26 / 89
第二章
第二十三話 すべては愛おしい娘のため
しおりを挟む
父はただ静かに話し始めた。
それは遠い過去、父がまだ幼い頃の話だった。
「わたしには年が少し離れた従姉のがいた。とても活発で、しかもとても美しい人だったよ。その人には親が決めた婚約者がいてね、幼い頃はその婚約には乗り気ではなかったものの、貴族としての役目として嫁ぐことを諦めてというか……納得していたんだ」
なんだか、境遇は私に似てる。
親が決めた婚約者がいて、なんとなく諦めたように納得してるって。
「でもね、ある時そのお相手が真実の愛を見つけたとか言って家も身分もなにもかも捨ててどこかへ駆け落ちをしてしまったんだ」
「まぁ。それじゃあ、お相手は」
「ああ、平民だった。貴族として、しかも婚約者がいる身として許されざることだったんだよ」
真実の愛か。
グレンもそんなコト言ってたっけ。
捨てられた方としては、たまったもんじゃないわよね。
もっと早く。
というよりも、婚約なんてしてなかったら。
自分だって恋が出来たかもしれないのに。
それを捨てるなんて。
せめて謝罪と保障ぐらいしていきなさいよね。
「結局、いなくなった婚約者は見つからなかった。おそらく隣国にでも逃げたんだろうね。で、残された従姉は社交界から捨てられたという烙印を押されてしまった。そうなってしまっては、中々次の婚約相手も見つからなくてね」
そう。いつだって貧乏くじを引くのは、残された方だ。
悪い悪くないなど、社交界では関係がない。
残った方=魅力がないとされてしまうのだ。
「叔父たちは途方に暮れたよ。一人娘が嫁げないなどと、ね。次第に、従姉は嫁ぐことを諦めてしまったさ。だが、この国では結婚をしない女性がどれだけ虐げられるか分かるか?」
「そんなにひどいのですか?」
「ひどいなんてもんじゃない。扱いは平民以下さ。平民ですら結婚が出来るのにと、ほぼ傷もの扱いでね。まともな仕事にも就くことが出来ず、結局は自らの意思で修道院へ入ったよ」
「修道院に?」
「そうだ。むしろ、それしか選択肢はなかったというべきかな」
父は両手で顔を抑え、大きく息を吐いた。
父にとってもその従姉の過去は、きっと苦しく苦いものだったのだろう。
「どうにかしてあげたくてもね、その頃はまだ幼く権力も何も持ってなかった。本当に可哀想だったよ。今でも泣きながら最後に挨拶をしに来た彼女の顔をはっきりと覚えているよ」
「お父様……」
「おまえにはそうはなってもらいたくなかった。これは本心からそう思っている」
父はまっすぐ私を見た。
でもその話でいくと、どうして父は私とグレンの婚約破棄をあんなにあっさりと認めたのかしら。
ふと思いついた疑問が、私の頭の中で広がっていった。
「でも、それならどうして私とグレンさまの婚約破棄をお認めになったんですか? 今回の件と、すごく似ているではないですか」
「ああ、そうだな。ただ違う点がいくつかある。まずは保障だ」
「保障?」
「今回の婚約破棄にあたって、グレン君からの手紙にはおまえに対する補償内容が書かれていた。一つ目は、もしこの先婚約者が見つからなかった場合、自分の下で城の補佐官として採用したいとのこと」
んんん? グレンの補佐官ってことは、宰相の補佐ってことでしょう。
馬鹿じゃないの。
今まで歴代で女性がそのような重役についた話なんて聞いたこともないし。
だいたい、なんで元婚約者の下で働かなきゃいけないのよ。
「いやです。グレンさまの下で働くなんて」
「だろう? 条件としては申し分なくとも、さすがにどうかと思ってな」
「何を考えてるんですか、グレンさまは」
「そんなもんは本人に聞いてくれ。だいたい、わたしよりもアイリスの方が多少は仲が良いだろう」
「いいえ。あんな腹黒メガネなど、仲良くなった覚えもありません」
「まぁそうだな。仲良くなど、ならんでもよい」
あ。腹黒メガネなんて言って怒られるかと思ったのに。
父はただ、前で腕組をしながらうんうんと頷いていた。
「ふふふ」
「どうした、アイリス」
「なんだか、お父様がおかしくって」
「ん? 何か変なことでもいったか?」
「そうじゃないんです。そうじゃなくて……。私は婚約者を探せと言われたのは、侯爵家の長女としてちゃんと結婚をしなけれなならないっておっしゃっているのかと思ったんですよ」
でも実際はそうではなかった。
全ては私の勘違い。
今まで家族とも、ちゃんと話し合うことをしてこなかった。
ある意味、これは私のせいでもある。
前の唯花だった頃をいつまでも引きずって、いろんな人たちのことをそういう眼で見てしまってきたから。
「少しはそれもある。この国では、少なくともまだ結婚をしなければ~という風潮だからな。だが、いくら補償内容がいいとはいえ、あんな腹黒男の元で働かせるぐらいなら、良い人がいたらその方がいいと思うだろう」
「あはははは。お父様まで腹黒って。ええ、でもその通りですね」
「わたしはだな、その……」
「はい?」
「いつでも愛おしい娘の幸せが一番だと思ってるよ」
いつもよりその言葉ははっきりと、回りくどいことでは伝わらない私のために父は言葉を選んでいたようだった。
愛おしい。
親からもらう初めての優しい言葉。
「ありがとうございます、お父様」
「当たり前だ」
父はやや恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、そっぽを向いた。
それは遠い過去、父がまだ幼い頃の話だった。
「わたしには年が少し離れた従姉のがいた。とても活発で、しかもとても美しい人だったよ。その人には親が決めた婚約者がいてね、幼い頃はその婚約には乗り気ではなかったものの、貴族としての役目として嫁ぐことを諦めてというか……納得していたんだ」
なんだか、境遇は私に似てる。
親が決めた婚約者がいて、なんとなく諦めたように納得してるって。
「でもね、ある時そのお相手が真実の愛を見つけたとか言って家も身分もなにもかも捨ててどこかへ駆け落ちをしてしまったんだ」
「まぁ。それじゃあ、お相手は」
「ああ、平民だった。貴族として、しかも婚約者がいる身として許されざることだったんだよ」
真実の愛か。
グレンもそんなコト言ってたっけ。
捨てられた方としては、たまったもんじゃないわよね。
もっと早く。
というよりも、婚約なんてしてなかったら。
自分だって恋が出来たかもしれないのに。
それを捨てるなんて。
せめて謝罪と保障ぐらいしていきなさいよね。
「結局、いなくなった婚約者は見つからなかった。おそらく隣国にでも逃げたんだろうね。で、残された従姉は社交界から捨てられたという烙印を押されてしまった。そうなってしまっては、中々次の婚約相手も見つからなくてね」
そう。いつだって貧乏くじを引くのは、残された方だ。
悪い悪くないなど、社交界では関係がない。
残った方=魅力がないとされてしまうのだ。
「叔父たちは途方に暮れたよ。一人娘が嫁げないなどと、ね。次第に、従姉は嫁ぐことを諦めてしまったさ。だが、この国では結婚をしない女性がどれだけ虐げられるか分かるか?」
「そんなにひどいのですか?」
「ひどいなんてもんじゃない。扱いは平民以下さ。平民ですら結婚が出来るのにと、ほぼ傷もの扱いでね。まともな仕事にも就くことが出来ず、結局は自らの意思で修道院へ入ったよ」
「修道院に?」
「そうだ。むしろ、それしか選択肢はなかったというべきかな」
父は両手で顔を抑え、大きく息を吐いた。
父にとってもその従姉の過去は、きっと苦しく苦いものだったのだろう。
「どうにかしてあげたくてもね、その頃はまだ幼く権力も何も持ってなかった。本当に可哀想だったよ。今でも泣きながら最後に挨拶をしに来た彼女の顔をはっきりと覚えているよ」
「お父様……」
「おまえにはそうはなってもらいたくなかった。これは本心からそう思っている」
父はまっすぐ私を見た。
でもその話でいくと、どうして父は私とグレンの婚約破棄をあんなにあっさりと認めたのかしら。
ふと思いついた疑問が、私の頭の中で広がっていった。
「でも、それならどうして私とグレンさまの婚約破棄をお認めになったんですか? 今回の件と、すごく似ているではないですか」
「ああ、そうだな。ただ違う点がいくつかある。まずは保障だ」
「保障?」
「今回の婚約破棄にあたって、グレン君からの手紙にはおまえに対する補償内容が書かれていた。一つ目は、もしこの先婚約者が見つからなかった場合、自分の下で城の補佐官として採用したいとのこと」
んんん? グレンの補佐官ってことは、宰相の補佐ってことでしょう。
馬鹿じゃないの。
今まで歴代で女性がそのような重役についた話なんて聞いたこともないし。
だいたい、なんで元婚約者の下で働かなきゃいけないのよ。
「いやです。グレンさまの下で働くなんて」
「だろう? 条件としては申し分なくとも、さすがにどうかと思ってな」
「何を考えてるんですか、グレンさまは」
「そんなもんは本人に聞いてくれ。だいたい、わたしよりもアイリスの方が多少は仲が良いだろう」
「いいえ。あんな腹黒メガネなど、仲良くなった覚えもありません」
「まぁそうだな。仲良くなど、ならんでもよい」
あ。腹黒メガネなんて言って怒られるかと思ったのに。
父はただ、前で腕組をしながらうんうんと頷いていた。
「ふふふ」
「どうした、アイリス」
「なんだか、お父様がおかしくって」
「ん? 何か変なことでもいったか?」
「そうじゃないんです。そうじゃなくて……。私は婚約者を探せと言われたのは、侯爵家の長女としてちゃんと結婚をしなけれなならないっておっしゃっているのかと思ったんですよ」
でも実際はそうではなかった。
全ては私の勘違い。
今まで家族とも、ちゃんと話し合うことをしてこなかった。
ある意味、これは私のせいでもある。
前の唯花だった頃をいつまでも引きずって、いろんな人たちのことをそういう眼で見てしまってきたから。
「少しはそれもある。この国では、少なくともまだ結婚をしなければ~という風潮だからな。だが、いくら補償内容がいいとはいえ、あんな腹黒男の元で働かせるぐらいなら、良い人がいたらその方がいいと思うだろう」
「あはははは。お父様まで腹黒って。ええ、でもその通りですね」
「わたしはだな、その……」
「はい?」
「いつでも愛おしい娘の幸せが一番だと思ってるよ」
いつもよりその言葉ははっきりと、回りくどいことでは伝わらない私のために父は言葉を選んでいたようだった。
愛おしい。
親からもらう初めての優しい言葉。
「ありがとうございます、お父様」
「当たり前だ」
父はやや恥ずかしそうに鼻の頭を掻きながら、そっぽを向いた。
0
お気に入りに追加
873
あなたにおすすめの小説
願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
悪役令嬢の騎士
コムラサキ
ファンタジー
帝都の貧しい家庭に育った少年は、ある日を境に前世の記憶を取り戻す。
異世界に転生したが、戦争に巻き込まれて悲惨な最期を迎えてしまうようだ。
少年は前世の知識と、あたえられた特殊能力を使って生き延びようとする。
そのためには、まず〈悪役令嬢〉を救う必要がある。
少年は彼女の騎士になるため、この世界で生きていくことを決意する。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
完膚なきまでのざまぁ! を貴方に……わざとじゃございませんことよ?
せりもも
恋愛
学園の卒業パーティーで、モランシー公爵令嬢コルデリアは、大国ロタリンギアの第一王子ジュリアンに、婚約を破棄されてしまう。父の領邦に戻った彼女は、修道院へ入ることになるが……。先祖伝来の魔法を授けられるが、今一歩のところで残念な悪役令嬢コルデリアと、真実の愛を追い求める王子ジュリアンの、行き違いラブ。短編です。
※表紙は、イラストACのムトウデザイン様(イラスト)、十野七様(背景)より頂きました
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる