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 日もすっかり傾きかけ、 ガタガタと揺れる馬車の中で、日記を開いた。

 初めから最後のページまで、漢字を交えて日本語が埋め尽くしている。

 本当に私がアーシエだったのね。

 自覚がないっていうか、こういうのってなんていうのかしらね。本当に変な感じ。

 飲まされた毒がきっと普通のものではなかったことを考えると、足がつくのは案外早いかもしれない。でもきっと、私は過去のアーシエには戻れない。

 ルドに幻滅されないといいのだけれど……。あれだけアーシエに執着していたルドだもの。彼の目に私はどんな風に映るのか。

 それが怖くて仕方ない。ただでさえ、この世界では異物でしかないのに。

 ルドにそんな風に見られた時、私は平常心をホントに保てるのかしら。

 レオにはあんな風に強がっては見たけど、今さらルドの愛情がなくなっても生きていけるのか。

 それほどまでに私は……。

 ガタンっと大きな音を立てて、馬車が揺れた。

 自分の世界に入っていた私は前のめりによろけそうになり、思わず馬車の椅子を掴む。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」

「まったく、急にどうしたんですかね」


 城までの道は整備されているはずなのに、一体なんなのだろうか。

 文句が出そうになるのを押さえて、私は馬車のカーテンを開けて窓から外を見た。

 来た道を戻るのならば、馬車は街道をゆっくり抜けて街中を走ってゆく。

 しかし今私の目に飛び込んで来る景色は、鬱蒼とした森。


「え……なに、ここは……。どういうこと?」

「お嬢様、これは!」


 森はおそらく、城へ向かうのとは真逆のハズだ。

 だとしたら、この馬車はどこへ向かっているというのだろう。

 心臓が早く脈打ち始める。その音は、自分の耳に付くほどにうるさい。


「この馬車はどこに向かっているのですか!」


 声の出る限りの大きな声を上げて、外にいる御者にサラが声をかけた。

 もちろん御者は振り向くことも、答えることもしない。

「お嬢様大丈夫です。このサラがサラが絶対にお嬢様をお守りいたします」


 そう言って私の手を握るサラの手も、小刻みに震えていた。

 状況が不味いというコトは本能的に分かっても、動く馬車から飛び降り、この道すら分からない森の中を城までたどり着けることは出来ないだろう。


「ルド様……」


 もちろん私の言葉など、ルドに届くはずもない。

 縋りつきたい、泣きたい気持ちを抑え、私はサラの手を握り返した。


「大丈夫よサラ。この馬車に何かあれば、きっとルド様がすぐに捜索をして下さるわ」

「お嬢様」

「怪我をさせられても困るわ。今はこのまま従いましょう」

「……はい」


 サラがいれば、守らなければいけない者がそばにいれば、私もまだ平常心を保てる気がしていた。

 そして二人で肩を寄せ合い、ガタガタと揺れる馬車の中で、どれぐらい経っただろうか。

 屋敷を出て小一時間ほど走っていた気もするが、恐怖が勝っているため実際はもっと短いのかもしれない。

 馬車のスピードが落ちて来たかと思うと、目の前に別荘のような屋敷が見えた。

 そして横付けされる形で、馬車は止まる。どうやらここが目的地のようね。

 ゆっくり開けられる馬車のドアを前に、私は深呼吸をした。

 泣き叫ぶなんてそんなことは、プライドが許せそうにない。

 これでも、人生経験長いんだから。そう自分に言い聞かせ、ドアを睨みつけた。


「……あなた!」

「いやいや、先ほどぶりですかね」

「よくもそんなセリフがはけるものね」

「そうですか? 貴女がされた先ほどの冷たい仕打ちよりかはまだ、軽いと思いますが?」


 馬車のドアの前には、ルドの部屋にいたユリティスがいた。

 ユイナ令嬢が待っているかと思ったのだが、彼がいるなんて。

 公爵家全員が黒幕と考えて良さそうだけど、ここまで大胆な行動に出てくるだなんて思ってもみなかったわ。

 先ほど、私と会っているのをルドも目撃しているのに。

 浅はかと言うかなんというか。


「こんなことをして、ルド様が許すとでも思っているの?」

「その点はご心配なく。当初の予定通り、進めるつもりですからね」


 当初の予定通り。

 アーシエに毒を飲ませた黒幕と自ら言ってしまうとか、滑稽ね。よほど自信があるのかしら。

 ルドはこのことを知っているのかしら。でもそうね。知ってしまったら、きっと辛いんじゃないのかな。

 自分の側近が、自分の愛する者に危害を加えようとしているだなんて。

 こんな時でさえ、自分の心配よりルドの心配をするなんて私も重症ね。


「ふっ」

「なにがおかしいのですか。とうとう、その足りない頭が、おかしくなったのですか」

「あははは。足りない頭ねぇ……。こんなバカげたことやって、足がつかないと思っているあなたの方が、よっぽど頭が足りなさそうだけど?」

「言わせておけば!」


 ユリティスが手を上げ、そのままの勢いで、私の頬を打った。
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