上 下
1 / 7

第一話 運命の番

しおりを挟む

「ああ、こんなとこに隠れていたんだね。僕の運命のつがい

「えっ?」


 王宮の広間で踊る者たちをかき分け、この国の王弟殿下であるアレン様が私に近づいてきた。

 今日は国王の生誕を祝う、年に一度の宮廷晩餐会。

 しがない子爵令嬢でしかない私も、今日は着飾って参加していた。

 まさかこんな形で殿下とお近づきになれるなんて思ってもみなかった。


「君の名前を教えて欲しい、愛おしい人よ」


 殿下は片膝を着き、私に手を差し伸べる。


「あの……アンジュ……アンジュ・ミリアムと申します、殿下」

「ああ、美しい僕のアンジュ。君に今日出会えたことを神に感謝するよ」


 周りからは感嘆とも言える大きな声が上がる。

 この国では番こそが運命であり、すべて。

 例え既婚者であっても、番を見つけるとその愛情は全て番へと行ってしまう。

 そう例外なく――


「そんな……アレン様……」


 殿下の後ろで、一人取り残された令嬢が一人呆然と立ち尽くしていた。

 何度かお顔だけは見たことがある。

 あのお方は殿下の婚約者である、公爵令嬢のティナ様だわ。

 先ほどまで確かに殿下と踊っておられたはず。

 いくら運命の番とはいえ、こんなこと許されるの?


「ですが殿下、殿下には婚約者様がおられるではないですか。私は……」

「婚約者など関係ない。この国では番こそが全て。僕には君さえいればなにもいらないんだ」

「!」


 顔を真っ赤にしたティナ様が、背を向けて走り出す。


「あっ」

 
 その背を追いかけたくても、声をかけたくても、今の私にはかける言葉が思いつかなかった。


   ◇   ◇   ◇


  幼い頃の夢は、絵本に出てくるような白馬に乗った王子様が迎えに来てくれて幸せになることだった。

 金色の髪に青い瞳。すらっとした体格に、高身長。

 にっこりと笑う顔が素敵で、会うたびに胸がときめく。

 しかしそれが絵本の中の世界でしかないと分かった時、やっぱり普通が一番と思うようになっていた。

 それなのに……。


「なにこれ、つめたい。最低ー」

「あら、ごめんあそばせ。まさか、そんなとこに人がいるなんて思ってもみなくて。手桶の水を交換しようして、捨てていたとこだったのですわ」

「やだ、ちょうどキレイになって、良かったのではないんですの?」


 殿下の執務室へ向かう途中。角から出て来た令嬢が私に水を浴びせた。

 もちろん避けれるわけもなく、せっかくのドレスはベタベタだ。

 それにしても、わざとかけておいて一体何なの?

 どういう神経してるのよ。親の顔が見てみたいわ。

 言い返したい言葉と気持ちを、ぐっと押さえ付ける。

 この手の人たちは言い返したところで、余計に付け上がらせるだけ。

 悪質ないじめには、無視が一番いい。

 それにこれはただの水。

 雑巾をしぼったバケツの水よりは、まだマシだと思おう。


 そこまできて、私はふと考えた。

 
「あれ?」


 どうして私は、そんなこと知っているのだろう。

 こんな風に誰かから嫌がらせをされるのは、これ初めてであったはず。

 だいたい、バケツって何なの。

 なんなのと思うのに、頭の中には青く円柱のモノがくっきりと思い浮かんでいる。

 そう、こんな誰かが水をかけられるといった光景をどこかで見たことがあるような気がした。

 でも、いつどこでだろう。

 されたことは初めてだというのに見たことがあるなんて、なんともおかしな感じだ。

 何かとても大事なことを忘れてしまっているようで、モヤモヤしたものが頭をかすめて行く。

 なんだかそれが水をかけられたコトよりもずっと、私の中では気持ちが悪かった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はヒロインに敵わないのかしら?

こうじゃん
恋愛
わたくし、ローズ・キャンベラは、王宮園遊会で『王子様を巻き込んで池ポチャ』をした。しかも、その衝撃で前世の記憶を思い出した。 甦る膨大な前世の記憶。そうして気づいたのである。  私は今中世を思わせる、魔法有りのダークファンタジー乙女ゲーム『フラワープリンセス~花物語り』の世界に転生した。 ――悪名高き黒き華、ローズ・キャンベルとして。 (小説家になろうに投稿済み)

悪役令嬢に転生したので、推しキャラの婚約者の立場を思う存分楽しみます

下菊みこと
恋愛
タイトルまんま。 悪役令嬢に転生した女の子が推しキャラに猛烈にアタックするけど聖女候補であるヒロインが出てきて余計なことをしてくれるお話。 悪役令嬢は諦めも早かった。 ちらっとヒロインへのざまぁがありますが、そんなにそこに触れない。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約を解消したら、何故か元婚約者の家で養われることになった

下菊みこと
恋愛
気付いたら好きな人に捕まっていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

番は無理です!

豆丸
恋愛
ある日、黒竜に番認定されました(涙)

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

処理中です...