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めぐみの場合 1
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雪解け交じりの朝。
この地方にもようやく春が少しずつ訪れようとしている。
真冬にはあまり顔を合わすこともなかった近所の人たちが、集積所に集まっていた。
そう。ここではごみの日ごとに主婦たちによる井戸端会議が開かれている。
正直私はこの集まりがあまり得意ではない。
春になるのはうれしいのだけれど、この先秋までこれが続くかと思うと少しうんざりする。
「おくさーーん、やだ久しぶりねぇ」
「お久しぶりですね。今日は暖かくていい日で」
軽く会釈をしつつ、ごみを捨てる。
このまま家に戻りたいのだけれど、まるで獲物を捕まえたと言わんばかりの人たちには見逃してもらうことは出来なかった。
「今ちょうど話してたのよー」
「えー。どんな話ですか?」
「奥の家の旦那さんが浮気して、家追い出されたらしくってさぁ」
「一昨日、すごかったのよ! 怒鳴り声から何から。修羅場よ、修羅場」
こんな小さな町では噂などすぐに広がってしまう。
誰が浮気した、喧嘩した、出て行っただけではなく、どこに就職してどうなって……。
そんなどうでもいいことまで監視し合うように情報を共有していた。
だからこそ、この話のネタにされてしまえば、ある意味ここでは生きずらくなる。
「浮気だなんて。……奥さんも大変ですね」
「でもさぁ、あそこの奥さんも努力しないからダメなのよ」
「そうそうそうそう。女として終わってたらねぇ。あれじゃ、旦那が浮気に走るわ」
「その点、奥さんは綺麗だから大丈夫でしょう?」
「えええ。私なんてそんな。ほら、うちの旦那仕事忙しいばっかりしか言わないし。どーなんですかね」
いくらこの中では私が一番年下だからって、こういう会話を振られてもこまるんだけどなぁ。
だいたい旦那がいつも遅く帰ってきてるコトぐらい、みんな知っているはずなのに。
いや、もしかしたら知ってるから鎌をかけているのかしら。
でも例えそうだとしても、自分から言うわけないじゃないのよ。
「仕事仕事でもねー。お宅のお姑さんが早く孫ってうるさいんじゃないの?」
「ああ、そうなんですよ」
「奥さんのとこ、もうそろそろ結婚三年目じゃないの?」
「ええ、そうですね」
「あの姑さんのことだから、石女って大騒ぎし出しそうね」
「言えてる~。奥さんも大変よねー」
私が子どもを産んでないことを、笑いたいみたいね。
家に帰れば姑が、ここではただの近所の人が。
まったく胃が痛くなる。
産む産まない以前の問題で、旦那が仕事ばかりでほとんど家にいないというのにどうしろというのだろう。
愛想笑いと話題のすり替えでなんとか脱出した私は、家に帰る頃にはすでに疲弊していた。
「あなた、また週末に夜勤があるの?」
「なんだよ~仕方ないだろう。仕事が忙しいんだから」
そう言って着替えながら、器用にあけたビールを夫は飲んでいた。
私がこんなことをすれば、育ちが悪いと怒鳴る姑も、夫には何も言わない。
「仕事仕事仕事って、家に残される方の身にもなってよ」
元々、同居を始める時の約束は私の話を聞いてくれたり、家のことを一緒にやってくれるって話だったのに。
ふたを開けて見れば私はただの家政婦扱いで、介護要員でしかなかった。
家紋に泥を~とか、家のために~とか。跡継ぎだとか。
そんなの私にはもうどうでも良かった。
むしろこんな家なんて……。
「テキトーにやってくれればいいんだよ、テキトーに。考えすぎるから、嫌になるんだよ。」
「あなたはいつだってそう言うけど。じゃあ、孫孫うるさいお義母さんにも同じことを言ってよ!」
「あ~。それは……なぁ。おいおい、な」
「おいおいって」
レスなのは何も私だけのせいではない。
そのほとんどがこの人のせいなのに。
バツが悪くなった夫は、ビールを持ったままお風呂場に消えて行った。
「もう!」
リビングの椅子に座ると、その場に置かれていた夫のスマホから音が鳴る。
そして表示される一件のメッセージ。
『週末楽しみ~。雪降らないといいね。でも雪でも二人なら温かいから、いいかな♡』
「なにこれ」
見た瞬間、血の気が引いて行くのが分かった。
毎週末の夜勤はコレだったんだ。
仕事ではなく、女と会うため。
いろんなことが頭の中を駆け抜けた。
今度はうちが噂になる。
しかも浮気をしたのは夫なのに私のせいにされて。
姑はきっとあんな石女なんてと、言いふらすだろう。
なんで私だけ……。
私だけが苦しまなきゃいけなかったの……。
何もしていないのに。ただこの地で、この地獄みたいな場所で頑張ってきたというのに。
冗談じゃないわ。
私ばっかり。こんなの許されるワケない。
違う。絶対に許せないわ。
この地方にもようやく春が少しずつ訪れようとしている。
真冬にはあまり顔を合わすこともなかった近所の人たちが、集積所に集まっていた。
そう。ここではごみの日ごとに主婦たちによる井戸端会議が開かれている。
正直私はこの集まりがあまり得意ではない。
春になるのはうれしいのだけれど、この先秋までこれが続くかと思うと少しうんざりする。
「おくさーーん、やだ久しぶりねぇ」
「お久しぶりですね。今日は暖かくていい日で」
軽く会釈をしつつ、ごみを捨てる。
このまま家に戻りたいのだけれど、まるで獲物を捕まえたと言わんばかりの人たちには見逃してもらうことは出来なかった。
「今ちょうど話してたのよー」
「えー。どんな話ですか?」
「奥の家の旦那さんが浮気して、家追い出されたらしくってさぁ」
「一昨日、すごかったのよ! 怒鳴り声から何から。修羅場よ、修羅場」
こんな小さな町では噂などすぐに広がってしまう。
誰が浮気した、喧嘩した、出て行っただけではなく、どこに就職してどうなって……。
そんなどうでもいいことまで監視し合うように情報を共有していた。
だからこそ、この話のネタにされてしまえば、ある意味ここでは生きずらくなる。
「浮気だなんて。……奥さんも大変ですね」
「でもさぁ、あそこの奥さんも努力しないからダメなのよ」
「そうそうそうそう。女として終わってたらねぇ。あれじゃ、旦那が浮気に走るわ」
「その点、奥さんは綺麗だから大丈夫でしょう?」
「えええ。私なんてそんな。ほら、うちの旦那仕事忙しいばっかりしか言わないし。どーなんですかね」
いくらこの中では私が一番年下だからって、こういう会話を振られてもこまるんだけどなぁ。
だいたい旦那がいつも遅く帰ってきてるコトぐらい、みんな知っているはずなのに。
いや、もしかしたら知ってるから鎌をかけているのかしら。
でも例えそうだとしても、自分から言うわけないじゃないのよ。
「仕事仕事でもねー。お宅のお姑さんが早く孫ってうるさいんじゃないの?」
「ああ、そうなんですよ」
「奥さんのとこ、もうそろそろ結婚三年目じゃないの?」
「ええ、そうですね」
「あの姑さんのことだから、石女って大騒ぎし出しそうね」
「言えてる~。奥さんも大変よねー」
私が子どもを産んでないことを、笑いたいみたいね。
家に帰れば姑が、ここではただの近所の人が。
まったく胃が痛くなる。
産む産まない以前の問題で、旦那が仕事ばかりでほとんど家にいないというのにどうしろというのだろう。
愛想笑いと話題のすり替えでなんとか脱出した私は、家に帰る頃にはすでに疲弊していた。
「あなた、また週末に夜勤があるの?」
「なんだよ~仕方ないだろう。仕事が忙しいんだから」
そう言って着替えながら、器用にあけたビールを夫は飲んでいた。
私がこんなことをすれば、育ちが悪いと怒鳴る姑も、夫には何も言わない。
「仕事仕事仕事って、家に残される方の身にもなってよ」
元々、同居を始める時の約束は私の話を聞いてくれたり、家のことを一緒にやってくれるって話だったのに。
ふたを開けて見れば私はただの家政婦扱いで、介護要員でしかなかった。
家紋に泥を~とか、家のために~とか。跡継ぎだとか。
そんなの私にはもうどうでも良かった。
むしろこんな家なんて……。
「テキトーにやってくれればいいんだよ、テキトーに。考えすぎるから、嫌になるんだよ。」
「あなたはいつだってそう言うけど。じゃあ、孫孫うるさいお義母さんにも同じことを言ってよ!」
「あ~。それは……なぁ。おいおい、な」
「おいおいって」
レスなのは何も私だけのせいではない。
そのほとんどがこの人のせいなのに。
バツが悪くなった夫は、ビールを持ったままお風呂場に消えて行った。
「もう!」
リビングの椅子に座ると、その場に置かれていた夫のスマホから音が鳴る。
そして表示される一件のメッセージ。
『週末楽しみ~。雪降らないといいね。でも雪でも二人なら温かいから、いいかな♡』
「なにこれ」
見た瞬間、血の気が引いて行くのが分かった。
毎週末の夜勤はコレだったんだ。
仕事ではなく、女と会うため。
いろんなことが頭の中を駆け抜けた。
今度はうちが噂になる。
しかも浮気をしたのは夫なのに私のせいにされて。
姑はきっとあんな石女なんてと、言いふらすだろう。
なんで私だけ……。
私だけが苦しまなきゃいけなかったの……。
何もしていないのに。ただこの地で、この地獄みたいな場所で頑張ってきたというのに。
冗談じゃないわ。
私ばっかり。こんなの許されるワケない。
違う。絶対に許せないわ。
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