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 慌てたように、二本足で立ち上がり手? を振った。

 さすが精霊様。

 器用に立ち上がって、手を振れるなんて。

 でも違うっていうのは、どういう意味かしら。


『ああもう、説明が難しいわね。でも……そうね。こうなったことの原因はワタシにもあるから。ちゃんと責任を取って、ティアを幸せに導いてあげるわ』

「幸せ? 私が、ですか?」

『今は幸せなんて考えられないのを知ってるわ。でも……そう思えるまで、傍にいてあげる』


 両親が死んでしまって、使用人以下の扱いを受けているのに。

 私は幸せになんて、本当になれるの?

 でももし……なれるのなら。

 あの頃にはもう帰れなかったとしても。

 それでも今の状況から抜け出せるのなら。

 
「ほんの少しでも幸せになれる望みがあるのなら、お願いしたい」

『ああ、泣かないでティア。大丈夫。ちゃんとあなたが道を踏み外さないように、導くから』

「精霊様!」

『その呼び方はちょっと嫌ね。それにこの世界ではどうも、ティアしかワタシのことは見えていないみたいなの』

「ああ、そうなのですか? 見えていないってことは、他の人から見たら私は一人で話してる感じなんですかね?」

『そうね。声も、姿も~だから。一人の時以外は、見えていても声かけちゃダメよ。あなたが変な人に思われてしまうからね』

「た、確かにそうですね」


 こんなにもハッキリと私には見えるのに、他の人には声すら聞こえないなんて。

 きっと、精霊様も苦労をなさってきたのね。

 だからこんな何にもない私にさえ、優しくして下さるんだわ。


「これからよろしくお願いします。えっと、なんて呼べばよろしいですか?」

『あー、どうせ見た目は白猫だからシロでいいわ。本名はきっとこの世界の人間には発音しずらいだろうし』

「精霊様のいる世界は、複雑なのですね。分かりました、シロ様」

『んと、敬語も様付けもいらないわ。どうせワタシもため口で話すから』

「んー。はい、シロ。これからよろしくね」


 私は屈み込み、シロに手を差し出し握手する。

 モフモフとした温かな手に、私はまた涙が溢れてきた。


『やだもう。ティアは本当に泣き虫ね。こんな設定にした覚えはないんだけど……やっぱり、現実とは違うものなのね……』

「設定? え? シロ、何か言った?」

『ううん。こっちの話。それよりも、泣く暇があったらココから出ましょう?』

「で、でも。ココから出たらもっとひどい暴力を振るわれるかもしれないわ」


 今でも、さっきぶたれた頬も、押し倒された時に打った腰やお尻も全部痛かった。

 初めて暴力を振るわれた私には、思い出すだけで恐怖でしかない。


『痛い?』

「うん……」


 私は胸を押さえた。

 
『痛いのも怖いのも分かる。でも今日じゃなきゃダメなの。今日じゃなきゃ、ティアはココからしばらく抜け出すことは出来なくなってしまう』

「それは……」


 ずっとここに居続ける。

 ココは確かに私の家だったけど、もうその見る影はない。

 居場所も思い出もぬくもりも、全部私の知らないものになってしまった。

 逃げ出せれるなら、逃げ出したい。

 でも怖い。

 器用にトコトコと私の体を昇ってきたシロが私の頬に触れた。

 真っすぐな瞳。

 少なくとも、シロが嘘を付いているようには思えない。

 幸せになりたいなら、ココから抜け出したいのなら、信じないとダメ。

 心ではそう思うのに、体が思うように動かなかった。


『可哀想に。痛かったよね、怖かったよね。ごめんね、ティア』

「どうしてシロが謝るの?」

『そうね……。これはワタシのせいでもあるから。だから、だから絶対にあなたを幸せに導いてあげる。信じて?』

「シロ……」

『予定としてはそろそろなのよね。そうね、逃げなくてもいいから、あの扉を少しづつ押すことは出来る?』


 シロの必死な瞳に、私はよろよろと立ち上がった。

 そして白い埃の舞う床を、ゆっくりと移動する。

 納屋の大きな木の扉は、両手で押してもびくともしない。

 隙間があるくらいの雑な造りだというのに、外から鍵か何かでもかけているのか、私の力ではとても無理だわ。


「シロ、重くてビクともしないわ」

『ん-。きっとドアの前に何か置いて行ったのね、あいつら』

「これでは、どちらにしても逃げれないわね」


 心のどこかでほっとしている自分がいるのも確かだった。

 
『そーね、ちょっとドンドンって叩いてみて?』

「えええ! そんなことしたら、叔母様たちに気づかれてしまうわ」

『大丈夫よ。今頃ちょうどカイルが来る頃だもの。ただでさえ屋敷には使用人もいないから、一家総出でお出迎えしてるわ。こんな中庭の奥に離れた小屋なんて、彼らは気づくはずない』

「カイルが……来ている」

『そうね。あなたのお見舞いも兼ねて、来ているはずよ』

「シロ、カイルは……」


 私は喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 カイルは私に会いに来てくれたの?

 この婚約を確認するために、じゃなくて?

 心配してくれて来てくれたのなら、嬉しい。

 でももし、そうじゃなかったら……。

 カイルの気持ちを疑うなんて、本当は嫌だ。

 信じたい。信じないと。

 でも、私にはもうカイルしかいないのに、信じた先に裏切られてしまったら。

 もうどうやって前を見ればいいか分からなくなってしまう。
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