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第五章
第七十二話 合わせ鏡のような呪縛⑤
しおりを挟む「でもそうだとしても、もう私たちは同じじゃない。あの合わせ鏡のような双子という呪縛から抜け出したのにどうして?」
「この世界で前世の記憶が戻った時、自分一人が異質な存在な気がしてとても怖かった。でもすぐに姉さんが唯花だって分かったわ。だから縋りたかった。一人じゃないって。それなのに、姉さんの記憶は戻ることなくて……。戻らないのに、まるで全部分かっているように、唯花と同じようにわたしを避けた」
「別に避けてなんて」
「いつだってそう。いつも見て欲しいのに、姉さんはわたしを見てもくれない。だけど……。怒っている時は、いつもちゃんとわたしを見てくれた。たとえ記憶が戻らなくたって、わたしは姉さまが見てさえくれれば、安心が出来たの」
「もっとこんな方法じゃない方法だって、あったはずでしょう。チェリーとしてせっかくこの世界で1つの幸せを、チェリーだけの人を見つけることが出来たというのに」
「それは違う。グレン様を選んだのも、姉さんを悪役令嬢に仕立てて婚約破棄させたのも、全部計画だったの」
「ずっと気になっていたの。計画ってなんなの? チェリーが望んだものって」
「……」
チェリーはため息をつきながら視線を落とす。
「もういいの。だって結局、間違ってしまったから……」
「でもだからと言って、終わってはないだろうチェリー」
グレンが牢屋に近づき、しゃがみ込み、チェリーの顔を覗き込んだ。
「やめて、グレン様!」
「言わないで勘違いされたままよりも、言って君の無罪を一緒に探して欲しい。僕はそう思っているよ」
「なんであの時邪魔したのに、今になって」
「邪魔したつもりはない。君の思いも、君の計画も知った上で利用してしまったことは本当に申し訳なかったと思う」
「思うなら、もうほおっておいて」
「そういうワケにはいかない。僕には僕の守りたいものがあるから」
鉄格子を握るチェリーの手の上に、グレンはそのまま自分の手を重ねる。
チェリーはグレンをただ睨みつける。
グレンとチェリーは何のために、私を悪役令嬢に仕立てたというの。
「もう! わたしはただ、姉さんを守りたかったの。さっきも言ったように、その全てを。わたしが記憶を戻した時のことを覚えてる?」
「たしか王宮かどこかに出かけて、その時に池に落ちたって……」
「そう。池に落ちた。落とされたのよ、あの女に。アイツは自分の邪魔になる人間には容赦なく、すべてを消し去ろうとする。落とされた瞬間のあの光悦な顔。絶対に忘れないわ」
「ちょっと待って、あの女って誰なの」
「元公爵令嬢……、この国の現王妃よ」
チェリーは吐き捨てるように言った。
まさかこんな形で王妃様の話を聞くことになるなんて。
「あの女は自分が王妃となるために邪魔になりそうな同じ年くらいの身分の高い令嬢を狙っては、手あたり次第攻撃していったわ。そしてその標的は、婚約者のいなかったわたしにもむいた」
「な、そんなこと」
「言ったでしょ。ここは伏魔殿だって。でも姉さんには幸い、グレンさまがいかたら攻撃の対象にはならなかった。でもね、自分が今度は国王と共に退位させられそうになって、あの女は考えたの。誰がこの計画を裏で糸を引いてるのかって」
「それが、グレンだってこと?」
グレンに視線を移せば、グレンはただ頷いた。
確かにグレンはキースの側近であり、次期宰相だ。
退位の計画を立てた一人と思っても間違いはないと思う。
しかし退位を望んだのは国王であって、キースたちではない。
「そんなの、八つ当たりみたいなものじゃない」
「そうよ、八つ当たり。そしてガードの緩い、婚約者にその怒りの矛先を向けようとしているってグレンから言われたの」
「グレン、あなた」
「いいの。情報自体は、わたしが望んだことだから。だから、グレンさまに協力してもらい、婚約者を挿げ替える方法に出たの。そしてその上で、姉さんが領地に送られれば静かに暮らせると思ったのよ」
それで思いついたのが、あの断罪というわけね。
どこかで見たことあるお芝居のような気がしていたけど。
おそらくチェリーが前世で読んだ本かなにかをなぞらえて、あれを行ったのだろう。
グレンを協力者として。
「でもそこからは誤算だらけだった。あの事故もそう。あんなにも早く、王妃が仕掛けてくるなんて思ってもみなかったのよ。事故を聞いて、すぐに家に戻ったわ。記憶が戻って欲しいと思う自分と、無事でよかったと思う自分。本当に嫌になる」
「そんなことまでしてあなたが婚約者になれば、今度はあなたが狙われるじゃないの」
「別にそんなこと構わないわ」
「どうして」
「どうしてって。じゃあ聞くけど、どうして姉さんはわたしをあの時かばったりしたの? 子供じみた嫉妬といじめを繰り返してきたわたしを。助けたりしなければ、姉さんだけは助かったかもしれないのに」
どうして、か。
あの時確かに唯奈をかばわなければ、私は死ななかったと思う。
あんなにいじめられて、嫌っていた唯奈を助ける義理はない。
普通ならきっと、見放してただろう。
「さぁ?」
「さぁって」
「だって、なんにも考えなかったんだもの。気づいたら、体が勝手に動いてたのよ。大嫌いで捨ててしまいたかった妹だけど、それでも手を伸ばしてた」
チェリーがゆっくり私の顔を見つめた。
もう同じ顔ではなくなってしまった、この顔を。
私たちは同じ方向を向きながら、全く逆の方法を選び、交わることなく生きていたのかもしれない。
自分を見て認めて欲しかった唯奈に、唯奈が羨ましくて眩しくて目を背けた私。
そしてそれはチェリーとアイリスになってからも、ずっと同じことを繰り返してきた気がするわ。
「わたしはただずっと、姉さんが羨ましくて、姉さんに認めて欲しくて、姉さんにわたしという存在を見て欲しかった。姉さんだけだった。誰かじゃない、わたしそのものを見てくれるのは」
誰からも好かれて、みんなの中心にいる唯奈の姿は、誰かの理想を模した虚像に過ぎなかったのかもしれない。
「だから、その瞳には僕だけを写して欲しいと言ったはずだよ、チェリー」
グレンがチェリーに手を伸ばし、その頬に触れた。チェリーが視線をグレンに移す。
「グレンさま……」
「僕は彼女の望みと計画を知っていて、君をキースへと近づけた。キースには君のような人間が必要だと思ったから。ただそうすることで、チェリーの望みであった、君への平穏を奪う形になってしまった」
「私とキースを引き合わせる……、じゃああの夜会でのドレスも!」
「わざと、キースの瞳の色と同じにした。その方がよりキースに印象付けられると思って」
「やっぱり、あの時から計画は進んでいたのですねグレンさま」
「そうだよ、チェリー。まさか君が姉にワインをかけるとは思わなかったんだ」
「そうでもしなければ、あの会場で一番人目についていた姉さんを退場させることが出来なかったから。時間がなかったもの。王妃様たちがあの会場に入ってきてしまえば、すぐさま姉さんに目を付けられてしまうから」
夜会での私のドレスを見た時、たしかにチェリーは『もしかして』と言っていたっけ。
あの時、キースの計画が自分のモノとはかけ離れて言ってることにチェリーは薄々気づいたのね。
それで急いで私を追い出すために芝居を打った。
悪役令嬢の続き。
そしてワインをかけてドレスを汚すことで、私は退場するしかなくなってしまったし。
ある意味、全てにおいてチェリーの計画はうまくいってたってことか。
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