上 下
49 / 52

049

しおりを挟む
 もし無事に帰ることが出来たら、ルドに謝ってから伝えよう。

 今の私はアーシエではない。

 でもそれでも、誰よりもあなたを愛していると。

 もしそれでだめになるのならば、仕方のないことだときっと諦められる。

 今のままアーシエを演じて苦しくなるより、真実を告げる方がずっとマシだ。

 だって愛しているから。もう止めようのないぐらいに。


「貴女、あの薬は効いていたというコトなのね」

「ええ、おかげ様で。もっとも、ユイナ令嬢が望むような、右も左も分からぬようなか弱い少女ではなくて、申し訳ないですわ」

「ホント、忌々しい」

「そう文句を言われましても、私は私ですので」


 これは変えられない。そう、これだけは。だからずっと苦しかった。アーシエも、もしかしたらそうだったのだろうか……。


「これはすごいな。まさか、あの薬の効果があった上で、この態度とは」


 それまで沈黙を保っていたユリティスが、声を上げた。まるでモルモットでも見るように、私を捉えた瞳は興味津々だ。


「だからお兄様、殺してどこかに埋めてしまった方がいいと言ったではないですか!」


 ユイナ令嬢はユリティスの腕を掴み、左右に揺らす。

 端から見れば微笑ましい兄妹関係なのかもしれないが、言っている内容があまりに物騒すぎる。

 そんなコトぐらいで、簡単に人を殺すという発想が出て来るなんて……。


「貴族殺しは発覚した場合のリスクが高いと、何度も教えただろう? たとえ、アーシエ嬢がこんな性格であっても、まだ計画が破綻したわけでない。大丈夫だよ」

「ホントに大丈夫ですの、お兄様」

「ああ、もちろんだ。おまえを王妃にさせてあげるよ」

「まぁ、うれしい」


 ユリティスは自分の腕に絡みつく妹に、目を細めた。

 シスコンというやつだろうか。妹の言うことなら、なんでもといった感じかしら。

 ある意味微笑ましいのだろうけど、状況を考えたら一ミリも微笑ましくないのよね。そういう兄弟妹仲は、もっと別の形で発揮してほしかったわ。


「でもコレはどうするんですの?」

「強情なココロなど、へし折ってしまえばいいんだよ。そうすれば、どんなことも従順に聞くよういなる」


 ユリティスの瞳は、暗い炎を称えていた。

 あの日のルド以上にそれを感じるのは、おそらく私がユリティスを拒絶しているからだろう。

 その笑みのまま私に近づいてくるユリティスに、私は一歩ずつ後退していく。

 部屋は大して広くはない。しかもここは二階だ。窓の外を横目で確認するも木などもなく、到底飛び降りれそうにはない。


「どこまで逃げられるとでも?」


 くすくすと嫌味に似た笑い声をあげる。

 彼のしようとしていることを考えるだけで、泣き叫びたかった。

 彼が穢そうとしているのは私の心なのか躰なのか、それともその両方なのか。

 どちらにしても、それを容易に受け入れることなんて出来ない。


「こんな馬鹿げたことをして、本当に足が付かないとでも思っているんですの?」

「その点は問題ないさ。なにせ、公爵家全体で隠ぺいを行っているのだから。まさか疑いだけで、殿下も公爵家を敵に回すことなんて出来ないだろう?」


 やはり、公爵様も黒幕の一人だったんだ。

 そして殿下がうかつなことでは公爵家を敵に回すことはないと分かった上で、こんな大胆な作戦に打って出た。

 ある意味、正解と言えば正解だ。

 確固たる証拠がなければいくらルドとはいえ、彼らに手出しできない。

 もししてしまえば、自分の立場すら危うくなってしまうから。


「まったく生意気すぎるその性格を自分で恨むことだな」

「生まれる前からコレなので、それは少し無理な相談ですわね」

「貴様……。だいたい殿下があの後すぐに、おまえを抱えて牢屋になど放り込まなければ、やりようがあったものを」

「ルド様が私を牢屋に?」

「ああそうだ。計画では、どこかの部屋に隔離されたおまえを連れ出してそこで他の男をあてがう予定だったというのに」


 そうなんだ……。ルドの行動はずっと、一貫していた。牢屋に入れたのも、すべては私に誰も近づけずに私を守るため。

 牢屋からあの鳥籠の離宮に移したのも、そう。

 ヤンデレなんかではなく、ルドにとっては今までの行動は全て溺愛だったのかもしれない。

 それなのに私は……。

 カツンとなにかが当たり、思わずよろけた。

 倒れるかと思った瞬間、私は自分が座り込んだのがベッドの縁だということに気づく。

 まずい。考えながら逃げていたせいで、よりによってベッドに座り込むだなんて。


「なんだ。案外聞きわけがいいじゃないか」

「ふざけないで」


 ベッドにそのまま押し倒そうとするユリティスに対し、蹴り飛ばす勢いで抵抗をする。


「大人しくしろ」

「いや、離してー」


 ただ対格差があるため、あっという間に抑え込まれてしまう。


「どれだけ抵抗しても無駄だ。今後口答えなど出来ないように、しっかりと躾けてやるよ」

「私はルド様のモノなのです。その汚い手を離しなさい」


 ユリティスの右手が私の両手を頭の上でまとめ上げられた。

 触らないで。

 嫌だ。

 唇を噛みしめ、泣き出しそうになるのを堪える。

 嫌だ。

 ルド以外の人に触られるのが、こんなにも嫌なモノだとは思わなかった。

 助けて……。お願い……。

 足をバタつかせどれだけ抵抗をしても、ユリティスを払いのけることは出来ない。


「ルド様、助けてーーー」


 届かないと分かっていても、私は助けを求めていた。

 自分でもびっくりするような大きな声。

 ああ、こんなに大きな声、出せるんだ。

 ふと冷静になった瞬間、涙が溢れてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

死んだはずの悪役聖女はなぜか逆行し、ヤンデレた周囲から溺愛されてます!

夕立悠理
恋愛
10歳の時、ロイゼ・グランヴェールはここは乙女ゲームの世界で、自分は悪役聖女だと思い出した。そんなロイゼは、悪役聖女らしく、周囲にトラウマを植え付け、何者かに鈍器で殴られ、シナリオ通り、死んだ……はずだった。 しかし、目を覚ますと、ロイゼは10歳の姿になっており、さらには周囲の攻略対象者たちが、みんなヤンデレ化してしまっているようで――……。

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

殺されたくない転生悪女は、ヤンデレ婚約者と婚約を破棄したい!!

夕立悠理
恋愛
楽しみにしていた魔法学園の入学式で、私は前世の記憶を思い出した。前世の記憶によると、ここは乙女ゲームの世界で、私はヤンデレな攻略対象者たちから様々な方法で殺される悪役令嬢だった! って、殺されるとか無理だから! 婚約者にベタ惚れで、イエスマンな私は今日でやめます!! そして婚約破棄を目指します!! でも、あれ? なんだか、婚約者が私を溺愛してくるんですが……? ※カクヨム様小説家になろう様でも連載しています

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...