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「最初から大人しく納屋に入ってれば、痛い思いもしなくて済んだのに。あんた、ホントに馬鹿ねぇ。お貴族様ってそーいうのもワカンナイからダメすぎるわ」
ラナと叔母に引きずられるように納屋に連れて来られた私は、そのまま投げ捨てるように押し込まれた。
もう痛みと恐怖から、声すら出てこない。
「これからはちゃんとわきまえることね。でないと、もっとひどい目に合うわよ」
叔母は私を見下しながら、にたりと笑った。
もっとひどい目って?
まともにご飯ももらえず、部屋も服も取り上げられ、使用人以下の扱いでこき使われる。
その上、命令に従わなかったからと暴力まで振るわれたのに。
これ以上のことがまだあるというの?
もう十分苦しいのに。
もう十分辛いのに。
これ以上、どうやって耐えろというのだろう。
「しばらくソコで反省しててね、ティア姉さん」
ばたんと大きな音を立てながら、納屋の扉が閉まった。
あまり使用していない納屋の中は、ホコリとカビの匂いで充満している。
窓すらなく、差し込む光はすき間からのものだけ。
ラナたちの足音がだんだん遠くなっていった。
私は膝を抱え、そこに顔を埋めた。
「どうして……私だけを置いていってしまったの……」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
こんなことになるのならば、私も連れて行って欲しかった。
私一人が生き残った意味。
そんな物語のようなものはどこにもない。
あるのは過酷な現実だけ。
父たちと過ごしたものの欠片は、もう本当にどこにもなくなってしまった気がする。
「あの頃に帰りたい……辛いよぅ。こんなに、こんなに頑張ってるのに。お荷物って……」
貴族令嬢は本来、働くというものではない。
結婚をしても領地や屋敷を守るものが本来の役割だった。
たとえ侍女として働くとしても、王宮などで国王様や王妃様に仕えるくらいだもの。
今の私にはどれもこれも遠すぎる。
誰にも、相談することも出来ない。
だからこそ、誰も助けてはくれない。
悪循環だっていうのは分かってる。分かってるけど……。
どうしたらいいかなんて、もう分からないよ。
「うぅぅぅぅ。お父様……お母様……。お願い誰か……私を向こうへ連れて行って。もう嫌よ。こんな現実はもう嫌なの」
泣きたくなどなかった。
泣けば泣くだけ、心が弱くなってしまう気がするから。
だけど一度流れ出した涙は、止められそうにない。
『ごめんね、ごめん。こんなつもりではなかったのに……』
不意に、後ろから涼やかな声が聞こえてきた。
しかしその声はとても小さく、一瞬聞き間違いだったのではないかと思うほどだった。
私は涙を見られたくなくて、服で顔を拭くと振り返る。
小さな光の中に、白い子猫のようなモノが立ち尽くしていた。
「白い……小猫?」
でもその猫は明らかに他の猫とは違い、小さな羽が生えていた。
「え、魔物?」
『え、見えてる?』
思わず猫さんと声が重なる。
しゃべる猫って、どう頑張っても魔物でしょう。
食べられる……サイズではさすがにないわね。
大きさは私の片手ほどしかない。
『ねぇティア、あなたワタシが見えるの?』
「ま、魔物さん。ななな、なんで私の名前を知ってるんですか!」
『失礼ね。ワタシは魔物じゃないわよ。これでも作者様なのよ』
「サクシャサマって魔物でしたのね、すみません」
変な魔物の名前。
そんなに私は魔物とか詳しくないけど、サクシャサマっていう魔物は人の言葉を話すことが出来たのね。
いくら使用人がいなくなったとはいえ、家の中に魔物が侵入してくるなんて。
王都といえど、安全ではなくなったということなのかしら。
『ちっがーーーーーぅ。そうじゃなくて……、ああもう。魔物じゃないの、ワタシは。そうね、精霊よ精霊』
「精霊様?」
『そうよ。精霊なの。すっごく偉い存在なのよ』
「えええ。そんな偉い精霊様が、どうしてこんな納屋に!?」
『えっと、それはねぇ。ティアがあまりに不憫だから、かな』
「不憫……」
そう言いながらも、猫の精霊は私から視線を逸らす。
どうもそれだけじゃない気がするんだけど、それでも実際にこの目で精霊を見たのは初めてだわ。
この世界にいるとは聞いたことはあったけど、おとぎ話か何かだとずっと思ってきた。
絵本の中でしか見たことなかったし。
お父様たちからも見たなんて聞いたこともなかったわね。
でもそんなに偉い精霊が、なんでこんなところにいるんだろう。
しかも私が不憫、だって。
例えそれが嘘であっても嬉しい。
私のことを思ってくれるっヒトがいるだけで、ほんの少し報われた気分になる。
「ありがとうございます、精霊様」
『どうしてお礼なんていうのよ』
「え? だって、今私のことを不憫だっておっしゃって下さったではないですか」
『それはそうだけど。だいたい、誰が見たって不憫にしか見えないでしょう』
「それでもです。こうやって、誰かに自分のことを思ってもらえるというだけで、今は幸せなんです」
『そう……』
精霊様はやや申し訳なさそうに肩を落とした。
何か言い方がまずかったかしら。
やっぱり、精霊様なのに馴れ馴れしかったかもしれないわね。
私ったら、あんまり嬉しかったものだからつい人と同じように接してしまったわ。
「精霊様なのに、ご、ご迷惑でしたね。私なんかが、おこがましい」
『違う、違う。そうじゃないのよ』
ラナと叔母に引きずられるように納屋に連れて来られた私は、そのまま投げ捨てるように押し込まれた。
もう痛みと恐怖から、声すら出てこない。
「これからはちゃんとわきまえることね。でないと、もっとひどい目に合うわよ」
叔母は私を見下しながら、にたりと笑った。
もっとひどい目って?
まともにご飯ももらえず、部屋も服も取り上げられ、使用人以下の扱いでこき使われる。
その上、命令に従わなかったからと暴力まで振るわれたのに。
これ以上のことがまだあるというの?
もう十分苦しいのに。
もう十分辛いのに。
これ以上、どうやって耐えろというのだろう。
「しばらくソコで反省しててね、ティア姉さん」
ばたんと大きな音を立てながら、納屋の扉が閉まった。
あまり使用していない納屋の中は、ホコリとカビの匂いで充満している。
窓すらなく、差し込む光はすき間からのものだけ。
ラナたちの足音がだんだん遠くなっていった。
私は膝を抱え、そこに顔を埋めた。
「どうして……私だけを置いていってしまったの……」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
こんなことになるのならば、私も連れて行って欲しかった。
私一人が生き残った意味。
そんな物語のようなものはどこにもない。
あるのは過酷な現実だけ。
父たちと過ごしたものの欠片は、もう本当にどこにもなくなってしまった気がする。
「あの頃に帰りたい……辛いよぅ。こんなに、こんなに頑張ってるのに。お荷物って……」
貴族令嬢は本来、働くというものではない。
結婚をしても領地や屋敷を守るものが本来の役割だった。
たとえ侍女として働くとしても、王宮などで国王様や王妃様に仕えるくらいだもの。
今の私にはどれもこれも遠すぎる。
誰にも、相談することも出来ない。
だからこそ、誰も助けてはくれない。
悪循環だっていうのは分かってる。分かってるけど……。
どうしたらいいかなんて、もう分からないよ。
「うぅぅぅぅ。お父様……お母様……。お願い誰か……私を向こうへ連れて行って。もう嫌よ。こんな現実はもう嫌なの」
泣きたくなどなかった。
泣けば泣くだけ、心が弱くなってしまう気がするから。
だけど一度流れ出した涙は、止められそうにない。
『ごめんね、ごめん。こんなつもりではなかったのに……』
不意に、後ろから涼やかな声が聞こえてきた。
しかしその声はとても小さく、一瞬聞き間違いだったのではないかと思うほどだった。
私は涙を見られたくなくて、服で顔を拭くと振り返る。
小さな光の中に、白い子猫のようなモノが立ち尽くしていた。
「白い……小猫?」
でもその猫は明らかに他の猫とは違い、小さな羽が生えていた。
「え、魔物?」
『え、見えてる?』
思わず猫さんと声が重なる。
しゃべる猫って、どう頑張っても魔物でしょう。
食べられる……サイズではさすがにないわね。
大きさは私の片手ほどしかない。
『ねぇティア、あなたワタシが見えるの?』
「ま、魔物さん。ななな、なんで私の名前を知ってるんですか!」
『失礼ね。ワタシは魔物じゃないわよ。これでも作者様なのよ』
「サクシャサマって魔物でしたのね、すみません」
変な魔物の名前。
そんなに私は魔物とか詳しくないけど、サクシャサマっていう魔物は人の言葉を話すことが出来たのね。
いくら使用人がいなくなったとはいえ、家の中に魔物が侵入してくるなんて。
王都といえど、安全ではなくなったということなのかしら。
『ちっがーーーーーぅ。そうじゃなくて……、ああもう。魔物じゃないの、ワタシは。そうね、精霊よ精霊』
「精霊様?」
『そうよ。精霊なの。すっごく偉い存在なのよ』
「えええ。そんな偉い精霊様が、どうしてこんな納屋に!?」
『えっと、それはねぇ。ティアがあまりに不憫だから、かな』
「不憫……」
そう言いながらも、猫の精霊は私から視線を逸らす。
どうもそれだけじゃない気がするんだけど、それでも実際にこの目で精霊を見たのは初めてだわ。
この世界にいるとは聞いたことはあったけど、おとぎ話か何かだとずっと思ってきた。
絵本の中でしか見たことなかったし。
お父様たちからも見たなんて聞いたこともなかったわね。
でもそんなに偉い精霊が、なんでこんなところにいるんだろう。
しかも私が不憫、だって。
例えそれが嘘であっても嬉しい。
私のことを思ってくれるっヒトがいるだけで、ほんの少し報われた気分になる。
「ありがとうございます、精霊様」
『どうしてお礼なんていうのよ』
「え? だって、今私のことを不憫だっておっしゃって下さったではないですか」
『それはそうだけど。だいたい、誰が見たって不憫にしか見えないでしょう』
「それでもです。こうやって、誰かに自分のことを思ってもらえるというだけで、今は幸せなんです」
『そう……』
精霊様はやや申し訳なさそうに肩を落とした。
何か言い方がまずかったかしら。
やっぱり、精霊様なのに馴れ馴れしかったかもしれないわね。
私ったら、あんまり嬉しかったものだからつい人と同じように接してしまったわ。
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