上 下
42 / 52

042

しおりを挟む
 心配する母には、毒を飲んだこと。

 しかしその毒は自分で用意したものではないこと。

 そして一番重要な、その毒のせいでアーシエとしての記憶が曖昧であることを正直に告げた。

 母は涙ぐみながらも、何度も頷きながら最後まで話をきちんと聞いてくてた。


「心配しないで、お母様。今は殿下にとても愛されて、幸せなのですから」

「それなら、そう……それならいいの。あんなことがあって、あなたが殿下との婚約を諦めると言った時から、なにか起こるような気はずっとしていたから」


 あんなことがあって、アーシエが殿下との婚約を諦める。

 母の言葉にふと立ち止まる。

 その言葉が正しいのならば、アーシエは少なくともルドのことを愛していた。

 それなのに、なにかのきっかけによって婚約を諦めざるおえなかったということか。

 もっとも、これは母たちに話した建前という可能性も捨てきれない。

 やはり確認するには、日記か手紙かなにかアーシエが残したモノを確認するのが一番だろう。


「お母様、積もる話はまだまだ尽きませんが、殿下からなるべく早く戻るように言われているのです。今日は身の回りのモノを少し取りに戻っただけですので、また話はおいおいしましょう?」

「そうね。殿下からそう言われているのなら、そうした方がいいわ」

「はい。では、失礼しますね」


 母と話せばもう少しアーシエと私との糸口を見つけられるかもしれないが、ただ今は時間がない。

 母への挨拶を済ますと、急いで自室へと向かった。

 
     ◇     ◇     ◇


 部屋は白とピンクで統一された、女の子らしい部屋だった。

 若干アーシエの趣味ではない気もしないことはない。

 ふわふわとしたクッションに、たくさんのぬいぐりみたち。

 ねだって買ってもらったというより、女の子だからというように飾り付けられた部屋のように感じる。

 その一角にややシンプルな机と椅子が置かれていた。

 これは見覚えがある気がする。

 私はそれに近づくと、引き出しを開けた。

 中には、未使用の便箋たちが綺麗に整頓されて入っている。


「日記とか、書かれた手紙が入っていたはずなんだけど」


 部屋を見渡しても、他になにかをかくしてありそうな場所はない。

 それに感覚から、ココだと告げている。


「ん-」


 アーシエであって、私はアーシエではない。

 そのために思い出せないのか。

 疑問に思ったところで、自分の中に答えはない。


「おかしいなぁ」


 誰かが部屋に入って、持ち去ったとは考えられない。

 だとすると、この部屋にあるはずなのだが。

 私は引き出しの中から、全ての便箋たちを取り出した。

 そして中を覗き込む。

 よく見ると、底板の奥に小さな穴があった。

 その穴はちょうど小指ほどの穴だろうか。

 私は指をかけ、そのまま底板を引き上げた。

 二重底になっていた下から、数枚の手紙と日記が出て来る。


「やっぱり、あった」


 手紙は封蝋から、三通ともにルドからのモノだ。

 ひとまず手紙を避け、私は先に日記に手を付けた。

『私は誰で、なにで、どうすればいいのだろう』

 日記の一ページ目から、なにやら不穏な文字が書かれていた。

 パラパラとめくると日付は毎日ではなく、なにかあった日だけをかい摘んで書いているようだった。

 一番古い日記は、五歳と書かれている。

 しかし五歳の子が書いたにしてはあまりにも大人びた文章だ。

 
「後から思い出して、書いてるのかな?」


 日記なのに、なにか漠然とした違和感がそこにはある。

 しかしそれがなにかと聞かれても、イマイチ思いつかない。

 しかたなく、私は日記を読み始めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

悪役令嬢、猛省中!!

***あかしえ
恋愛
「君との婚約は破棄させてもらう!」 ――この国の王妃となるべく、幼少の頃から悪事に悪事を重ねてきた公爵令嬢ミーシャは、狂おしいまでに愛していた己の婚約者である第二王子に、全ての罪を暴かれ断頭台へと送られてしまう。 処刑される寸前――己の前世とこの世界が少女漫画の世界であることを思い出すが、全ては遅すぎた。 今度生まれ変わるなら、ミーシャ以外のなにかがいい……と思っていたのに、気付いたら幼少期へと時間が巻き戻っていた!? 己の罪を悔い、今度こそ善行を積み、彼らとは関わらず静かにひっそりと生きていこうと決意を新たにしていた彼女の下に現れたのは……?! 襲い来るかもしれないシナリオの強制力、叶わない恋、 誰からも愛されるあの子に対する狂い出しそうな程の憎しみへの恐怖、  誰にもきっと分からない……でも、これの全ては自業自得。 今度こそ、私は私が傷つけてきた全ての人々を…………救うために頑張ります!

処理中です...