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王宮内に与えられた自室へ戻ると、夜のために支度を始める。
この日のためにというより、今まで父の命令をただ真面目に聞いていたために着ることのなかったドレスを出した。
そして同時に、ひっつめてメイドキャップの中にしまっていた髪を下ろし、梳いていく。
今日はこの大きな伊達メガネも必要はない。
殿下が嫌わないぐらいの薄さで化粧を施し、前に殿下から頂いた香水をつける。
このまま夜遅く訪ねるのだから、あえて装飾品は必要ない。
鏡に映し出される自分の姿を眺めた。
切れ長で大きなオレンジ色の瞳に水色の長い髪。
髪はグラデーションのように、濃い青から水色へと変化している。
私のこの姿を知っている者は、今や父以外ほどんどいないだろう。
私は殿下の公務が終わる時間より少し遅めに、部屋を後にした。
入室許可をもらい殿下の部屋に入ると、予想した通りに殿下はお酒を飲まれていた。
そしていつもとは違う格好の私に酒を飲む手を止め、心底驚いたようにその場に立ち上がる。
「殿下、今日は貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ございません」
「い、いや……。そんなことはいいのだが……シアラ、君は……」
「どうかされました? 殿下」
殿下は開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ただ私を見つめていた。
それはそうだろう。
三年間ずっと一緒にいたはずの私を、やっと一人の女性として認識したのだから。
「いや、なんというかその……。ああ、そうだ話をということだったな」
「はい、殿下……」
「そこではなんだ。とにかく座りなさい」
私はその言葉を聞くと、やや悲しげな笑みを浮べながら殿下の座るソファーの隣に腰を掛けた。
本来ならば、対面に座るのが貴族令嬢としては正解だ。
しかし思惑のある私からすれば、対面ではなんの効果もないことを知っている。
だからこその隣。
いきなり隣に座られ、やや照れながらも戸惑いを隠せない殿下が少し可愛らしく思える。
「の、飲むか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、その方が話しやすかろう」
自分が飲んでいたワインをもう一つのグラスに、殿下自らが注ぐ。
こんなコトをしてもらえる人間は、この国でもそうはいないだろう。
「まぁ、殿下の手ずからなど……。申し訳ありません」
「いや、いいのだ。君には常日頃からずっと感謝している」
「そんな。私はただ職務を全うしてきただけ。それに、殿下のお側にいられるのです。こんなに幸せ……、あ、光栄なことはないでしょう」
言い間違えたふりをしつつ、私は一気に差し出されたワインを飲みほした。
そしてやや赤くなった顔で、殿下を見上げる。
「そ、そうか……。ところで話というのは……」
「父が私の婚約者を決めてきたようなのです。それで家に入り、子を産めと……」
私はグラスを置き、そのまま下を向く。
「なんと、急な」
「私は貴族令嬢としては売れ残りです。結婚適齢期もすでに迎えているのに、婚約者もおりません。父はお家のために、格下の男爵家の次男と結婚させるつもりなのです」
「急すぎるだろう、そんなこと。だいたいシアラに何の相談もなく決めることではないはずだ」
「父はあの性格です……。女である私の意見など、聞くことはないでしょう」
「馬鹿な」
まるで自分のことのように怒る殿下に、私は更に言葉を続けた。
「このままだとこの職務の任も解かれ、殿下とお会いすることももう出来なくなるでしょう。殿下、殿下、私は……」
瞳に涙をいっぱい溜め込み、そのまま殿下の胸に飛び込んだ。
殿下はそんな私を優しく抱きとめる。
私の髪が、白いシーツの上に海の波を描いていた。
この日のためにというより、今まで父の命令をただ真面目に聞いていたために着ることのなかったドレスを出した。
そして同時に、ひっつめてメイドキャップの中にしまっていた髪を下ろし、梳いていく。
今日はこの大きな伊達メガネも必要はない。
殿下が嫌わないぐらいの薄さで化粧を施し、前に殿下から頂いた香水をつける。
このまま夜遅く訪ねるのだから、あえて装飾品は必要ない。
鏡に映し出される自分の姿を眺めた。
切れ長で大きなオレンジ色の瞳に水色の長い髪。
髪はグラデーションのように、濃い青から水色へと変化している。
私のこの姿を知っている者は、今や父以外ほどんどいないだろう。
私は殿下の公務が終わる時間より少し遅めに、部屋を後にした。
入室許可をもらい殿下の部屋に入ると、予想した通りに殿下はお酒を飲まれていた。
そしていつもとは違う格好の私に酒を飲む手を止め、心底驚いたようにその場に立ち上がる。
「殿下、今日は貴重なお時間をいただいてしまって申し訳ございません」
「い、いや……。そんなことはいいのだが……シアラ、君は……」
「どうかされました? 殿下」
殿下は開いた口が塞がらないと言わんばかりに、ただ私を見つめていた。
それはそうだろう。
三年間ずっと一緒にいたはずの私を、やっと一人の女性として認識したのだから。
「いや、なんというかその……。ああ、そうだ話をということだったな」
「はい、殿下……」
「そこではなんだ。とにかく座りなさい」
私はその言葉を聞くと、やや悲しげな笑みを浮べながら殿下の座るソファーの隣に腰を掛けた。
本来ならば、対面に座るのが貴族令嬢としては正解だ。
しかし思惑のある私からすれば、対面ではなんの効果もないことを知っている。
だからこその隣。
いきなり隣に座られ、やや照れながらも戸惑いを隠せない殿下が少し可愛らしく思える。
「の、飲むか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、その方が話しやすかろう」
自分が飲んでいたワインをもう一つのグラスに、殿下自らが注ぐ。
こんなコトをしてもらえる人間は、この国でもそうはいないだろう。
「まぁ、殿下の手ずからなど……。申し訳ありません」
「いや、いいのだ。君には常日頃からずっと感謝している」
「そんな。私はただ職務を全うしてきただけ。それに、殿下のお側にいられるのです。こんなに幸せ……、あ、光栄なことはないでしょう」
言い間違えたふりをしつつ、私は一気に差し出されたワインを飲みほした。
そしてやや赤くなった顔で、殿下を見上げる。
「そ、そうか……。ところで話というのは……」
「父が私の婚約者を決めてきたようなのです。それで家に入り、子を産めと……」
私はグラスを置き、そのまま下を向く。
「なんと、急な」
「私は貴族令嬢としては売れ残りです。結婚適齢期もすでに迎えているのに、婚約者もおりません。父はお家のために、格下の男爵家の次男と結婚させるつもりなのです」
「急すぎるだろう、そんなこと。だいたいシアラに何の相談もなく決めることではないはずだ」
「父はあの性格です……。女である私の意見など、聞くことはないでしょう」
「馬鹿な」
まるで自分のことのように怒る殿下に、私は更に言葉を続けた。
「このままだとこの職務の任も解かれ、殿下とお会いすることももう出来なくなるでしょう。殿下、殿下、私は……」
瞳に涙をいっぱい溜め込み、そのまま殿下の胸に飛び込んだ。
殿下はそんな私を優しく抱きとめる。
私の髪が、白いシーツの上に海の波を描いていた。
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