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第一話 運命の番
しおりを挟む「ああ、こんなとこに隠れていたんだね。僕の運命の番」
「えっ?」
王宮の広間で踊る者たちをかき分け、この国の王弟殿下であるアレン様が私に近づいてきた。
今日は国王の生誕を祝う、年に一度の宮廷晩餐会。
しがない子爵令嬢でしかない私も、今日は着飾って参加していた。
まさかこんな形で殿下とお近づきになれるなんて思ってもみなかった。
「君の名前を教えて欲しい、愛おしい人よ」
殿下は片膝を着き、私に手を差し伸べる。
「あの……アンジュ……アンジュ・ミリアムと申します、殿下」
「ああ、美しい僕のアンジュ。君に今日出会えたことを神に感謝するよ」
周りからは感嘆とも言える大きな声が上がる。
この国では番こそが運命であり、すべて。
例え既婚者であっても、番を見つけるとその愛情は全て番へと行ってしまう。
そう例外なく――
「そんな……アレン様……」
殿下の後ろで、一人取り残された令嬢が一人呆然と立ち尽くしていた。
何度かお顔だけは見たことがある。
あのお方は殿下の婚約者である、公爵令嬢のティナ様だわ。
先ほどまで確かに殿下と踊っておられたはず。
いくら運命の番とはいえ、こんなこと許されるの?
「ですが殿下、殿下には婚約者様がおられるではないですか。私は……」
「婚約者など関係ない。この国では番こそが全て。僕には君さえいればなにもいらないんだ」
「!」
顔を真っ赤にしたティナ様が、背を向けて走り出す。
「あっ」
その背を追いかけたくても、声をかけたくても、今の私にはかける言葉が思いつかなかった。
◇ ◇ ◇
幼い頃の夢は、絵本に出てくるような白馬に乗った王子様が迎えに来てくれて幸せになることだった。
金色の髪に青い瞳。すらっとした体格に、高身長。
にっこりと笑う顔が素敵で、会うたびに胸がときめく。
しかしそれが絵本の中の世界でしかないと分かった時、やっぱり普通が一番と思うようになっていた。
それなのに……。
「なにこれ、つめたい。最低ー」
「あら、ごめんあそばせ。まさか、そんなとこに人がいるなんて思ってもみなくて。手桶の水を交換しようして、捨てていたとこだったのですわ」
「やだ、ちょうどキレイになって、良かったのではないんですの?」
殿下の執務室へ向かう途中。角から出て来た令嬢が私に水を浴びせた。
もちろん避けれるわけもなく、せっかくのドレスはベタベタだ。
それにしても、わざとかけておいて一体何なの?
どういう神経してるのよ。親の顔が見てみたいわ。
言い返したい言葉と気持ちを、ぐっと押さえ付ける。
この手の人たちは言い返したところで、余計に付け上がらせるだけ。
悪質ないじめには、無視が一番いい。
それにこれはただの水。
雑巾をしぼったバケツの水よりは、まだマシだと思おう。
そこまできて、私はふと考えた。
「あれ?」
どうして私は、そんなこと知っているのだろう。
こんな風に誰かから嫌がらせをされるのは、これ初めてであったはず。
だいたい、バケツって何なの。
なんなのと思うのに、頭の中には青く円柱のモノがくっきりと思い浮かんでいる。
そう、こんな誰かが水をかけられるといった光景をどこかで見たことがあるような気がした。
でも、いつどこでだろう。
されたことは初めてだというのに見たことがあるなんて、なんともおかしな感じだ。
何かとても大事なことを忘れてしまっているようで、モヤモヤしたものが頭をかすめて行く。
なんだかそれが水をかけられたコトよりもずっと、私の中では気持ちが悪かった。
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