21 / 89
第一章
第十八話 繰り返す過去と現在
しおりを挟む
だめだ。
ここで下を向いたら、私はまた同じになってしまう。
そう心では思うのに、幾人もの令嬢たちに囲まれてありもしない悪役令嬢としての私をなじられる。
みんな何にも知らないくせに。
そう叫べたら、どれだけ楽だろう。
色とりどりのドレスを着た可愛らしい令嬢たちは、まるでココにいる私が異質だとでも言うかのように取り囲んで陰湿な言葉を投げかける。
そしてその輪はだんだんと大きくなり、言葉を投げかけていない者たちまでも巻き込んでいた。
ただ遠巻きにクスクスと笑ったり、目を背けたり。
結局一人として、私の声に耳を傾けてくれる人はいない。
「大変ですわねー。こんなコトをしでかして、婚約してくださる方など見つかるのかしら」
「でもほら、お金さえ積めばいいんじゃないんですの?」
「それよりもほら、あのみっともない足で誘惑するんじゃなくて?」
「あはははは」
「ここは王家主催の夜会ではないのですか? このような騒ぎをされて、困るのは私だけではないはずですが」
言い返すことは出来なくても、止めることぐらいはできるはず。
もうすぐ国王さまたちがお見えになる。
それなのにこんな風に騒ぎを起こしては、きっとみんな困るだろう。
さすがに言われた言葉の意味が分かったのか、ざわざわと少しずつ私たちを囲む輪が小さくなっていった。
チェリーはこの騒動の収縮に、露骨に嫌そうな顔をする。
しかしふと何かを考えた後、今までで一番のにたりとした笑みを返してきた。
「チェリー?」
チェリーは通り過ぎるボーイから、ワイングラスを受け取った。
「かわいそうなお姉ぇさま。これでも飲んで……きゃぁ」
ワイングラスを持ったまま近づいてきたチェリーが、何かにつまずいたようによろけたあと、私にワインをかける。
「きゃぁ!!」
ぼたぼたと滴り落ちるワイン。
必死に手を前にやったものの、せっかくルカが何時間もかけてくれた髪型も、グレンが送ってくれたドレスもワインまみれだ。
わざとでしょ。
言葉は出てこなかった。
言ったところで、どうせ誰も私の言葉など聞いてくれない。
「ご、ごめんなさい、お姉ぇさま。わたし、わたし……」
涙を堪え、消え入りそうになりながら震えるチェリー。
「チェリー様のせいではありませんわ。ワインを手渡そうとしただけではないですの」
「そうですわ。きっと、意地悪で素直に罪も認めない人に天罰が下ったんですわ」
「ホント、いい気味」
なんでここまで初対面の人間に言われないといけないんだろう。
私があなたたちに、何をしたって言うの。
「お姉ぇさま、そんな姿で謁見など不可能ですわ。着替えてこないと」
「ええ、そうね」
着替えなんてどこにもないことを知っているくせに。
今から着替えに戻れば、戻るころには夜会など終わってしまっている。
今日ここで次の婚約者を探すようにお父様から言われていることなど、チェリーも知っているはずなのに。
全部を邪魔したいのね。
でももう、今の私には帰るという以外の選択肢はない。
こんな惨めで汚い姿で謁見などできるわけもなかった。
「先に帰らせてもらうわ。グレンさまにはあなたから伝えて」
「ごめんなさい、お姉ぇさま」
わざとらしく、涙を流す。
そんな姿に、周りの令嬢たちはハンカチを取り出し慰める。
泣きたいのは私の方なのに。
でもこんなところで泣きたくなどなかった。
小さく首を横に振ったあと、私は入り口に向かって歩き出す。
「あらごめんなさい?」
そう言いながら、チェリーがしたのと同じようにワインが背後からかけられる。
こうなればもう集団心理というか、やりたい放題だ。
誰もこの狂気を止める人はいない。
でも私はどれだけワインをかけられても、振り向くことはしなかった。
立ち止まりたくなかった。
心が折れてしまいそうだったから。
◇ ◇ ◇
「ああ、上着は馬車だっけ」
父に言われて上着を持ってきて正解だったなぁと、うわの空で考えていた。
ワインでぐっしょりと濡れたドレスは、水滴を落としながらも重たい。
それに比例するように、会場を出た私の足取りすら重くなる。
「ああ、お父様に迎えをせっかく頼んだのに……」
今日こそは、一人ではない帰り道のはずだった。
来た時も一人なら、また帰る時も一人。
「なんだかなぁ。どうするのが正解だったのかしら」
あの時に唯奈を助けたのがいけなかったんだろうか。
それとも、記憶を取り戻さなければ良かったんだろうか。
なんでいつも私だけ。
どうしてあの子は私を。
問いかけたって、誰も答えてくれないのにバカみたい。
本当にバカみたい。
「どうしたんだ、そんなに濡れてしまって」
「……キース殿下……」
振り返ると、そこには殿下とグレンがちょうと奥の小道から出て来たところだった。
こんな姿を見られるなんて。
ああ。惨めだ。
「アイリス、これはいったい」
「殿下、グレンさま……」
なんて言い訳をしたらいいのだろう。
いやそもそも、なんで言い訳なんて私がしてあげないといけないんだっけ。
こんなことをされた被害者は私なのに。
「……ワインをこぼしてしまって。こんな姿では謁見をするのも失礼にあたりますので、一足お先に帰らせていただきますわ」
「だがそれは、こぼしたというよりも」
「……」
グレンの言葉に、私はただ無言でほほ笑んだ。
そして二人に、令嬢らしく綺麗にお辞儀だけしてそのまま馬車へと向かう。
言うのも、泣きつくのもきっと簡単だろう。
でも、言わない。
それがせめてもの、私の意地だから。
「それならせめてこれを」
「キース殿下?」
小走りに追いかけて来た殿下が、自分の上着をふわりと私にかける。
「いけません、汚れてしまいます」
「構わないよ。気を付けて帰るんだよ」
その優しさに堪えていた涙がこぼれ落ちそうになった私は、下を向きただ唇を噛みしめた。
ここで下を向いたら、私はまた同じになってしまう。
そう心では思うのに、幾人もの令嬢たちに囲まれてありもしない悪役令嬢としての私をなじられる。
みんな何にも知らないくせに。
そう叫べたら、どれだけ楽だろう。
色とりどりのドレスを着た可愛らしい令嬢たちは、まるでココにいる私が異質だとでも言うかのように取り囲んで陰湿な言葉を投げかける。
そしてその輪はだんだんと大きくなり、言葉を投げかけていない者たちまでも巻き込んでいた。
ただ遠巻きにクスクスと笑ったり、目を背けたり。
結局一人として、私の声に耳を傾けてくれる人はいない。
「大変ですわねー。こんなコトをしでかして、婚約してくださる方など見つかるのかしら」
「でもほら、お金さえ積めばいいんじゃないんですの?」
「それよりもほら、あのみっともない足で誘惑するんじゃなくて?」
「あはははは」
「ここは王家主催の夜会ではないのですか? このような騒ぎをされて、困るのは私だけではないはずですが」
言い返すことは出来なくても、止めることぐらいはできるはず。
もうすぐ国王さまたちがお見えになる。
それなのにこんな風に騒ぎを起こしては、きっとみんな困るだろう。
さすがに言われた言葉の意味が分かったのか、ざわざわと少しずつ私たちを囲む輪が小さくなっていった。
チェリーはこの騒動の収縮に、露骨に嫌そうな顔をする。
しかしふと何かを考えた後、今までで一番のにたりとした笑みを返してきた。
「チェリー?」
チェリーは通り過ぎるボーイから、ワイングラスを受け取った。
「かわいそうなお姉ぇさま。これでも飲んで……きゃぁ」
ワイングラスを持ったまま近づいてきたチェリーが、何かにつまずいたようによろけたあと、私にワインをかける。
「きゃぁ!!」
ぼたぼたと滴り落ちるワイン。
必死に手を前にやったものの、せっかくルカが何時間もかけてくれた髪型も、グレンが送ってくれたドレスもワインまみれだ。
わざとでしょ。
言葉は出てこなかった。
言ったところで、どうせ誰も私の言葉など聞いてくれない。
「ご、ごめんなさい、お姉ぇさま。わたし、わたし……」
涙を堪え、消え入りそうになりながら震えるチェリー。
「チェリー様のせいではありませんわ。ワインを手渡そうとしただけではないですの」
「そうですわ。きっと、意地悪で素直に罪も認めない人に天罰が下ったんですわ」
「ホント、いい気味」
なんでここまで初対面の人間に言われないといけないんだろう。
私があなたたちに、何をしたって言うの。
「お姉ぇさま、そんな姿で謁見など不可能ですわ。着替えてこないと」
「ええ、そうね」
着替えなんてどこにもないことを知っているくせに。
今から着替えに戻れば、戻るころには夜会など終わってしまっている。
今日ここで次の婚約者を探すようにお父様から言われていることなど、チェリーも知っているはずなのに。
全部を邪魔したいのね。
でももう、今の私には帰るという以外の選択肢はない。
こんな惨めで汚い姿で謁見などできるわけもなかった。
「先に帰らせてもらうわ。グレンさまにはあなたから伝えて」
「ごめんなさい、お姉ぇさま」
わざとらしく、涙を流す。
そんな姿に、周りの令嬢たちはハンカチを取り出し慰める。
泣きたいのは私の方なのに。
でもこんなところで泣きたくなどなかった。
小さく首を横に振ったあと、私は入り口に向かって歩き出す。
「あらごめんなさい?」
そう言いながら、チェリーがしたのと同じようにワインが背後からかけられる。
こうなればもう集団心理というか、やりたい放題だ。
誰もこの狂気を止める人はいない。
でも私はどれだけワインをかけられても、振り向くことはしなかった。
立ち止まりたくなかった。
心が折れてしまいそうだったから。
◇ ◇ ◇
「ああ、上着は馬車だっけ」
父に言われて上着を持ってきて正解だったなぁと、うわの空で考えていた。
ワインでぐっしょりと濡れたドレスは、水滴を落としながらも重たい。
それに比例するように、会場を出た私の足取りすら重くなる。
「ああ、お父様に迎えをせっかく頼んだのに……」
今日こそは、一人ではない帰り道のはずだった。
来た時も一人なら、また帰る時も一人。
「なんだかなぁ。どうするのが正解だったのかしら」
あの時に唯奈を助けたのがいけなかったんだろうか。
それとも、記憶を取り戻さなければ良かったんだろうか。
なんでいつも私だけ。
どうしてあの子は私を。
問いかけたって、誰も答えてくれないのにバカみたい。
本当にバカみたい。
「どうしたんだ、そんなに濡れてしまって」
「……キース殿下……」
振り返ると、そこには殿下とグレンがちょうと奥の小道から出て来たところだった。
こんな姿を見られるなんて。
ああ。惨めだ。
「アイリス、これはいったい」
「殿下、グレンさま……」
なんて言い訳をしたらいいのだろう。
いやそもそも、なんで言い訳なんて私がしてあげないといけないんだっけ。
こんなことをされた被害者は私なのに。
「……ワインをこぼしてしまって。こんな姿では謁見をするのも失礼にあたりますので、一足お先に帰らせていただきますわ」
「だがそれは、こぼしたというよりも」
「……」
グレンの言葉に、私はただ無言でほほ笑んだ。
そして二人に、令嬢らしく綺麗にお辞儀だけしてそのまま馬車へと向かう。
言うのも、泣きつくのもきっと簡単だろう。
でも、言わない。
それがせめてもの、私の意地だから。
「それならせめてこれを」
「キース殿下?」
小走りに追いかけて来た殿下が、自分の上着をふわりと私にかける。
「いけません、汚れてしまいます」
「構わないよ。気を付けて帰るんだよ」
その優しさに堪えていた涙がこぼれ落ちそうになった私は、下を向きただ唇を噛みしめた。
1
お気に入りに追加
870
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる