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第三章

第三十八話 惹かれていく気持ちと

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 自分から考えて自分で決める。

 もちろん誰の顔色を窺うこともなく、だ。

 それは人として、ある意味当たり前のことなんだけど。

 ああ、やっぱり楽しいなぁ。

 なんか自分の足でここに立って、本当に生きているって感じがする。

 そう考えると、私は今でどれだけ逃げてきたのだろう。

 家族との関係もそうだし。

 それ以外の、生きること以外のすべてから。 

 キースの婚約者になるなんて、そんなことはまだ考えられない。

 だけど今日みたいにキースとどこかへ出かけたり書類整理をするのはいいなと思ってしまう。


「……まずいなぁ」

「なにが不味いんだリン、ご主人サマ」

「ん-。全部」

「えええ。さっきのご飯、そんなに不味かったリンか」


 ふわふわとリンが飛び回りながら、自室ベッドに寝転ぶ私の顔を覗き込んだ。

 あれから一通りの話を終えた私を、キースは丁寧に家まで送り届けてくれたのだ。


「ふふふ。ご飯じゃないよー。さっきの、こと」

「さっきのって、殿下と楽しそうだったじゃないリンか」

「そう。楽しいの。楽しいから、まずいのよ」

「えー。楽しいとまずいリンか? ボクはご主人サマが楽しくて笑っている姿が好きリンよ」

「ありがとう、リン」


 私はリンへ手を伸ばし、抱きしめる。

 文句一つ言わずに、リンはすっぽりと私の胸に収まった。

 でもそう、まずい。

 楽しくて、どんどんキースに惹かれてしまっている自分がいる。

 ありのままのキースは、私が初めに抱いた印象とは全くの逆だったのだもの。


「人を、誰かを好きになるのは不味いことだとはボクは思わないリンよ」

「うん。そうね、私もそう……思うよ」

「怖いリンか」

「ん-。そうね。怖いのも、あるかな」

「……」


 今まで、大切なものはくまさんだけだった。

 唯一の私の味方。

 裏を返せば、くまさんならば絶対に私を裏切ったりしない。

 くまさんなら、私を捨てたりしない。

 
「ダメなのも、分かってるんだよ。それではダメなことは」

「信じることは、まだご主人サマにとっては辛いことなのリンね」


 私はリンを持ち上げて、視線を合わす。

 今にも泣き出してしまいそうな、悲しげな表情。


「信じて裏切られるのも……期待して、ダメになってしまうことも……キツイね」


 期待しなければ、悲しくなることはない。

 一番最悪へ進むことを想像していれば、傷つくこともない。

 そうやっていつも先回りして、自分の心を守ってきた。

 でもだからこそ、逃げるだけの人生でしかなかった。

 それは痛いほど自覚がある。

 変わろうと思っている今、まずそこから変えないといけないのに。


「怖いの。すごく、怖い。信じてもし、キースさまがいなくなってしまったら。今までみたいに、あの子の元へ行ってしまったら。怖くて怖くて怖くて怖くて」


 ああ、そうか。

 私はもう、失いたくないと思うほどキースのことが好きだったのね。

 チャラチャラしていて、女の子を取っ替え引っ替えなんていうのは、おそらくキースがそういう人物像をわざと作っていたのだと今なら分かる。

 彼は王弟殿下で、元より今の王と並んで王位継承者候補の一人だった。

 おそらく、自分ではなく兄を王にするためにああいう行動をしていたのだろう。

 それほどまでに、兄のことを大切に思っていた。

 きっと私とチェリーとは違い、いい兄弟なのだ。

 そんな優しさ、そして子どものように好奇心いっぱいの笑み。

 その全てが、私はたぶん好き。


「こんな形で、自分の想いに気づくなんてね」


 ある意味、皮肉にも近い。


「でも怖くても、好きだと想うのならば」

「うん。ちゃんとしないと、ね。盗られてしまわないように。ちゃんと、私だけを見ていてくれるように」

「ボクがついているリン。そんなに悲しまないで欲しいリン」


 リンが私の手から離れると、そのまま私の頬に触れた。

 その手を私は包み込む。

 温かい手。

 思わず涙がこぼれ落ちた。


「泣かないで、ご主人サマ」

「うん、ごめん」

「そうじゃないリン。ご主人サマはいつだって頑張ってるリン。ご主人サマが悲しいのも、信じられないのも、みんな前の家族たちのせいリン。あいつらが、ご主人サマにひどいことをしてきたからリン」

「酷い、かな」

「当たり前リン。ご主人サマはもっと怒ってもいいリン。むしろ、怒るべきリン」

「ん-。だってね、あそこにいる時は気づかなかったんだもん。自分がどんなにひどい環境にいるかなんて」

「あんなとこは地獄のようなものリン」

「そんなに酷かった?」

「そうリン」
 

 あの中にいる時は、それがあまりにも普通のコトで分からなかったのよね。

 どれだけ無視されても、いないことにされても。

 食事だけはもらえていたし、学校にも通えてた。

 どれだけあの子中心で、馬鹿にされて、気を使われなかったとしても。


「あの頃はそれが全てで、当たり前だったからなぁ。でもそうね。姉妹差別は本当に酷かったわね」

「もう、何を笑ってるリン。怒るの、リン」

「いやぁ、よく頑張ったなって」


 自分で自分を褒めてみるのも、案外いいかもしれないわね。

 そして辛かった過去を見つめ、自分自身を認める。

 まだまだだけど。

 でもそれでもほんの少し、また進めた気がしたから。
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