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葬儀を終え、やや夕暮れ近くなった頃、私を乗せた馬車は屋敷の前に到着する。
一足先に、娘が心配だという叔父たちは屋敷へ。
今日叔父たちが来ることを聞いていなかった使用人たちが、さぞあたふたしているだろうと馬車を降りる時に思いつく。
ああそうだ。
先に誰かを帰して、伝えておけばよかったわね。
バタバタしてて、すっかりそんなこと忘れてしまっていたわ。
叔父様たちも使用人たちも窮屈な思いをしていなければいいけど。
「お嬢様!」
馬車を降りた私を待ち構えてたかのように、侍女が駆け寄った。
ああ、やっぱり問題が起こってしまってるみたい。
悪いことをしてしまったわ。
もっと私がしっかりしていかないと。
「そんなに急いで何かあったの? 先に叔父様たちが屋敷に着いたはずだけど、困ったことでも起きたの?」
「困ったどころではありません。なんなのですか、あの方たちは」
「だめよ、そんな言い方。あの方たちは父の姉である叔母とその旦那様である叔父なの。二人が亡くなった父の代わりに、この侯爵家を継ぐ方なのよ」
「ですが、まだ喪も空けぬうちにこんなことが許されるのですか?」
「え? それはどういうこと?」
明らかに棘のある侍女の言い方に、私は少しびっくりした。
今まで父たちがいた頃は、使用人たちとの仲は良かったけどこんな風に言うことはなかったのに。
確かに、父たちは昨日亡くなって、今日葬儀を行ったばかり。
いきなり当主が交代となることの現実を受け入れられないのは、私と同じだろうけど。
でもそれにしたって、もし叔父たちの耳に入ればきっと大変なことになってしまうわ。
ちゃんと私から使用人たちには話をしないといけないわね。
「とにかく急いで来てください、お嬢様!」
「え、ええ。分かったわ」
私は侍女に手を引かれ、屋敷の中へと入って行った。
◇ ◇ ◇
屋敷に入ると、見たこともない豪華な装飾品たちがエントランスに飾られていた。
その一つ一つに金細工が施されており、壺一つとってもいくらするのだろうと思うくらいだ。
今まで、こんなゴテゴテした物は飾られたことはない。
母が特にこういうものを嫌っていたせいだ。
無駄遣い。
母がそう切り捨てていたモノたちが、屋敷のいたるところに溢れかえっている。
「こ、これは一体……」
あっけに取られている私の手を、侍女はさらに引いていく。
「問題はそこだけではありません!」
「ここだけではないって、どういうことなの?」
これだけでも十分に問題がありそうなのに、まだあるというの?
この装飾品たちは、叔父様たちがご自分の屋敷を引き払う時に持ってきたものなのかしら。
それなら、なにも言えないけど。
にしてもこんな悪趣味とも言えるようなものを、お客様が来るエントランスに置くだなんて。
さすがに他の貴族たちから趣味を疑われてしまうわ。
ただ見る限り、この装飾品たちは真新しく、持ち運んできたようには思えなかった。
「ど、どこに向かうの?」
「お嬢様の部屋です」
「私の?」
「そうです。さ、急いでくださいませ」
「え、ええ」
私の部屋がなんだというのだろう。
私の部屋は屋敷の中で一番日当たりのよい、二階の南側にある。
父たちが私の健康を願って、一番いいお部屋にしてくれたのだと乳母から聞かされていた。
部屋の中は私の好きな水色で統一されていて、人形などもいくつか置いてある。
カイルに見せるには少し子どもっぽいけど、私は自分の部屋が気に入っていた。
そんな私の部屋が一体なんだっていうのだろうか。
別になにかあるわけでもないし。
ああ、もしかしてあの悪趣味な装飾品たちを運び込まれたとか?
そうだとしたら、さすがに嫌ね。
ご遠慮願いたいわ。
「ねぇ、待って。私の部屋がどうしたというの?」
「説明は後です。お嬢様も見ればすぐに分かります。とにかく、とにかく急いでください!」
見ればすぐに分かるという状況って、本当にどうなっているのかしら。
焦っている侍女にそれ以上聞くことも出来ず、私たちは二階へと続く階段を駆け上る。
部屋の前には、小さな棚が一つ。
その棚の上には、無造作に毛布が置かれていた。
一瞬何が起こったの分からず、思考が停止する。
確か、あの棚は私の衣裳部屋の中に置かれていたものだったはず。
でもそれがなんで外に出ているの?
しかも、毛布一枚って、なに?
「失礼します!」
侍女がノックもそぞろに、部屋を開けた。
私の部屋なのに、失礼しますってどういうことだろう。
「まったくさぁ、何度言ったらわかるのよ! あんたたち行儀が悪いわよ! この屋敷の侍女たちはどーなっているのよ!」
「え? あなた、誰?」
中にいた女性が、大きな声を上げた。
歳は私と同じくらいだろうか。
やや赤みがかったブラウンの髪にブルーの瞳。
どこかで見たことがある気はする。
しかしだからと言って、ここは私の部屋なのに。
一体、なんだっていうの。
侍女が私を急かした理由がようやくわかった気がする。
私の部屋に、知らない人がいるだなんて。
思わず叫び出しそうになる気持ちを抑えて、冷静に部屋へ入った。
一足先に、娘が心配だという叔父たちは屋敷へ。
今日叔父たちが来ることを聞いていなかった使用人たちが、さぞあたふたしているだろうと馬車を降りる時に思いつく。
ああそうだ。
先に誰かを帰して、伝えておけばよかったわね。
バタバタしてて、すっかりそんなこと忘れてしまっていたわ。
叔父様たちも使用人たちも窮屈な思いをしていなければいいけど。
「お嬢様!」
馬車を降りた私を待ち構えてたかのように、侍女が駆け寄った。
ああ、やっぱり問題が起こってしまってるみたい。
悪いことをしてしまったわ。
もっと私がしっかりしていかないと。
「そんなに急いで何かあったの? 先に叔父様たちが屋敷に着いたはずだけど、困ったことでも起きたの?」
「困ったどころではありません。なんなのですか、あの方たちは」
「だめよ、そんな言い方。あの方たちは父の姉である叔母とその旦那様である叔父なの。二人が亡くなった父の代わりに、この侯爵家を継ぐ方なのよ」
「ですが、まだ喪も空けぬうちにこんなことが許されるのですか?」
「え? それはどういうこと?」
明らかに棘のある侍女の言い方に、私は少しびっくりした。
今まで父たちがいた頃は、使用人たちとの仲は良かったけどこんな風に言うことはなかったのに。
確かに、父たちは昨日亡くなって、今日葬儀を行ったばかり。
いきなり当主が交代となることの現実を受け入れられないのは、私と同じだろうけど。
でもそれにしたって、もし叔父たちの耳に入ればきっと大変なことになってしまうわ。
ちゃんと私から使用人たちには話をしないといけないわね。
「とにかく急いで来てください、お嬢様!」
「え、ええ。分かったわ」
私は侍女に手を引かれ、屋敷の中へと入って行った。
◇ ◇ ◇
屋敷に入ると、見たこともない豪華な装飾品たちがエントランスに飾られていた。
その一つ一つに金細工が施されており、壺一つとってもいくらするのだろうと思うくらいだ。
今まで、こんなゴテゴテした物は飾られたことはない。
母が特にこういうものを嫌っていたせいだ。
無駄遣い。
母がそう切り捨てていたモノたちが、屋敷のいたるところに溢れかえっている。
「こ、これは一体……」
あっけに取られている私の手を、侍女はさらに引いていく。
「問題はそこだけではありません!」
「ここだけではないって、どういうことなの?」
これだけでも十分に問題がありそうなのに、まだあるというの?
この装飾品たちは、叔父様たちがご自分の屋敷を引き払う時に持ってきたものなのかしら。
それなら、なにも言えないけど。
にしてもこんな悪趣味とも言えるようなものを、お客様が来るエントランスに置くだなんて。
さすがに他の貴族たちから趣味を疑われてしまうわ。
ただ見る限り、この装飾品たちは真新しく、持ち運んできたようには思えなかった。
「ど、どこに向かうの?」
「お嬢様の部屋です」
「私の?」
「そうです。さ、急いでくださいませ」
「え、ええ」
私の部屋がなんだというのだろう。
私の部屋は屋敷の中で一番日当たりのよい、二階の南側にある。
父たちが私の健康を願って、一番いいお部屋にしてくれたのだと乳母から聞かされていた。
部屋の中は私の好きな水色で統一されていて、人形などもいくつか置いてある。
カイルに見せるには少し子どもっぽいけど、私は自分の部屋が気に入っていた。
そんな私の部屋が一体なんだっていうのだろうか。
別になにかあるわけでもないし。
ああ、もしかしてあの悪趣味な装飾品たちを運び込まれたとか?
そうだとしたら、さすがに嫌ね。
ご遠慮願いたいわ。
「ねぇ、待って。私の部屋がどうしたというの?」
「説明は後です。お嬢様も見ればすぐに分かります。とにかく、とにかく急いでください!」
見ればすぐに分かるという状況って、本当にどうなっているのかしら。
焦っている侍女にそれ以上聞くことも出来ず、私たちは二階へと続く階段を駆け上る。
部屋の前には、小さな棚が一つ。
その棚の上には、無造作に毛布が置かれていた。
一瞬何が起こったの分からず、思考が停止する。
確か、あの棚は私の衣裳部屋の中に置かれていたものだったはず。
でもそれがなんで外に出ているの?
しかも、毛布一枚って、なに?
「失礼します!」
侍女がノックもそぞろに、部屋を開けた。
私の部屋なのに、失礼しますってどういうことだろう。
「まったくさぁ、何度言ったらわかるのよ! あんたたち行儀が悪いわよ! この屋敷の侍女たちはどーなっているのよ!」
「え? あなた、誰?」
中にいた女性が、大きな声を上げた。
歳は私と同じくらいだろうか。
やや赤みがかったブラウンの髪にブルーの瞳。
どこかで見たことがある気はする。
しかしだからと言って、ここは私の部屋なのに。
一体、なんだっていうの。
侍女が私を急かした理由がようやくわかった気がする。
私の部屋に、知らない人がいるだなんて。
思わず叫び出しそうになる気持ちを抑えて、冷静に部屋へ入った。
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