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まゆみの場合 1

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 初めて自分の中に、もう一つの命が宿っていると分かった時、ただただ幸せでいっぱいだった。

 夫との初めての子。ずっとずっと望んでいたから。

 私は母子家庭で育ち、親はやや毒親気味だった。

 そのため温かな普通の家庭を知らない。

 彼と出会って結婚をして、家族になったけどなにかが物足りない。

 そう気づいたときに、私はどうしても子どもが欲しくなった。

 子どもがいたら完璧な家族になれる。そんな気がしたから。


「ねぇ、次の検診は一緒に行ける?」


 帰宅してスーツを脱ぐ夫に、私はソファーから声をかけた。

 出産まではまだまだあり、お腹も大きくはなかったが、それでも仲睦まじく夫婦が来ている姿を見ているとどうしても私も夫と一緒に行きたくなってしまった。

 元々夫は仕事が忙しい方で、残業などもたくさんしているような人。

 子どもが生まれてくるならさらに働かないと~とは言っていたものの、私はお金なんかよりも三人の時間が欲しかった。

 でも頑張ってくれているのにそんなことを言ったらダメだなって、今日までは我慢してきたんだけど。


「他の人もねー、旦那さんを連れて来てるのよ。なんか、教室みたいなのもあるみたいだし一緒に参加しましょうよ」

「今度かぁ……急には無理だな。今はいろいろと忙しいし」

「……そればっかり」

「仕方ないだろう。おまえと子どものために頑張ってるんだから」


 ネクタイを緩めながら、夫はやや不機嫌そうな顔をした。

 知ってるよ、そんなことはもちろん分かってる。

 でもさぁ、なんだか私だけ親になっていく感覚がたまらなく嫌なのよ。

 一緒にいて欲しいの。一緒に同じスピードで親になって欲しいの。

 だって家族って作るものじゃないの?


「分かってるけど……でも、みんな一人でなんて来ていないのよ」

「ああ、おまえの親は……そうだな~」


 やや考えたようにしながら着替え終わると、私の隣に座った。

 そしてお腹を撫でる。

 まだ動くこともないけど、きっとこの子もお父さんを理解しているはず。

 一緒がいいよね、だって家族だもん。


「うちのおふくろに今度頼んでやるよ。そしたら一人じゃないだろう」


 返って来た言葉は、望んだものではなかった。

 しかも夫は自分で言っておいて、名案だとばかりにご満悦だ。

 なんでそうなるかな。私たちのことなのに。どうしてそこで親を引っ張り出してくるのよ!

 話にならないし。全然、何にもうれしくない。


「もういい」

「なんだよ、人がせっかく提案してやってるのに。そういうのダメだぞ、もう家族なんだから。いくら自分の親にコンプレックスがあるからといって、うちの親は関係ないだろう」

「そういう意味じゃない」

「じゃあどういう意味だよ」


 コンプレックスとかそういう問題ではないし。どうして産婦人科にお姑さんを喜んで連れて行く人がいるのよ。

 余計に気を遣うし、周りから見てもおかしいじゃないの。

 まったく何にも分かってなさすぎる。

 家族になったって言ったって、そこはまた違う話よ。

 誰も家族として義実家と付き合わないなんて言ってるわけでもないのに。

 論点がズレてるし。


「三人で家族になるのに、どうしてあなたはそこに参加してくれようとしないの?」

「まだ生まれてもないし、今は忙しいって言ってるだろう。二人のために働いてるのに、そういうの辞めてくれよ。俺がまるで何にもしていないような言い方」

「そうじゃない、そうじゃないけどさぁ……」

「もう寝ろ。妊娠して不安定なんだろ」


 優しくないわけじゃない。

 こうやって気も使ってくれるし、つわりが酷くて何もできなければ何もしなくても怒られもしない。

 だからきっと他の人に言わせれば、贅沢な悩みなのかもしれない。

 でも……私の理想がおかしいのかな。

 一緒に子どもを感じて欲しくって、一緒に親になっていきたいだけなのに。

 でもそうね……まだお腹も大きくないし、夫には子どもが大きくなっていく感覚もないのかもしれない。

 だから実感がわかないのね。

 きっとお腹が大きくなったら……それか生まれたら、彼もちゃんと親としての自覚が生まれてくるかもしれない。

 こんなことで喧嘩になっても意味がないし、私がヒステリーになっているのかも。

 私は母さんじゃない。あんな風になりたくない。

 人に当たり散らしたり、高圧的に従わせたり、だなんて。

 絶対にしない。だから謝ろう。


「ごめん……寝る、ね」

「そうしろ。おやすみ」

「うん……おやすみなさい」


 めんどくさそうな声の夫は、私を見ることはない。

 私は泣き出しそうになる気持ちを抑え、そのまま一人、真っ暗な寝室へと向かった。
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