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ゆりの場合

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 リビングでふんぞり返りばがら、テレビを見て大きな笑い声をあげる彼を見た。

 彼はとある企業の御曹司であり、次期社長。
 身長179センチ、スラリとした体形に、甘いマスク。元々営業の下積みもあるために、会話もとても上手い。

 そんな彼は昔からよくモテた。
 それでも私はそんなハイスペックな彼の心を捕まえ、三年前に約五年の交際を経て結婚した。

 誰もがうらやむ、美男美女カップルである。ハイスペックな彼と結婚できた私は勝ち組のはずだった。


「飯、まだー?」
「うん。もう少しで出来るよ。待っててね」
「もーさー、腹減ってるんだから早くしてくれよ」

「あなたのためにように時間がかかってしまっているの。ごめんね」
「はぁ。おまえ、そういうとこがホントに使えないんだよな。仕事は出来るくせに、家事はダメすぎ」
「……」


 私たちは義父の会社の別部署で働いており、共働きだ。
 しかし彼が家事をすることはまったくない。
 一度だけ体調が悪い時に家事をお願いしたところ、義母からひどく注意を受けた。

 家事は男のするものではないらしい。

 時代錯誤だとは思ったが、私はそれに楯突くことは出来なかった。
 一言でも言い返せば、嫁とはという説教が始まり、離婚しろと責められるのが目に見えていたから。

 そんな無駄な時間を過ごすよりは、言わずに『すみません』と言ってしまう方が楽だった。
 たとえそこに、本心はなかったとしても。


「もう出来るから、そっちに持っていくね」
「今日は何なんだ?」
「あなたが大好きなカレーよ。もう三日くらい煮込んでいるの」


 大きな大きな圧力鍋。
 そこに肉がほぼ原形をとどめないほど煮込んでから、数十種類のスパイスで味付けをする。
 彼のこれが彼の大好物だ。

 この三年で、カレーだけはとても上手くできるようになった気がした。


「おっ、今日はカレーか。いいな、お前のカレーだけは大好物なんだよ」
「そう? それは良かった」


 皿にご飯をよそり、カレーをかける。
 サラサラとしたカレー。
 スパイスの匂いが部屋に広がっていく。


「さぁどうぞ。召し上がれ」
「ああ、いい匂いだ。本当に最高だな」


 そう言いながら彼は黙々とカレーを食べ進める。

 私は彼の向かいのソファーに座り、ただ彼が食べ進めるのをずっと見ていた。
 ガツガツと、ただ一心不乱に食べる姿に胸が熱くなる。

 嬉しい。
 彼が文句ひとつ言わずにカレーを食べる姿が、私には何よりも幸せだった。


「美味しい?」
「ああ、おかわりくれ」
「はいはい」


 私は席を立ち、ふたたびカレーをよそりにいく。


「本当、お前のカレーはどの店よりもうまいよ。何か隠し味でも入ってるのか?」
「ん-。どうかしら。愛情はいつもたっぷりだけど」
「ははははは。そう言えば、お前はカレー食べないのか? いつもカレーの日は食べないけど」

「そうね。私、自分で作るカレーは好きじゃないの」
「そうなのか。お前変わってるな。こんなにうまいのに」
「そう? でもあなたに喜んでもらってよかったわ。そのために頑張って作っているんですもの」
「そうか」


 彼はただ豪快に笑った。
 隠し味は確かに入っている。
 だけど彼には教えてあげない。

 まぁどうせ言ったところで、きっと彼の浮気相手には一生作れないけれどね。
 でも、絶対に教えない。これは妻としての意地だ。

 彼が浮気を何度繰り返しても離婚しないのも、そう。

 でもだからと言って、あなたを死にほど愛してるから許してるってわけではないのよ。

 だってそうでしょう?
 浮気は味変するための手段だなんて言う人に、どうして愛情を持ち続けられるというのかしら。

 再びよそったカレーを彼に出した。
 先ほどと同じように、ただ嬉しそうに食べだす彼。

 ああ私はこの瞬間のためだけに、彼との結婚を継続し続ける。


「美味しい?」
「ああ、最高に美味しいよ」
「そう、よかった」


 喜んでもらえて……。
 このカレー、本当に苦労したのよ。
 まずは肉を捕まえるとこから始まるんだから。

 えっと、次は確か女子高生だっけ。
 パパ活とか言って、この人が入れ込んで貢いでるのは。

 今度のは、若いから煮込むのが大変そうね。
 でもきっとこの人は美味しいって食べてくれるはず。
 だから頑張らなくちゃ。

 何よりも美味しそうに食べる彼の姿を見て、私は次のカレーの用意のことで頭がいっぱいだった。
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