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第四章

第六十二話 醜い心に支配され

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「さてさて、でも何がいいかな、お土産なんて」


 お菓子が無難なところだが、それだと少し安っぽくはないだろうか。

 あの子の趣味とかって、全然知らないのよね。

 前世でも、どんなモノ持っていたっけ。


「お嬢様」

「ん~?」

「お嬢様!」
  

 空返事の私の服を、ルカが引っ張る。


「どうしたの、ルカ」

「あの馬車、侯爵家の物じゃないですか?」


 向かいの店の前をルカが指さす。

 そこには確かにうちの家紋が入った馬車が停められていた。

 私たちはまだ買い物があるからと、帰りの馬車は呼んではいない。

 そう考えると、あの馬車を使っているのはおそらくチェリーだろう。


「こんなところで、何か買い物かしら」


 店の看板には装飾品店と書かれている。

 チェリーがいつも好む、貴族ご用達の高級品店ではない。

 なのに、こんな店に何の用が?

 あんまりいい予感はしない。

 ギルドからわざわざ近い店に、馬車を止めて来ているなんて。


「……考えすぎよね」


 馬鹿馬鹿しいと頭を振り、店に向かって歩き出した。


「お嬢様、行かれるんですか?」

「中にいるなら、一緒に選んでプレゼントすればいいわ。そうすれば、何にするか考えなくてもいいし」

「それはそうかもしれませんが……。ですが、ここはやっぱり他のお店できちんとお嬢様が選ばれた方が、よろこばれると思いますよ」


 ルカですらいい予感がしないのか、理由をつけて私を止めに入る。

 だけど私は足を止められなかった。

 いい予感がしないその何かを、どうしても確認したかったから。

 怖いもの見たさ。そんな感じに似ている。

 私はまるで吸い寄せられるように、店に近づいた。


「!」

「お嬢様?」


 店の小さな小窓から見える風景に、私は言葉を無くした。

 一番見たくないものだった。

 今自分の顔が、どれだけ醜いかなんて見なくても分かる。

 クルクルと可愛さをいっぱいに振りまきながら、キースに語り掛けるチェリー。

 二人はショーケースに陳列された商品を並んで見ていた。

 優しそうなキースの横顔。

 そして時折、キースの腕をポンポンと叩いては、この商品はどうかと勧める仕草を見せるチェリー。

 それは、まるで恋人同士のように見えた。


「……」


 店のドアに手をかけ、そしてその手に力を込める。

 いろんな思いが、頭の中でぐちゃぐちゃになっていた。

 まるで混ぜすぎて灰色になってしまった絵の具のように。


「……お嬢様」


 思いきり咬んだ下唇から、かすかに血の味がした。

 そして息を吐いた後、急に冷静に頭が動き出す。

 私には今のこの状況をとやかく言う権利はない。

 キースには婚約の返事をしてはいないし。

 そう、私とキースの関係はまだ曖昧なまま。

 でもなんだろう。

 うん、イロイロ最低だ。

 もちろん、それは私も含めて。


「帰りましょう。疲れてしまったわ」

「はい、お嬢様」


 それにしてもこんな偶然は、もちろんない。

 おそらくチェリーが侯爵家の誰かに頼み、私の行動を把握しているのだろう。

 そうでなければ、行き先をルカにしか告げていないのにおかしすぎるもの。


「ルカ、帰ったらすぐに信頼をおけるものを連れてきてちょうだい」


 この先、あの子が嫁いだ後もこんな状況が続くならば耐えられない。

 だったらまず、家の中のあの子の味方を排除しないと。


「すぐ手配いたします」

「そうして」


 そしてこのことを、グレンの耳に入れるかどうか。

 婚約者が決まった身でありながら、他の男性と二人きりなど絶対にあってはいけないことだ。

 グレンの耳に入れば白紙に戻る可能性すらあるのに、チェリーは何を考えているの。

 私は今一瞬、何を考えていた?

 チェリーとグレンの婚約が白紙になったところで、私にはダメージ以外の何ものでもないのに。

 ああ、でももしかしたら、昨日のことがあったから白紙にしたいのかもしれないわね。

 どちらにしても、自分の醜い心に吐き気がするほどだ。

 さすがに、やり返したい。

 そう思ってしまった。
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