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 夕方王妃様から解放された私はやや早足で部屋へと戻った。


「遅かったね、アーシエ」

「ルド様!」


 不貞腐れたを通り越し、かなり不機嫌なルドがドアを開ける。

 事前に侍女たちを通して王妃様の部屋に行くことは伝えてもらったんだけど、私を占領されてたのが嫌だったのかな。


「まったく君は目を離すとすぐにどこかにいってしまうようだね」


 そう言いながら、ルドは私の手首を強く掴み引き寄せた。

 うん……。完全にヤンデレスイッチ入っちゃってるし。これはちとマズいぞぅ。

 なんとかして宥めないと、被害者は他でもない私デス!


「やっぱりルド様のお側が一番落ち着きますわ」


 引き寄せられるままルドの胸にぽすんっと、顔を埋めた。

 全身でルドの体温を感じつつ、空いた片方の手をルドの背中に回す。

 そしてしばらくそれを満喫した後、ルドを見上げた。


「ふふふ。ルド様、いい匂い」

「まったく君は……」

「だって本当のことですわよ。ルド様の香水の匂い好きです。私も明日から同じものにしてもらおうかしら」

「そうしたら君の匂いがしなくなってしまうだろう」

「でもお揃いになれますわ。一緒、は嫌ですか?」

「……いや、そんなことはないさ」


 恋人と一緒の香水かぁ。自分で言い出したんだけど、少し恥ずかしいかも。だって、ずっと自分からルドと同じ匂いがするわけだし。

 ルドがいない時間もずっと、包まれてる気分って。

 ううう。ルドに対する恋心を自覚してからというもの、なんだかそれがすごく加速してく気がするのよね。


「本当に君には敵わないよ」

「まぁ、そんなことないですわよ」

「本当は俺は君をここにずっと閉じ込めて誰の目にも写したくなどないんだ」

「ん-。むしろ私は、これがルド様の愛した令嬢ですって自慢してもらえるようになりたいですわ」

「ははは。自慢だよ。自慢さ。こんなに可愛らしく、誰よりも愛している……。本当に心から愛しているんだアーシエ」


 苦しそうに愛を語るルド。

 そしてそんな私たちを写す鏡が、私の目に留まった。


「愛してるアーシエ」


 嬉しいはずの言葉なのに……幸せなはずなのに。

 私は見て見ぬふりをずっと続けていた胸の痛みの正体を、今さら嫌と言うほど自覚した。


誰よりもルド様のことを愛していますよ」


 そしてまた私はルドの胸に顔を埋める。

 アーシエでなくてごめんなさい。私はアーシエではないのに……ルドに愛されたくて愛してると答えてしまった。

 きっとルドが私のことを知ったら絶望するわよね。それなのに言い出すことが出来ないのは、ルドがヤンデレだからって自分に言い聞かせて……。

 私は卑怯だ。誰よりもずっとずっと自己中心的で、卑怯だ。

 ルドを好きになればなるほど積もっていくこの罪悪感。

 だってきっと私がアーシエではないと知ってしまったら、ルドはもう愛してはくれない。

 ルドを失うくらいなら、この愛情を失うくらいなら私はずっとこの鳥籠の中でいい。心からそう思っている。

 ああ、本当に最悪ね。最低だわ、私。最低すぎるでしょう。アーシエとして、自分のためにルドをだましているなんて。


「アーシエ」


 お願い。その名前を呼ばないで。私を見て? 私を愛して。アーシエではない私を……。

 そう言えたらどれだけ幸せなのだろう。でも永遠にそんな日は訪れない。だってルドは愛しているのはアーシエだから。


「私をずっと……何があっても離さないで下さいねルド様」

「離すものか! アーシエ、俺はずっと昔から君だけを愛しているよ。だから消えないでくれ」


 同じ方向を向いているようで、私たちの恋はかみ合うことはない。

 その現実に泣きそうになりながらも、私はもう手放すことなど出来なかった。

 私にはルドだけ。ごめんなさい、アーシエ。貴女には返せないよ。

 でもだからこそ、私は知らないといけない。

 ユイナ嬢との確執と事件、そしてアーシエのコト。

 答えのヒントになる場所は見当がついているから。

 私は翌日すぐに行動に移すことにした。

 そうでもしなければ、居てもたってもいられなかったから。
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