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第四章

第六十話 やりたいことの優先順位

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「とにかく、今日はもう帰ります」

「アイリス」

「話は後日で結構です」

「だ、だが」

「……今は何をキース様の口から聞いたとしても、素直には聞けそうにないので。だから帰ります。ここまでで結構です。馬車の位置は分かっていますから」


 泣きながら立ち尽くすチェリーの手を引くと、私は二人の間を抜けて歩き出した。

 どんな顔でキースを見ればいいのか。

 どんな風に話を聞けばいいのか。

 今の私にはまったく分からなかった。

 逃げたって思われたとしても、それでいい。

 ここにいたくもなければ、会話もしたくない。

 自分の中の感情はもうぐちゃぐちゃだっていうことだけは分かった。


「姉さま、すみませんでした」

「……」


 馬車に乗り込む時、チェリーは私に顔を合わせることなくぽつりと呟いた。

 そして私の手を借りることなく、一人で馬車に乗り込む。

 私たちは向かい合うように馬車に座ったものの、お互い顔を向けることなく、流れていく景色を見つめていた。

 落ち葉や風、そして外を歩く人たちの恰好が秋を告げている。

 夏が終わる。ただそれだけで、胸の中を言い様のない焦燥感が支配していた。



   ◇   ◇   ◇



「ご主人サマ、大丈夫かリン?」


 部屋に着いてからベッドに横になり、私は寝るわけでもなくただぼーっとしていた。

 帰宅してからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 不安げなリンが私の顔を覗き込む。

 
「あ、くまさんの姿に戻ったのねリン」

「だって、この方がご主人サマも落ち着くと思ったリン」

「ふふふ。そうね。そっちの姿の方が、私は好きよ」


 リンに手を伸ばし、抱きしめる。


「帰ってきてからご飯も食べないし、本当に心配リン」

「ああ、ん-。ちょっと、疲れちゃって」

「だったら尚更、食べないとだめリン」

「うーん、そうなんだけどね。食欲がなくって」

「む―――、だリン」


 リンは頬を膨らまし、怒った表情を作る。

 くまの人形の姿でこれをやられると、なんだか余計にかわいいのよね。

 私はその一生懸命膨らませた頬をつついた。


「ぎゃーリン。もう、なにしてるリン」

「だって、あんまりにもかわいいから」

「そういうことじゃなくて、ボクは怒ってるリンょ」

「ごめんごめん、分かってるんだけど、やっぱりかわいいんだもん」


 リンと遊んでいると自然と笑みがこぼれる。

 かわいいっていうのは、正義ね。

 考えたら、今までそういうモノとか集めたりする趣味もなかったっし。

 かわいいお店に行ったり、小物とかも買ったことないのよね。

 でもせっかく生まれ変わったっし、それに買い物についてきてくてる子もいるんだから、気分転換もかねて一度ぐらい行ってもいいかもしれないわね。


「まーた、考えごとしてたリン?」

「ん-。明日お買い物でも行って気分転換しようかなって」

「それはいい案リン」

「そうね。ルカも連れて三人で行きましょう。ああ、そうだ。迷惑をかけてしまったアンジーさんたちにお菓子も届けよう」

 
 あの川での出来事にきっとびっくりしてるはずだし。

 元気になった姿も見せて、迷惑をかけたことを謝らないとね。

 本来ならば褒美も、私じゃなくて彼らがもらうべきだと思う。

 それも兼ねて、なんかいろいろ持って行こう。

 今考えても仕方のないことは、後回し。

 やれることから、やらないとね。


「グレンとチェリーの約束……思いつくのは一つしかないし……」

「ん? なにか言ったリン?」

「ううん。なーんにも。明日、楽しみね」


 私はやや不安そうなリンをもう一度強く抱きしめる。

 気にしない。今は。

 答え合わせをするには、あまりに情報がなさすぎるもの。

 グレンたちにはほんの少しだけでも言いたいことは言えたし、先に楽しいことからやっていこう。

 そう思いながら、私は瞳を閉じた。
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