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第一章
第十三話 チャラい男の正体
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「あらあら。よほど気に入られたみたいねぇ、アイリス」
母は何か微笑ましい物でも見ているかのように、落ち着き払いながら一人笑っていた。
「えええ? 気に入られたって。どこにそんな要素があったんですか。それに……笑い事ではないです、お母様」
「そーですよ、奥様。アイリスお嬢様、店員さんに今拭くものをもらってきますので、その手を消毒しましょう」
「ごめんね、ルカ。そうして」
さすがに見知らぬ男にキスをされた手など、とっとと洗ってしまいたい。
まぁ、家じゃないからさすがにそこまでは出来ないけど。
せめて拭かないと、気持ちが悪い。
例えどれだけイケメンであったとしても、さすがに一目惚れとかないし。
うん、ない。
顔が良くても中身がダメなんてよくある話だし。
あんな女の人を連れてる時点で、どうかと思うわ。
顔は良かったけど。
そうね、顔は……。
ってちがーう。もう。
私は自分の考えを打ち消すように、頭の上で手を振って考えを吹き飛ばす。
母は何をしているの? という顔をしているが、この際気にしない。
「ん-、あんな風にきっぱりと言う女性は、あの方の周りにはいなさそうだからだと思うわよ」
「そういう問題です?」
「そういう問題なんじゃないの?」
「お母様、私に聞き返されても……。聞いてるのは私ですよ」
「あははは。まぁ、そうね。でもそう思うわよ。これは、女の勘ね」
「女の勘ですか」
それは頼りがいがあるのか、ないのか。
すごく微妙過ぎね。
他人事のように言う母は、どこか私の反応を楽しんでいるように思えた。
ん? あの方とは。
「お母様、もしかして、先ほどの方ご存じなのですか」
「えー」
「えーって、なんですか」
「まったく。知らないのは、あなたくらいよ。キース・ルドルフ・ライオネル様。名前を聞けば、さすがにあなたにも分かるでしょ」
キース・ルドルフ・ライオネル。
私はその名前を反芻する。
家名がライオネル。
国王様に子どもはいないから、キースというのは。
「えーーー、まさか、あのチャラ男が王弟殿下!」
「ちょっと、チャラ男って。あはははは。大きな声で言ったら怒られるでは済まないわよ。あははは、チャラ男」
「連呼しちゃダメです、お母様」
「だって! あはははははは、やめてよ苦しい。あははは」
そう言いながらも、よほどツボだったのか母は笑い続ける。
だって。だって、誰だってそう思うでしょ。
いきなり人の手の甲にキスするような人。
あんなにチャラいのが、現国王の弟。
私は思わずこめかみを抑える。
あり得ないという前に、やってしまったかもしれない。
いくら何でも、あの態度は不敬罪にあたるだろう。
「お母様、知っていたのならなぜ止めて下さらないのですか」
「面白そうだったし、それにこれくらいではなーんとも思わないような方よ」
「そうであっても、止めて下さい」
「そう。じゃあ、次からはしっかり止めるわね」
「次って、お母様。それでは遅すぎます」
この一週間で、この世界に来てからよりもずっと濃い時間を過ごしている気がする。
もちろん悪い意味でも、いい意味でも。
ぐったりと、一日分の疲れがのしかかってくる気がした。
「お母様、ケーキ食べたら帰りましょう?」
「まだドレス決まってないじゃないの。もう一軒は少なくとも行かないとダメよ」
「えええ。もういいではないですか……」
「お嬢様、ドレスがないと夜会に行けません」
「そーよ。何にも良くないわよ」
二人はどうしてこんなにも元気なのだろう。
嵐のように去ったキース殿下たちの後、すぐにテーブルには注文したケーキたちが届いた。
「あ、そうだ。焼き菓子を見たいのでメニューか何かありますか?」
バタバタしてお土産のことを忘れてしまっていた。
もうドレスはどうでもいいから、お土産だけ買って帰りたいんだけど。
二人の意気込みを見ると、そーもいかないだろう。
「ああ、これはお店からです」
オーナーが一階からラッピングされた焼き菓子の詰め合わせを持ってくる。
私が買おうと思っていたものよりも大きく、しかも一人一つある。
「いえいえ、それは困ります」
ただでさえ、お会計もキース殿下に払ってもらっているのに。
こんなものまでもらってしまっては、たちの悪い客みたいじゃない。
「いいのです、いいのです。こちらの不手際で侯爵夫人さまたちには不快な思いをさせてしまいまして。本来ならば、このようなものではなくきちんとした謝罪を入れさせていただかなければいけないところであります」
「お店の方の責任ではないでしょう」
「いえ。我が店で起きた全てのことは、オーナーであるわたくしの責任です」
オーナーは真っすぐに私たちを見ながら、きっぱりと言い切る。
売り言葉に買い言葉で、彼女たちを怒らせてしまったのは私なのに。
なんだか悪いことをしてしまったわ。
「受け取ってあげなさい」
「でもお母様」
「受け取ってあげることも、また優しさの一つよ」
「……はい」
母に促され、私はお土産を受け取った。
「ケーキ、すごく美味しかったです。また来てもいいですか?」
「もちろんです、ありがとうございます」
「こちらこそ、お心遣いすみません。その分、宣伝しておきますからね」
力を抜いて、いつもよりずっと自然に私も微笑む。
するとオーナーの顔からも、ようやく笑みがこぼれた。
母は何か微笑ましい物でも見ているかのように、落ち着き払いながら一人笑っていた。
「えええ? 気に入られたって。どこにそんな要素があったんですか。それに……笑い事ではないです、お母様」
「そーですよ、奥様。アイリスお嬢様、店員さんに今拭くものをもらってきますので、その手を消毒しましょう」
「ごめんね、ルカ。そうして」
さすがに見知らぬ男にキスをされた手など、とっとと洗ってしまいたい。
まぁ、家じゃないからさすがにそこまでは出来ないけど。
せめて拭かないと、気持ちが悪い。
例えどれだけイケメンであったとしても、さすがに一目惚れとかないし。
うん、ない。
顔が良くても中身がダメなんてよくある話だし。
あんな女の人を連れてる時点で、どうかと思うわ。
顔は良かったけど。
そうね、顔は……。
ってちがーう。もう。
私は自分の考えを打ち消すように、頭の上で手を振って考えを吹き飛ばす。
母は何をしているの? という顔をしているが、この際気にしない。
「ん-、あんな風にきっぱりと言う女性は、あの方の周りにはいなさそうだからだと思うわよ」
「そういう問題です?」
「そういう問題なんじゃないの?」
「お母様、私に聞き返されても……。聞いてるのは私ですよ」
「あははは。まぁ、そうね。でもそう思うわよ。これは、女の勘ね」
「女の勘ですか」
それは頼りがいがあるのか、ないのか。
すごく微妙過ぎね。
他人事のように言う母は、どこか私の反応を楽しんでいるように思えた。
ん? あの方とは。
「お母様、もしかして、先ほどの方ご存じなのですか」
「えー」
「えーって、なんですか」
「まったく。知らないのは、あなたくらいよ。キース・ルドルフ・ライオネル様。名前を聞けば、さすがにあなたにも分かるでしょ」
キース・ルドルフ・ライオネル。
私はその名前を反芻する。
家名がライオネル。
国王様に子どもはいないから、キースというのは。
「えーーー、まさか、あのチャラ男が王弟殿下!」
「ちょっと、チャラ男って。あはははは。大きな声で言ったら怒られるでは済まないわよ。あははは、チャラ男」
「連呼しちゃダメです、お母様」
「だって! あはははははは、やめてよ苦しい。あははは」
そう言いながらも、よほどツボだったのか母は笑い続ける。
だって。だって、誰だってそう思うでしょ。
いきなり人の手の甲にキスするような人。
あんなにチャラいのが、現国王の弟。
私は思わずこめかみを抑える。
あり得ないという前に、やってしまったかもしれない。
いくら何でも、あの態度は不敬罪にあたるだろう。
「お母様、知っていたのならなぜ止めて下さらないのですか」
「面白そうだったし、それにこれくらいではなーんとも思わないような方よ」
「そうであっても、止めて下さい」
「そう。じゃあ、次からはしっかり止めるわね」
「次って、お母様。それでは遅すぎます」
この一週間で、この世界に来てからよりもずっと濃い時間を過ごしている気がする。
もちろん悪い意味でも、いい意味でも。
ぐったりと、一日分の疲れがのしかかってくる気がした。
「お母様、ケーキ食べたら帰りましょう?」
「まだドレス決まってないじゃないの。もう一軒は少なくとも行かないとダメよ」
「えええ。もういいではないですか……」
「お嬢様、ドレスがないと夜会に行けません」
「そーよ。何にも良くないわよ」
二人はどうしてこんなにも元気なのだろう。
嵐のように去ったキース殿下たちの後、すぐにテーブルには注文したケーキたちが届いた。
「あ、そうだ。焼き菓子を見たいのでメニューか何かありますか?」
バタバタしてお土産のことを忘れてしまっていた。
もうドレスはどうでもいいから、お土産だけ買って帰りたいんだけど。
二人の意気込みを見ると、そーもいかないだろう。
「ああ、これはお店からです」
オーナーが一階からラッピングされた焼き菓子の詰め合わせを持ってくる。
私が買おうと思っていたものよりも大きく、しかも一人一つある。
「いえいえ、それは困ります」
ただでさえ、お会計もキース殿下に払ってもらっているのに。
こんなものまでもらってしまっては、たちの悪い客みたいじゃない。
「いいのです、いいのです。こちらの不手際で侯爵夫人さまたちには不快な思いをさせてしまいまして。本来ならば、このようなものではなくきちんとした謝罪を入れさせていただかなければいけないところであります」
「お店の方の責任ではないでしょう」
「いえ。我が店で起きた全てのことは、オーナーであるわたくしの責任です」
オーナーは真っすぐに私たちを見ながら、きっぱりと言い切る。
売り言葉に買い言葉で、彼女たちを怒らせてしまったのは私なのに。
なんだか悪いことをしてしまったわ。
「受け取ってあげなさい」
「でもお母様」
「受け取ってあげることも、また優しさの一つよ」
「……はい」
母に促され、私はお土産を受け取った。
「ケーキ、すごく美味しかったです。また来てもいいですか?」
「もちろんです、ありがとうございます」
「こちらこそ、お心遣いすみません。その分、宣伝しておきますからね」
力を抜いて、いつもよりずっと自然に私も微笑む。
するとオーナーの顔からも、ようやく笑みがこぼれた。
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