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第二章
第二十ニ話 悪役令嬢からの脱却
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くまさんこと、リンとのお約束をいくつかした。
二人きり以外の時は、リンはクマの人形として振る舞うこと。
そのために小さな人形として、どこまでも私についてきてくれる。
ただ危ない時やその助けがいる時は名前を呼べば、元に戻るとのことだった。
そうそう危ないようなことはないとは思うが、この前の馬車での事故もあったし。
何かあった時は心強い。
「今からお父様のところに行って、昨日の説明をしないといけないわね」
「行きたくないリン?」
「そうね……。昨日の夜会で婚約者を見つけてくるように言われたのに、何もしないで帰ってきてしまったから」
「でもそれはご主人サマのせいじゃないリン」
「そうだけど、それでもよ」
今回のことは不可抗力以下だ。
あんな風に取り囲まれて悪役令嬢として幾人もの令嬢たちに責めたてられた上に、ワインまでかけられるなんて。
あの場で泣かなかっただけ、マシだと思いたい。
「ん-。ご主人サマはもっと主張したり助けを求めたり、甘えた方がいいリン」
「えー。そういうの私が苦手だって、リンが一番よく知ってるでしょ」
「もちろん知ってるリン。でも。だからこそだリン。せっかく生まれ変わって、あの家族たちから脱出できたんだリン。きっと今ならすべて上手くいくリン。大丈夫だリンょ」
「まぁ、家族は……そうね。前とは全然違うから。ああ、でも唯奈もココに一緒に転生してるのよ」
「ああ、忘れてたリン。アレはご主人サマをいじめる要注意人物リン」
でも確かにリンの言う通りだ。
少なくとも、チェリー以外の親子関係は前世ほど悪くはない。
助けを求めるっていうか、きちんと話をして少しぐらい甘えるのもいいのかもしれないわね。
変わるって決めたんだもん。
それに一人じゃない。
今度こそ、きっと大丈夫。
チェリーの思い通りの、悪役令嬢として退場なんてしてやらないんだから。
「あの子には記憶が戻ったコトを悟られないように慎重になりながら、まずは悪役令嬢から脱却ね」
「そうだリン。その意気だリン。あ、ボクのことも唯奈には絶対に知られない方がいいと思うリン」
「うん。分かってる。だってあの子がくまさんを……」
あの時の記憶が頭の中をかすめる。
雨の音、暗い道。
私は……。
「ご主人サマ?」
「ああ、なんでもないわ。さ、お父様の元へ行きましょう。リンは小さくなってくれる?」
「はいだリン」
浮かんでいたリンがくるりと一回…したかと思うと、ぼわんという音と共に小さくなる。
手のひらに収まるぐらいの小さなお人形。
しかもご丁寧に、頭にはピンがついている。
「リン、ピンついてるけど痛くないの」
「痛くないリンょ。これで服にくっつけられるリン」
「まぁ、たしかに」
私は目立たないように、スカートのサイドのポケットがある位置らへんにつけた。
ドレスってポケットがないから、ホントに不便ね。
「そうだご主人サマ、外では心の中で思うだけでもボクと会話は出来るリンよ」
「へー、それはずいぶん便利ね」
「一度練習してみるリン」
「はーい。ん-っと、んーーーー」
『ご主人サマ、ボクの声聞こえてるリンか』
「聞こえてるよー」
『もう。声に出したら、意味がないリン』
ああ、確かにそうだった。
感覚がうまくつかめないと、心で聞こえてるのか耳で聞こえてるのかイマイチ分からない。
それぐらいに、心の声というものも鮮明に伝わった。
『ごめんごめん。んと、こんな感じかな。リン、私の声は聞こえてるかな』
『もちろんだリン。これで準備は万端だリンね。さ、侯爵サマの元に行くだリン』
『そーね。ここでグダグダしてても仕方ないものね。行きましょう』
もう一度、私は小さくなったリンに触れて深呼吸をする。
大丈夫。大丈夫。
怖いモノなんてない。
自分の中で数回、そう言い聞かせてから部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
執務室のイスに深く腰掛けた父は、入室した私を見ると小さなため息を漏らした。
その姿に一瞬怯みそうになる。
『ご主人サマ!』
『大丈夫。分かってる……、大丈夫だよ』
「お父様、昨日は申し訳ありませんでした」
「アイリス、それは何に対する謝罪だ?」
何に対する……。
婚約者を探せなかったこと。
でもあの場から帰らなければいけなくなってしまったのは、少なくとも私のせいではない。
「お迎えをお願いしておいたのに、お父様が来る前に帰ってしまって」
「そんなことはいい。風邪をひかなかったか?」
その口調も、表情も本当に心配しているようだ。
いつもの怖さは、そこにはない。
さっきのため息も、どうやら怒っているからというわけではなかったのね。
「はい、大丈夫です。心配をおかけしました。それに……お父様に今回の夜会で婚約者を見つけてくるように言われていたのに、私は……」
「……ああ、その話は……」
父はどこか歯切れの悪い言葉を返す。
そして眉間を抑え、少し考えこんだあと私を見た。
「まず、昨日の件はいい。アイリスが悪くなかったという話はきちんとこちらにも伝わっている。むしろ、こんなことをした者たちにはきちんとした謝罪をさせようと思っている」
「お父様、それは」
「いいんだ。おまえはそんなことを気にすることはない。それよりも、まずだな……。なんで婚約者を見つけてくるようにと言ったかを話そう。さ、座りなさい」
父に促されるままに、私はソファーに腰かけた。
すると、父も自分のイスから立ち上がり正面のソファーへ。
そして視線を一度外し、過去を思い出すように少しずつ話し始めた。
二人きり以外の時は、リンはクマの人形として振る舞うこと。
そのために小さな人形として、どこまでも私についてきてくれる。
ただ危ない時やその助けがいる時は名前を呼べば、元に戻るとのことだった。
そうそう危ないようなことはないとは思うが、この前の馬車での事故もあったし。
何かあった時は心強い。
「今からお父様のところに行って、昨日の説明をしないといけないわね」
「行きたくないリン?」
「そうね……。昨日の夜会で婚約者を見つけてくるように言われたのに、何もしないで帰ってきてしまったから」
「でもそれはご主人サマのせいじゃないリン」
「そうだけど、それでもよ」
今回のことは不可抗力以下だ。
あんな風に取り囲まれて悪役令嬢として幾人もの令嬢たちに責めたてられた上に、ワインまでかけられるなんて。
あの場で泣かなかっただけ、マシだと思いたい。
「ん-。ご主人サマはもっと主張したり助けを求めたり、甘えた方がいいリン」
「えー。そういうの私が苦手だって、リンが一番よく知ってるでしょ」
「もちろん知ってるリン。でも。だからこそだリン。せっかく生まれ変わって、あの家族たちから脱出できたんだリン。きっと今ならすべて上手くいくリン。大丈夫だリンょ」
「まぁ、家族は……そうね。前とは全然違うから。ああ、でも唯奈もココに一緒に転生してるのよ」
「ああ、忘れてたリン。アレはご主人サマをいじめる要注意人物リン」
でも確かにリンの言う通りだ。
少なくとも、チェリー以外の親子関係は前世ほど悪くはない。
助けを求めるっていうか、きちんと話をして少しぐらい甘えるのもいいのかもしれないわね。
変わるって決めたんだもん。
それに一人じゃない。
今度こそ、きっと大丈夫。
チェリーの思い通りの、悪役令嬢として退場なんてしてやらないんだから。
「あの子には記憶が戻ったコトを悟られないように慎重になりながら、まずは悪役令嬢から脱却ね」
「そうだリン。その意気だリン。あ、ボクのことも唯奈には絶対に知られない方がいいと思うリン」
「うん。分かってる。だってあの子がくまさんを……」
あの時の記憶が頭の中をかすめる。
雨の音、暗い道。
私は……。
「ご主人サマ?」
「ああ、なんでもないわ。さ、お父様の元へ行きましょう。リンは小さくなってくれる?」
「はいだリン」
浮かんでいたリンがくるりと一回…したかと思うと、ぼわんという音と共に小さくなる。
手のひらに収まるぐらいの小さなお人形。
しかもご丁寧に、頭にはピンがついている。
「リン、ピンついてるけど痛くないの」
「痛くないリンょ。これで服にくっつけられるリン」
「まぁ、たしかに」
私は目立たないように、スカートのサイドのポケットがある位置らへんにつけた。
ドレスってポケットがないから、ホントに不便ね。
「そうだご主人サマ、外では心の中で思うだけでもボクと会話は出来るリンよ」
「へー、それはずいぶん便利ね」
「一度練習してみるリン」
「はーい。ん-っと、んーーーー」
『ご主人サマ、ボクの声聞こえてるリンか』
「聞こえてるよー」
『もう。声に出したら、意味がないリン』
ああ、確かにそうだった。
感覚がうまくつかめないと、心で聞こえてるのか耳で聞こえてるのかイマイチ分からない。
それぐらいに、心の声というものも鮮明に伝わった。
『ごめんごめん。んと、こんな感じかな。リン、私の声は聞こえてるかな』
『もちろんだリン。これで準備は万端だリンね。さ、侯爵サマの元に行くだリン』
『そーね。ここでグダグダしてても仕方ないものね。行きましょう』
もう一度、私は小さくなったリンに触れて深呼吸をする。
大丈夫。大丈夫。
怖いモノなんてない。
自分の中で数回、そう言い聞かせてから部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
執務室のイスに深く腰掛けた父は、入室した私を見ると小さなため息を漏らした。
その姿に一瞬怯みそうになる。
『ご主人サマ!』
『大丈夫。分かってる……、大丈夫だよ』
「お父様、昨日は申し訳ありませんでした」
「アイリス、それは何に対する謝罪だ?」
何に対する……。
婚約者を探せなかったこと。
でもあの場から帰らなければいけなくなってしまったのは、少なくとも私のせいではない。
「お迎えをお願いしておいたのに、お父様が来る前に帰ってしまって」
「そんなことはいい。風邪をひかなかったか?」
その口調も、表情も本当に心配しているようだ。
いつもの怖さは、そこにはない。
さっきのため息も、どうやら怒っているからというわけではなかったのね。
「はい、大丈夫です。心配をおかけしました。それに……お父様に今回の夜会で婚約者を見つけてくるように言われていたのに、私は……」
「……ああ、その話は……」
父はどこか歯切れの悪い言葉を返す。
そして眉間を抑え、少し考えこんだあと私を見た。
「まず、昨日の件はいい。アイリスが悪くなかったという話はきちんとこちらにも伝わっている。むしろ、こんなことをした者たちにはきちんとした謝罪をさせようと思っている」
「お父様、それは」
「いいんだ。おまえはそんなことを気にすることはない。それよりも、まずだな……。なんで婚約者を見つけてくるようにと言ったかを話そう。さ、座りなさい」
父に促されるままに、私はソファーに腰かけた。
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