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第四章

第六十七話 思いを伝えるということ

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 キースとずっと共にあり、幸せな家庭を築いていく。

 そんな都合のいい夢を見ていた。

 そこには邪魔する者も問題もなく、ただ平和で幸せにという、なんともご都合主義な結末だった。

 確かに私が欲しかったのは、ただ自分だけを見て愛してくれる人。

 ずっと傍にいて、手を差し伸べてくれる。

 でも現実として、今キースとこのまま婚約をしたところで、頭の痛い問題は山積しているというのに。

 そして一番の問題は、私がキースの想いを信じきれないことかな。

 アイリスになって、他の人との人間関係はずいぶん良くなった気はする。

 嫌煙していた父、あまり関わって来なかった母。

 その二人だって、私がただ一方的に避けていたにすぎなかった。

 二人との仲も修正でき、ギルドの人たちとも仲良くなれたことで、私はいつか妹とも和解できるんじゃないかってずっと思っていた。

 唯花と唯奈は無理だったけれど、アイリスとチェリーならば、と。

 だけど現実は真逆に近く、どんどん溝は深まっていっている気がした。


「アイリス気がついたか」

「キース様?」


 ぼーっとする意識が急浮上する。

 ベッドに横たわる体に、心配そうに駆け寄るキース。

 あれ、ここ私の部屋じゃなかったっけ。

 思わず視線を動かし辺りを見渡せば、確かにここは私の部屋であった。


「キース様、どうしてここに」

「贈り物を届けた遣いが帰宅する時に、アイリスが倒れたと聞いたとの連絡を受けて……居ても立っても居られないから来たんだ」

「すまなかった。何もかも俺のせいだ。俺の行動のせいで、君を傷つけてしまった」


 キースは深々と私に頭を下げた。


「お、おやめ下さい。次期国王ともなられる方が、頭を下げられるなど!」

「そんなものは関係ない。どんなことであっても、君を傷つけたことには変わりないのだから」

「キース様」

「ただ君を好きなことは本当だ。それが上手く伝えれていないのも事実だし、君を傷つけているのみ分かっている」

「……」

「弁明させてもらいないだろうか」


 きっと聞きたくない話もその中には入っている。

 だけど真摯に謝罪してくれる人の言葉を聞かないほど、嫌な人間になりたくはなかった。


「お聞きします」

「ありがとう、すまない。まずはどこから……そうだな。俺はずっと自分の姿を偽ることで、王としての兄の地位を守ろうとしてきた。王は兄にこそふさわしいと思っていたから。しかし兄が王位を返還したいと言い出した時、本当は王位を兄に押し付けて、俺は体よく逃げていただけじゃないかと思ったんだ」

「そんなこと」

「そんなことあるさ。その方が楽だったんだ。でも君を見つけて、共に居たい者、本当に守りたいものを自覚した時、逃げるのを辞めようと思えたんだ」


 いつも周りに女の子たちを侍らせ、特定の婚約者などを作らず遊び惚けているように見せることで、国王の地位を守ろうとしていたのか。

 それほどまでに慕わせる兄。

 そんな兄弟仲もあるのだと、少し羨ましくなる。


「どうして笑っているんだアイリス」

「いえ。ただ国王様が羨ましくて。こんなにも自分のことを思ってくれる弟がいるなんて、なんて誇らしいことだろうかと」

「すまない、アイリスは」

「いいんです。どこでボタンをかけ間違えてしまったのか、いつからなのか……。もう分かり合える日が来るとは思えないほど、私とあの子の仲はこじれてしまったんです」


 そう仲の良かった日々が思い出せないくらいに。


「分かり合えなくたって、いつか思い合える日が来るさ。君たちはまだ取り返しのつかないところまでは行っていないと思うんだ」

「まだ……まだ大丈夫ですかね……」

「ああ。少なくとも、俺もグレンもそう思っている。だけど、だからといってチェリーがしてきたこと全てが許されるとは思ってないさ」


 キースは先ほどのプレゼントの包み紙を私に見せる。


「これもそうだ。君のためになんて彼女に言われ、確かにそうだなと自分では考えずにやってしまった。それがこの結果だ」

「でも、私のために選んで下さったのでしょう」

「君の気持ちを考えれば、ちゃんと一人で選ぶべきだった。妹なら大丈夫だとか、彼女と選んだ方が君の趣味の物を贈れるとか。そんなことなど考えず、君の気持に寄り添うべきだったんだ」


 プレゼントを持つ手に力が入ったのか、綺麗に包装されたそれは、少しくしゃりと歪む。


「キース様……」

「俺はまさかチェリーが、わざとこの状況を作り出したなんて、君が倒れるまで気づきもしなかった」

「ギルドを出てすぐに、侯爵家の馬車に気付きました。そして吸い寄せられるように、あの店の中を覗いてしまったんです」


 思い出しながら話し出す私に、キースが私の肩に触れた。そしてもういいと言わんばかりに、首を横に振る。


「本当にすまなかった」

「いえ、もう謝らないで下さい。これを選んでいる姿を見てしまった時、私はまた大切な人をあの子に取られてしまうんじゃないかって思ったんです」

「それはもちろんだ。少しはまだ、期待してもいいのだろうか」

「ん―。今は大切な友人のようなとしか……」


 胸の中に恋心がないわけじゃない。

 取られたくなかったし、傍にいたいとは思う。

 だけど今この状況で、婚約を受け入れてしまえるほど私は強くないから。

 受け入れてグズグズ悩んで同じことを繰り返すよりは、ちゃんとしてから受け入れたい。

 そこまでキースが待っていてくれなくても、納得した形じゃないとダメになってしまいそうだから。


「今はその返答で十分だ。ありがとう、アイリス。君に受け入れてもらえるように、もっともっと努力していくよ」


 キースはやや申し訳なさそうに、それでも微笑んだ。
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