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第二章

第二十七話 それぞれの立場をおしても

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「殿下、ブレイアム侯爵がお見えになっております。いかがなさいますか?」


 渡りに船とはこのことだろう。

 ああ、助かったわ。

 お父様本当に大急ぎでお仕事を終わらせてきて下さったのね。

 仕事一筋だとばかり思ってたのに。

 こうやってちゃんと接すると、どれだけ私が父はこんな人だという人物像を作り上げていたのか痛感する。

 ただまぁ、仕事好きっていうのだけは合ってるのよね。

 基本、そんなに家にいる記憶もないし。

 そう考えるとなんか少し申し訳ない気もするが、今はとにかくココから抜け出して考える時間が欲しい。

 この空間から逃げ出せるというだけで少しほっとし、私は立ち上がった。


「そうか、通してくれ。挨拶がしたい」

「かしこまりました」

「え!?」


 挨拶? 挨拶とはなんだろう。

 おはようございますとか、こんばんわというような挨拶ではないことだけは分かる。

 そうなると、残る挨拶ってもしかして。


「結構です。挨拶など必要ありません。ぜーーーーったいに、必要ないです!」

「そういう訳にもいかないだろう。何せ俺は、明日からアイリスに毎日求婚をしようと思ってるんだからな」

「毎日!? ま、毎日って……。と、ともかくなんでもダメです」

「ブレイアム侯爵……」

「あああ」


 父が部屋に入って来たことにあせり、私は思わず両手でキースの口を塞ぐ。

 その姿を見た父が、大いに眉を顰める。

 あ、やばい不敬罪……。

 だって、でもだって! こうするしか思いつかなかったんだもの。


「何をしているんだ、アイリス」

「えっと、これは、その……」


 うー。これは絶対に怒られる展開じゃないの。

 私のせいじゃないのに。もぅ。

 諦めて手を放そうとした時、キースが抑えていた手にキスをする。


「みゃー」


 慌てて手を放し、両手を上げた。

 もう手まで赤い。

 まさかこんな風にいたずらをしてくるような人だなんて思ってもみなかった。

 なんなの。なんなのよー。

 こ、ここここんなことするなんて。

 遊び人だからだ。絶対に遊び人だからだ!


「あはははは。叫び声すら本当に可愛らしいな、アイリスは」

「殿下、娘で遊ぶのはやめていただきたい」


 本当に、心の底から私もやめて欲しい。

 こんなの、心臓がいくつあっても足りない。

 もーーーー。

 こっちは恋愛経験っていうか、人間関係ですら初心者マークなのに。


「いや。遊ぶ気はないさ。侯爵、アイリス嬢に求婚することの許可をいただきたい。追って、書状にはまとめよう」

「……」


 先ほどより、更に父の目つきが悪い。

 お父様、それはさすがにダメじゃないですかねぇ。

 私の不敬罪など、可愛いものだと思えてしまう。

 でもそんなに睨むなんて、どうしたんだろう。

 不誠実な殿下を嫌ってと言っても、相手は仮にも王族。

 この求婚は我が家門にとっては、絶対に喜ばしいことのはずなのに。


「殿下の今のお立場は理解しているつもりです。しかし親としては、今回のことはあまりにも何とも言い難い。申し訳ありませんが娘の意思を尊重するとしか、わたしには言いようがありません」

「要は、アイリス嬢次第ということか」

「とにかく今日は娘も急なことで混乱していると思います。これにて失礼させていただきたいのですが、よろしいでしょうか殿下」

「ああ、そうだな。いろいろ話が急ですまない」

「いえ、わたしとて殿下のお立場を理解しているつもりでございます。ただ、娘を思う親心もどうかご理解下さい」


 お立場。なんだろう。

 二回も父は同じ言葉を言った。

 そしてその言葉が、私にはどうも引っかかる。


「分かってるさ。ことがことだから、な」

「申し訳ありません。さあ、アイリス帰ろう」


 父はそう言って、私に外套を羽織らせる。


「え、あ、はい。お父様」


 そう言えば、昨日は私に言い寄ってくる輩は覚えておくようにとのことだったけど、王弟殿下でもその中に入るのだろうか。

 なんて、ね。

 十分すぎるほど、今までの誰よりも殿下……キースは私との距離が近い気がする。


「では、アイリス嬢、またな」

「殿下、グレン様、失礼させていただきます」


 きちんと礼をすると、父と共に部屋を出た。
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