上 下
5 / 7

005

しおりを挟む
「そ、それはそうだけど」

「ではこちらには落ち度はないはずですね?」

「親切ではなさすぎよ!」

「なぜ私が親切にすると思っているのですか?」

「そ、それは、あなたは所詮侍女じゃないの!!」

「そうですね。私は、殿下の侍女にございます。あなたたちの侍女でもなければ、言葉の通じない令嬢たちの子守りは業務に含まれておりません」

「な、あんた!」


 よほど腹に据えかねたのか、令嬢の一人が手を振り上げた。

 しかし私はその場から一歩下がる。

 すると令嬢の手は空を切り、その場によろけてしゃがみ込んだ。

 手を出されなかっただけ、マシだと思って欲しいわ。

 まったく、最近の令嬢ときたらしつけがなってなさすぎね。

 私はしゃがみ込んだ令嬢に寄り添うかのようにしゃがみこみ、小さな声で囁きかける。


「貴族令嬢ともあろう方がはしたないですよ? それに、私はこれでも侯爵家の令嬢なんです。こんなことが公になって困るのは、あなたがたのお父様たちではないんですかねぇ。貴族間の暴力事件は、即幽閉ですし」

「な、な、な……」

「さぁ、掃除の邪魔なので、とっとと出て行ってもらえます? お家ごと王都から追い出されたくなければ」


 私が侯爵家の令嬢だということも知らなかったのだろう。

 ただ、殿下付の侍女であるという時点で身分を考えないというのも、なんと頭が悪い。

 底が知れてるというものだ。


「なによ、なんなのよ」

「はぁ」


 令嬢はそのまま地べたを這いつくばるように数歩下がった後立ち上がり、泣きながら走り出す。


「ま、待ってください」


 つられるように残っていた令嬢たちも、走り出した。

 絵面は私がいじめたように見えるが、殿下は基本私には寛容だ。

  むしろ先ほどのような令嬢たちを殿下は毛嫌いしている。

 だからこそ隣国の姫君との仮婚約が大臣たちのゴリ押しで決まったが、先日から殿下はかなり気乗りしていない。

 何せ、騒ぐ令嬢も高飛車な姫君も、みんな殿下の好みではないのだ。


「まったく、君が数時間いないだけで酷い騒ぎだな」

「これは殿下……申し訳ありません」

「いや、シアラのせいではないだろう」


 騒ぎが治まったのを見計らった殿下が、私の方へ歩いてきた。

 やれやれと言ったように、あまり機嫌が良くないのが見て取れる。


「どうしてこうも令嬢という生き物はうるさいのかな。せっかく君が半休を取っていたというのに」

「私でしたら大丈夫です。いつでも殿下の側に控えさせていただきます」


 そう言いながら殿下を見上げれば、殿下は大きなブルーの瞳を細めて嬉しそうに微笑み返してくれた。


「まったく同じ貴族令嬢だと言うのに、こうも違うものとは」

「ふふふ。光栄にございます」

「ところで、父上殿の話とやらは大丈夫だったのかい?」


 殿下も父の性格を重々承知している。

 どうせまた思い付きでなにかを言われたコトなどお察しだ。


「それが……」

「どうした?」


 私はわざと殿下から視線を逸らし、やや視線を落とす。

 そしてあくまでもその表情は泣き出しそうな、苦悶を浮かべた表情で。


「シアラ?」

「……殿下……、あの……その件で、夜少しでいいので私にお時間を下さいませんか?」


 意を決したように殿下を上目遣い見つめ、手を前で組む。

 今までどんなコトがあっても私は殿下に弱音を吐いたり、お願いをしてきたコトなどない。

 だからこそ、これは効果的だ。


「もちろんだ。公務が終わる時間に来なさい」

「ありがとうございます、殿下」


 本当にありがとうございます、殿下。

 そうこれが第一歩。

 殿下の性格上、夜まで気になって私のことを考えていてくれるでしょう。 

 全ては計画通り。小細工もとい、下準備はこれで完璧ね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】従姉妹と婚約者と叔父さんがグルになり私を当主の座から追放し婚約破棄されましたが密かに嬉しいのは内緒です!

ジャン・幸田
恋愛
 私マリーは伯爵当主の臨時代理をしていたけど、欲に駆られた叔父さんが、娘を使い婚約者を奪い婚約破棄と伯爵家からの追放を決行した!     でも私はそれでよかったのよ! なぜなら・・・家を守るよりも彼との愛を選んだから。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

貴方に種付けをお願いしたいのです!

ぽよよん
恋愛
 貴族が入学する学園の入学前に伯爵令嬢の跡取りマリエルと侯爵家三男レイオンの婚約が決まった。  しかし、この婚約に不満のあるレイオンは、学園で知り合った子爵令嬢イザベルと恋仲になり、この婚約を破棄するようマリエルに詰め寄る。  マリエルは言う。「この婚約は決して破棄致しません。」 タイトルがアレなので一応R15つけましたが、内容はギャグです。 *おまけ追加しました* おまけはかなりお下品ですので、閲覧はお気をつけください。  

出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
 学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。  きっかけは、パーティーでの失態。  リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。  表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。  リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?

完結 勇者様、己の実力だといつから勘違いしてたんですか?

音爽(ネソウ)
恋愛
勇者だと持ち上げられた彼はこれまでの功績すべてが自分のものと思い込む。 たしかに前衛に立つ彼は目立つ存在だった、しかしペアを組んだ彼女がいてこそなのだが……。

何でも欲しがる妹を持つ姉が3人寄れば文殊の知恵~姉を辞めます。侯爵令嬢3大美女が国を捨て聖女になり、幸せを掴む

青の雀
恋愛
婚約破棄から玉の輿39話、40話、71話スピンオフ  王宮でのパーティがあった時のこと、今宵もあちらこちらで婚約破棄宣言が行われているが、同じ日に同じような状況で、何でも欲しがる妹が原因で婚約破棄にあった令嬢が3人いたのである。その3人は国内三大美女と呼ばわれる令嬢だったことから、物語は始まる。

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。 身に覚えのない罪状をつらつらと挙げ連ねられて、第一王子に婚約破棄された『精霊のいとし子』アリシア・デ・メルシスは、第二王子であるカイン王子に求婚された。 そこに至るまでのカイン王子の話。 『まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/368147631/886540222)のカイン王子視点です。 + + + + + + この話の本編と続編(書き下ろし)を収録予定(この別視点は入れるか迷い中)の同人誌(短編集)発行予定です。 購入希望アンケートをとっているので、ご興味ある方は回答してやってください。 https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScCXESJ67aAygKASKjiLIz3aEvXb0eN9FzwHQuxXavT6uiuwg/viewform?usp=sf_link

処理中です...