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第四章
閑話休題 決意②(キース視点)
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チェリーとの買い物のあと、帰宅するとにグレンからの小言攻撃をくらった。
人様の婚約者と、というのは確かに理解できた。
婚約者に許可を取らずに行ったというのは、不味かったとは思う。
ただ本来の問題点はそこではなかったのだ。
どうしてあの時気づかなかったんだろう。
あの店の位置は、冒険者ギルドから目と鼻の先にある。
もしチェリーがアイリスの行動を把握していたのなら、全ては彼女の計画通りだったのか。
あの日、アイリスはギルドの中にいた。
そしてすぐに、装飾店の前に停めた侯爵家の馬車を見つけただろう。
そうして店に近づけば、中にいる俺たちのことを見ることになる。
グレンの言うように、姉妹仲は芳しくないというよりはこれはすこし異常だ。
どうしてそこまで姉に固執するのか。
「私がいけないの? 私が……」
「アイリス」
ベッドに横たわったまま、宙を彷徨うアイリスの手を握った。
その手はまるで氷のように冷たい。
贈り物を届けた遣いからアイリスが倒れたとの報せを受け、すぐにグレンと共に侯爵家へと向かったのだ。
この贈り物のいきさつを聞いていたのか、侯爵は開口一番に帰ってくれと言い放った。
無理もない。全ては俺のせいなのだから。
でもだからこそ、こうなってしまったこと全てを心から謝罪したいと侯爵には素直に話した。
王族がとか、そんなものはどうでもいい。
全ては自分が招いた結果であり、アイリスにはきちんと顔を見て謝罪がしたかった。
その上で婚約が立ち消えするのならば、それでもいい。
こんな情けない、好きになった人間を傷つける人間など愛想をつかされても仕方がないから。
「アイリス、目を覚ましてくれ。悪いのは君じゃない。全ては僕のせいだ」
強く手を握ると、数時間ぶりにアイリスがその瞳を開ける。
しかしアイリスの意識はまだ朦朧としているようで、手を握った俺を見たがその視線は定まらない。
「……母さんはいつもあの子だけを可愛がった。二人で手を繋いで、楽しそうに歩くの。私はいつでも置いてきぼりで、構ってもらえなくて……。だからずっと褒めてほしくて、私は一人でもがんばったの」
「アイリス? それは何の」
まるで昔話をするように、アイリスが横を向いて話し始めた。
「父さんは家を全く顧みない人で、私たちを可愛がることはなかった。でも私がすれば怒るようなことでも、父さんはあの子には怒らなかった」
「……」
「私たちは同じなのに。同じなのに、何が違うの? 顔だって声だって全く同じなのに、なんであの子はみんなに愛されて、なんで私は一人ぼっちなの?」
「アイリス、記憶が」
「学校だって、いつもあの子が中心で……」
話を聞いているうちに、どこかその話がおかしなことに気付く。
同じとは、何を指すのだろう。
アイリスとチェリーでは髪の色も瞳の色も全く違う。
声も多少は似てはいても、同じではないのだ。
そして何より、チェリーはアイリスが通っていた王立の学園には通っていない。
一つのことがおかしいと思うと、その話全てがおかしく思えてくる。
侯爵夫人はとても子煩悩だと有名で、学園に入りたいと行ったアイリスの後押しをしたと聞いたことがある。
それに前にカフェに来ていた時も、とても仲の良い親子そのものだった。
侯爵は確かに仕事人間で職業柄、家に帰る時間は少ないかもしれない。
しかし娘のことは溺愛していて、相手が王族であっても俺の求婚を断るくらいの人だ。
「どうしてあの子は、いつでも私が欲しいと思うものを奪っていくの……。私がいけないの? いけなかったの? ちゃんと欲しいものは欲しいと……言わなかったから」
悲痛なアイリスの叫び。
その内容が分からなくても、今まで彼女がどれだけ傷ついてきたのかは想像がつく。
「違う。そんなことない。アイリスは何にも悪くない。そんな寂しい思いをしているアイリスのことを思ってやらなかった奴やが悪いんだ。どうして家族なのに、君が一人で悲しい思いをしなければいけないんだ。そんなのおかしいだろう」
思わす反論すると、アイリスは今まで見たどの笑顔よりも、幸せそうに笑った。
「キースは私のために怒ってくれるのね」
「俺だけじゃなくても、グレンだってそんなこと聞いたら、怒るさ。さあ、もう少し眠るんだ。俺はどこにも行かないよ。ずっとアイリスの側にいる。俺はアイリスだけのものだよ」
「ふふふ。最後の最後に、ずいぶん都合の良い夢だわ。でもそうね、それならきっと私は今度こそ幸せね」
開いているもう片方の手でアイリスの頬に触れた。
アイリスは目を細め、視線を一度こちらに向けた後、再び眠りについた。
先ほどの苦しそうに歪む顔とは違い、その顔はとても穏やかで小さな寝息を立てている。
「グレン、さっきのアイリスの話どう思う?」
「過去の話でしょう。おそらく、アイリスになる以前の」
「お前の言う、前世というやつか」
「ええ、おそらくは」
「どれだけお前の話を聞いてもずっと半信半疑だったんだけどな。でもアイリスの口から言われると、いよいよ現実なんだと思い知らされるよ」
前世の記憶があるというのは、一体どんな感覚なのか想像も付かないが、その過去が悲しみに溢れていたことだけはよく分かった。
それならば、今俺がアイリスにしてあげられることは何だろう。
アイリスがもう二度と、悲しみに泣き暮れないように出来ることは。
「それにしてもアイリスの言葉の中に何度か出てきた、同じというのは何だと思う?」
「先ほどから僕もそれを考えていたんですよ。これはまだ憶測でしかないのですが、双子という可能性はないですかね」
「そうか、同じ顔に同じ声。前世ではアイリスは双子だったということか。それなら確かに、先ほどの話の意味が通じるな」
「ええ。そしておそらく、その双子の片割れは……」
「もしかして、それがチェリー嬢か。まさか、そんな偶然があるのか」
だが、もしグレンの言うことが当たっているとしたら、神のいたずらにしては質が悪すぎるだろう。
ただ、なんとなく漠然としていたものがパズルのピースのように当てはまっていく気がした。
「最悪だな」
アイリスがそんな風に思っている相手と買い物をし、それをアイリスに渡してしまうなど。
本当に最悪で、最低な行為だ。
状況を考えもせず、そしてアイリスの気持ちを考えることもなく。
俺はなんて浅慮だったのだろう。
ただ彼女が喜ぶ顔が見たかった。
そのためにも妹から好みを聞いて、彼女が喜ぶものが贈りたかったというのに。
逆効果どころか、彼女をこんな風に追い詰めて苦しめてしまった。
どうすれば許されるのだろう。
謝罪だけではなく、彼女の望むすべてを叶えよう。
たとえそれが、俺にとっては望まない結果だとしても。
そう一人、心に決めた。
人様の婚約者と、というのは確かに理解できた。
婚約者に許可を取らずに行ったというのは、不味かったとは思う。
ただ本来の問題点はそこではなかったのだ。
どうしてあの時気づかなかったんだろう。
あの店の位置は、冒険者ギルドから目と鼻の先にある。
もしチェリーがアイリスの行動を把握していたのなら、全ては彼女の計画通りだったのか。
あの日、アイリスはギルドの中にいた。
そしてすぐに、装飾店の前に停めた侯爵家の馬車を見つけただろう。
そうして店に近づけば、中にいる俺たちのことを見ることになる。
グレンの言うように、姉妹仲は芳しくないというよりはこれはすこし異常だ。
どうしてそこまで姉に固執するのか。
「私がいけないの? 私が……」
「アイリス」
ベッドに横たわったまま、宙を彷徨うアイリスの手を握った。
その手はまるで氷のように冷たい。
贈り物を届けた遣いからアイリスが倒れたとの報せを受け、すぐにグレンと共に侯爵家へと向かったのだ。
この贈り物のいきさつを聞いていたのか、侯爵は開口一番に帰ってくれと言い放った。
無理もない。全ては俺のせいなのだから。
でもだからこそ、こうなってしまったこと全てを心から謝罪したいと侯爵には素直に話した。
王族がとか、そんなものはどうでもいい。
全ては自分が招いた結果であり、アイリスにはきちんと顔を見て謝罪がしたかった。
その上で婚約が立ち消えするのならば、それでもいい。
こんな情けない、好きになった人間を傷つける人間など愛想をつかされても仕方がないから。
「アイリス、目を覚ましてくれ。悪いのは君じゃない。全ては僕のせいだ」
強く手を握ると、数時間ぶりにアイリスがその瞳を開ける。
しかしアイリスの意識はまだ朦朧としているようで、手を握った俺を見たがその視線は定まらない。
「……母さんはいつもあの子だけを可愛がった。二人で手を繋いで、楽しそうに歩くの。私はいつでも置いてきぼりで、構ってもらえなくて……。だからずっと褒めてほしくて、私は一人でもがんばったの」
「アイリス? それは何の」
まるで昔話をするように、アイリスが横を向いて話し始めた。
「父さんは家を全く顧みない人で、私たちを可愛がることはなかった。でも私がすれば怒るようなことでも、父さんはあの子には怒らなかった」
「……」
「私たちは同じなのに。同じなのに、何が違うの? 顔だって声だって全く同じなのに、なんであの子はみんなに愛されて、なんで私は一人ぼっちなの?」
「アイリス、記憶が」
「学校だって、いつもあの子が中心で……」
話を聞いているうちに、どこかその話がおかしなことに気付く。
同じとは、何を指すのだろう。
アイリスとチェリーでは髪の色も瞳の色も全く違う。
声も多少は似てはいても、同じではないのだ。
そして何より、チェリーはアイリスが通っていた王立の学園には通っていない。
一つのことがおかしいと思うと、その話全てがおかしく思えてくる。
侯爵夫人はとても子煩悩だと有名で、学園に入りたいと行ったアイリスの後押しをしたと聞いたことがある。
それに前にカフェに来ていた時も、とても仲の良い親子そのものだった。
侯爵は確かに仕事人間で職業柄、家に帰る時間は少ないかもしれない。
しかし娘のことは溺愛していて、相手が王族であっても俺の求婚を断るくらいの人だ。
「どうしてあの子は、いつでも私が欲しいと思うものを奪っていくの……。私がいけないの? いけなかったの? ちゃんと欲しいものは欲しいと……言わなかったから」
悲痛なアイリスの叫び。
その内容が分からなくても、今まで彼女がどれだけ傷ついてきたのかは想像がつく。
「違う。そんなことない。アイリスは何にも悪くない。そんな寂しい思いをしているアイリスのことを思ってやらなかった奴やが悪いんだ。どうして家族なのに、君が一人で悲しい思いをしなければいけないんだ。そんなのおかしいだろう」
思わす反論すると、アイリスは今まで見たどの笑顔よりも、幸せそうに笑った。
「キースは私のために怒ってくれるのね」
「俺だけじゃなくても、グレンだってそんなこと聞いたら、怒るさ。さあ、もう少し眠るんだ。俺はどこにも行かないよ。ずっとアイリスの側にいる。俺はアイリスだけのものだよ」
「ふふふ。最後の最後に、ずいぶん都合の良い夢だわ。でもそうね、それならきっと私は今度こそ幸せね」
開いているもう片方の手でアイリスの頬に触れた。
アイリスは目を細め、視線を一度こちらに向けた後、再び眠りについた。
先ほどの苦しそうに歪む顔とは違い、その顔はとても穏やかで小さな寝息を立てている。
「グレン、さっきのアイリスの話どう思う?」
「過去の話でしょう。おそらく、アイリスになる以前の」
「お前の言う、前世というやつか」
「ええ、おそらくは」
「どれだけお前の話を聞いてもずっと半信半疑だったんだけどな。でもアイリスの口から言われると、いよいよ現実なんだと思い知らされるよ」
前世の記憶があるというのは、一体どんな感覚なのか想像も付かないが、その過去が悲しみに溢れていたことだけはよく分かった。
それならば、今俺がアイリスにしてあげられることは何だろう。
アイリスがもう二度と、悲しみに泣き暮れないように出来ることは。
「それにしてもアイリスの言葉の中に何度か出てきた、同じというのは何だと思う?」
「先ほどから僕もそれを考えていたんですよ。これはまだ憶測でしかないのですが、双子という可能性はないですかね」
「そうか、同じ顔に同じ声。前世ではアイリスは双子だったということか。それなら確かに、先ほどの話の意味が通じるな」
「ええ。そしておそらく、その双子の片割れは……」
「もしかして、それがチェリー嬢か。まさか、そんな偶然があるのか」
だが、もしグレンの言うことが当たっているとしたら、神のいたずらにしては質が悪すぎるだろう。
ただ、なんとなく漠然としていたものがパズルのピースのように当てはまっていく気がした。
「最悪だな」
アイリスがそんな風に思っている相手と買い物をし、それをアイリスに渡してしまうなど。
本当に最悪で、最低な行為だ。
状況を考えもせず、そしてアイリスの気持ちを考えることもなく。
俺はなんて浅慮だったのだろう。
ただ彼女が喜ぶ顔が見たかった。
そのためにも妹から好みを聞いて、彼女が喜ぶものが贈りたかったというのに。
逆効果どころか、彼女をこんな風に追い詰めて苦しめてしまった。
どうすれば許されるのだろう。
謝罪だけではなく、彼女の望むすべてを叶えよう。
たとえそれが、俺にとっては望まない結果だとしても。
そう一人、心に決めた。
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