿……カイル様にだけは見せたくなかったんですもの」
「だとしても!」
「だってそうでしょう? 仮にもまだ、婚約者なのよ。たとえ私に価値がなくなったとしたって……。でもこんなみすぼらしくて、なんにもない姿を見たら……もう婚約者を変えられてしまったら」
「えええ。どうしてそんな発想になるんですか!?」
「……」
どうしてもこうしても、私にはもう何もないんだもの。
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