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009 過去は仄暗く

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「ママ、お腹空いた」

 最後にご飯を食べたのは昨日の夜。
 確か、昨日はコンビニのお弁当だっけ。
 今はもうお昼の時間をとっくに過ぎている。

 学校がない日は給食もなく、何度冷蔵庫を確認しても何も入ってはいなかった。

 朝からずっと氷を食べていたけど、もうそれも限界。
 我慢しないとダメなことは頭で理解できても、お腹が空いて空いて仕方がなかった。

「ママ、お腹空いた」

 ベッドでいびきをかきながら寝ている母を、私はゆすり動かした。

 昨日は何時に帰ってきたんだっけ。
 何時間寝たのかな。
 大量にお酒を飲んでいるのか、母はどれだけ揺すっても起きる気配はなかった。

 お腹空いた……。
 夜の仕事をしてて、母が一人で育ててくれているのも分かってる。
 でも、でも。

「ママのご飯が食べたいな」

 最後に食べたのはいつだっただろう。
 それすらもう思い出せない。

「氷もなくなちゃった」

 膝を抱いて、そこに顔を埋めた。
 テレビからは楽しそうな週末の様子が映し出されている。
 子どもの笑い声が、やけに耳についた。

 狭い部屋の隅、母と二人なのにどこまでも孤独だった。



 そんなまま私は大人になって、家を捨てて社会人になった。
 でも自分で自分に優しくする方法も知らないままだった私は、結局過労死しちゃったのよね。

 だからこそ、ココでの優しさも与えられたものたちも、ぜーんぶ吸収して今に至るという。
 うん。よくお金かかってるわよね。お腹をぽよんと叩けば、弾むように元に戻って来る。

「ミレイヌ様、果実は今日はなしでいいですか?」
「ん-、そうねぇ。あーーーー、ねぇビネガーってここにはあるかしら?」
「はい、奥様。でもあんなものを何に使うのですか?」
「あとは蓋のついた瓶と氷砂糖があれば完璧なんだけど」

 そう言ったものの、この世界って砂糖って高級品じゃなかったかしら。
 さすがに大量消費とか怒られちゃうわよね。

「ありますよ、奥様」

 嫌な顔一つせず、料理長が指示して他のシェフが持ってきてくれた。
 氷砂糖の大きさも、あまり向こうとは変わらないわね。

 しかも容器いっぱいに入っているそれは、天然石の結晶のようにキラキラと光を浴びて輝いていた。

 昔は良く、そのまま飴みたいに食べていたのよね。
 でもあの頃はそれでも太らなかったんだけど何が違うのかしら。

「たくさんねー。でも、これ使っちゃうからあとで実家から同じものを手配するわ。ごめんなさいね」
「ミレイヌ様、それ全部食べるんですか⁉」
「いや、これで果実酢を作るのよ。いくら私がデブだからって、さすがにガリガリ食べたりしないから」

 まったくシェナの中の私ってどうなってるのよ。
 飢えてたってそのまま食べないわよ。

「シェナ、あとでお兄様にコレお願いするように手紙を書くから用意してちょうだいね」
「はい。かしこまりましたミレイヌ様」

「お、奥様、なにもそこまでしていただかなくても。ここのものは全部使ってもいいと、何度も申し上げているではないですか」
「でも高価なものだし。ランド様にも聞いていないから、いいのよ。兄はどこまでも私に甘いからすぐ用意してくれるはずだわ」

 両親もそうなのだけど、それ以上に兄の溺愛ぐらいがすごいのよね。
 結婚が決まった時も、一晩号泣した挙句に、私を幸せにしなかったらすぐに回収するとランドに宣言したぐらいだもの。

 氷砂糖のおねだりぐらい、きっと明日にでも届くでしょうね。

 まぁ、事情を説明するのがめんどくさそうではあるけど。
 でもその時はちゃんと事情を話そうかな。

 なんでダイエットを始めたのか、ちゃんと言わないとね。

「さて、じゃあ果実酢作っていきましょう」

 再び腕まくりしようとした私をジト目で見つめたものの、シェナはツッコみを入れるのをあきらめたようだった。
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