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006 夫の秘密

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 翌々日には、マリアが手配した三名の侍女が早々に屋敷へとやってきた。
 そして私を含め、全員が同じ侍女の服で揃える。

 髪を後ろで一つにしばり、ホワイトブリムまでお揃いにしてしまえば、ぱっと見誰が誰だか区別はつかない。
 ましてやあの方たちは基本、私になど興味がない。

 これでこの屋敷を自由に動き回っても、私が増やした使用人が動き回っているとしか思わないだろう。
 
 やっとこれでいろいろ調べることが出来るわね。

「お嬢様はどうされますか?」
「だから奥様って一応言ってね、マリア」
「ああ、すみません。癖でつい」
「まぁ、奥様らしいことを一つもしていないから仕方ないんだけどね」

 自室で侍女たちを列べ、朝のミーティングを開始した私にマリアが声をかけた。

 みんな私が雇い、私の目的を知っている者たちだけで固めているから基本的には問題はないけど。

「二人が屋敷内の掃除を。一人は他の使用人との接触を試みて。マリアは屋敷内の部屋の把握をお願い。見取り図が欲しいわ」
「はい」
「私はその間に奥の離れの様子と、この男爵家の経理など調べられるとこを調べます」

 ここまでお金のない原因。
 それはきっと、この家のネックになっているはず。

 そういう弱点は、あとからいくらでも活用出来るから情報は多ければ多い方がいいのよね。

「大丈夫ですか? 奥様は顔がバレていますし、あたしか誰かがやった方が無難だと思うんですが」
「まぁ、フツーならアウトでしょうけど。そんな奥まで入り込む気もないから大丈夫よ」
「ですが……」
「それに夫となったあの人は、私には興味ないから。この侍女の格好さえしていれば、私だって気づかないわ」

 自分で言っておいて、それはそれでどうなのかとは思う。
 ただ髪をしばって、侍女の格好をしているだけで見分けもつかない妻って何なのだろう。

 普通ではありえない話よね。
 でも気づかれない自信だけはある。

「いいのですか? いくらなんでもそれは……」
「いいのよ、好都合だから。それに何とも思ってない人間にどう思われようとも、私は傷つくこともないから」

 こんなのは気にしたら負けよ。
 むしろこちらの目的のためになら、好都合と思わないとね。

「奥様が良いのでしたら、あたしたちはそれでいいのですが」

 マリアはそう言いながら顔を曇らせた。
 
「私のことを案じてくれるのは、みんなだけよ。本当にありがとう」
「奥様……」

 使用人という立場を差し置いても、私たちの境遇は良く似ていた。
 ここに集めた子たちは皆、父によって買われてきた子たちだから。

 人をコマとしか見ない、父の被害者たち。
 最低限の衣食住だけで、こき使われてきた。

 でもだからこそ、私たちは同じ目標に向かって進んで行ける。
 望みは同じ。私たちは私たちの人生を、自分たちの手で取り戻すの。

「私たちの未来のために、頑張りましょう?」
「「はい」」

 私たちはそれぞれ決めた持ち場に向かって歩き出した。


     ◇     ◇


「ねぇダミアン、この前言っていたドレスの話はどぅなったのー? 王妃様が仕立てたお店と同じところで作ってくれるって話ょ」
「もちろんわかってるよ、僕のかわいいアンヌ。だけど、今はまだ少し難しいんだ。もう少しだけ待っていておくれ」
「どうして? あの女を妻にしたら、まとまったお金が入るって言ったじゃないの!! だからアタシはダミアンと結婚ができなくても我慢したって言うのに」

 屋敷の奥の離れ。
 そこの裏手の窓際にそっと近づいた私には、そんな一際大きな会話が聞こえてきた。

 甘ったるいながらも、かなり怒ったような女の声と、もう一人はたぶん夫だろう。

 何かあるとは思っていたけど、これは何かってレベルではないわね。
 まさか離れで堂々と、他の女と暮らしていただなんて。

 これって不倫ってことよね。
 しかも会話から想像すると、分かっていてやっているという質の悪さ。

 ある程度は予想していたけど、グズすぎるわ。
 こんなことして、永遠にバレないとでも思っていたのかしら。

「僕だってお金のことさえなければ、あんな女なんかと結婚などしないさ。僕が愛しているのはアンヌだけだよ」
「だったら! アタシのことを本当に愛して下さっているのなら、こんな離れで我慢している可哀想なアタシにドレスを買って下さいな」

 私は気づかれぬように、陰から中を覗き込む。
 真っ赤なドレスに、長いハニーブロンドのストレートの髪。

 ソファーの上で夫にしなだれかかるその姿を、ほん少しだけ見ることが出来た。

「分かってるから、いい子だからもう少し待っててくれアンヌ……」
「ダミアン、アタシがどれだけ惨めか分かってるの? あの女のせいで屋敷の中も自由に動き回れないのに……。夜会だって、あの女と行くのでしょう?」
「いや。彼女は平民だからね。そんな女を貴族の夜会になど連れて行かないさ」

 確かに私は平民だ。
 だけどこの結婚で仮にも貴族になったというのに。

「夜会には、いつも通り君を連れて行くよ」
「本当にぃ? でも大丈夫なの?」
「ああ、案は考えてあるから大丈夫だよ。誰にも何も言わせないさ。僕の愛しているのは君だけだからね、アンヌ」
「うれしい! アタシも愛しているわ、ダミアン」

 愛人を平然な顔で夜会のパートナーとして連れて行くだなんて。
 恥さらしもいいとこだわ。
 貴族であっても、この国では重婚は認められていないのに。

 あくまでも私とはお金のための結婚であってとか、言い張るのかな。
 自分たちは被害者とでも言うのかもしれない。

 ああ。
 吐き気がする。

 私はクラクラする頭を抱え、その場をそっと離れる。

「あなたこんなところで何をしているの?」

 そっと立ち去ろうとする私を、見たこともない一人の侍女が引き留めた。
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