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第二章

第三十六話 ちょっと変わった令嬢扱い

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「行きたいところって、ここだったんですか」


 半ば呆れたように私は言葉を紡ぐ。

 まさか私に借りを作ってまで行きたかった場所が、冒険者ギルドだったなんて。

 好奇心旺盛というか、なんというか。

 全然、キャラのイメージと違うのよね。

 チャラ男というよりも、もっと子供っぽい感じ。

 気になりだしたら止まらないし。

 すぐ人とも打ち解けるし。

 警戒心もほぼないし。

 人懐っこい。

 今まで私の周りにいなかったタイプなのよね。


「いや、一度気になったことはちゃんと確かめないと眠れそうもないからな」
 

 そう言いながら、その顔には新しいことを知りたいと書かれているようである。

 なんだかそれを見ているだけで、私までほんの少し楽しくなってきた。


「今日はどういったご用件でしょうか」


 キースはギルドの受付嬢にここへ来た用向きを話す。

 ただ場違いな私たち。

 通り過ぎる人たちがジロジロと見ていくのは、何とも居心地が悪い。

 しかしキースはそんなこと、全く気にする様子はないようだ。


「奥でギルド長に今から会えることになった。行こう、アイリス」

「はい」


 今ここで待つよりは、居心地が悪いということはないだろう。

 受付嬢に案内され、私たちは一番奥の部屋へ入る。


「これはこれは、殿下、今日はどういう御用でしょうか。こんな綺麗な方までお連れになって」


 中にいたのは、50代くらいのがっちりした男性だった。

 デスク越しのため、上半身しか見えないが、おそらくキースさまよりも背が高いだろう。

 腕の太さは私の太もも以上ある。

 いかにもと思ってしまうのは、私が転生者だからかな。

 でも、本当にいかにも冒険者ですってなりなんだもん。

 これは私のせいではないわね、きっと。


「いや、少し確認したいことがあってな」

「殿下、うちはなーんにもやましいことも隠し事もないですよ」


 ギルド長その言い方にはややトゲがある。

 冒険の依頼料から数%とはいえ、お金を払うことになったのだ。

 キースが敵と見なされても仕方ないことなのだろうけど。

 立案者は私なのに。

 ただ今ここでそれを言ってしまえば、きっと余計な騒ぎになってしまうわね。


「いや、もちろんギルド長には絶大な信頼を置いているさ。確認したいのは、そんなことではなくてな」

「そんなことじゃないなら、どんなことなんです? 答えられる内容ならいいんですが」

「なに簡単さ。むしろ得意分野だろ。俺が聞きたいのは、魔物が食べられるかということなんだ」


 あああああ。

 やはりキースが気になっているというのは、その事だったのね。
 
 そんな気はしていたけど。

 そんな気はしていたけど、何もそんなストレートに聞かなくてもいいのに。

 なにも直接ギルド長に、直接尋ねるなんて。

 聞かれたギルド長も意味が分からず、ぽかんとしている。

 でしょうね。

 質問が悪かったのは、言ったあとで私も思ったもの。

 聞く前にちゃんと調べてからにすればよかったって。

 恥ずかしい。穴があったら、入ってしまいたい。


「正気ですか、殿下。あんなもん、食う気ですか? どうしちまったんですか」

「いや、頭とか取って、皮剥いたら肉だろ」

「まぁそりゃあ、肉といえば肉だとは思いますが……。殿下、ホントに食うんですか」

「食べられるなら、食べてみたいんだが」

「チャレンジャーですな。まさか王族のような方がそんな突拍子もないことを言い出すなんて。長年冒険者をしてましたが、さすがにびっくりです」

「ああ、いやぁ、言い出したのは俺じゃないんだが」


 キースはそう言いながら、視線を私に移す。

 見ないで下さい。

 お願いだから、見ないで。

 あああ、ホントにやだ。

 数時間前の自分に言ったやりたいわ。

 発言はよく考えてから言うようにって。

 すると、ギルド長はさらに珍しいモノを見るような目つきで私を見た。


「……」


 居た堪れなくなり、私は両手で顔を覆う。

 もう本当に知らない。知らない。

 帰りたいよぅ。


「お嬢さんが食べるんですか……」

「いや、そういう意味じゃなくて。食べられないなら、いいんです。でも、肉なんじゃないかなぁって思って……。ただ思っただけなんですぅ」


 お願いだからもうこれ以上、何も聞かないでほしい。


「お貴族様は、そんなもん食わなくったって困らないでしょ」

「別に貴族だからどうというわけではありません。美味しく食べられるなら付加価値を付けて高級食材に仕立てればいいですし」

「美味しくって、魔物ですよ」

「分かってますけど。もし味が普通だったら食糧難や困窮者の食糧にならないかと思っただけです」

「まぁ、たしかに肉っちゃあ肉ですが。よくそんなもん思いつきましたね」

「だって冒険者たちは魔物を狩るでしょ。その魔物の皮や鱗、爪といった部分だけでなく肉も買い取ってもらえば、いいかなと。そして退役した冒険者などがそれを解体・加工して卸せれば新たな職業として成り立つのではないかと思ったのです」


 思ったけど、もうすでに前言撤回したい。

 自分でも、少し変わった言い分かなとは思ったけどここまでとは思わなかったから。

 これも異世界転移の弊害ってことなのかしらね。

 うん。本の読みすぎね、きっと。

 明らかに、ちょっと変わった令嬢扱いされるわね。
 
 これからきっと。
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