上 下
11 / 89
第一章

第十話 思わぬ誤算

しおりを挟む
「あ、あのお嬢様。わたしのような者がお嬢さまの付き添いなどよろしかったのでしょうか?」


 私付きの侍女であるルカは、やや不安そうに馬車の中で声をかけてきた。

 ルカは貧しい生まれの侍女であり、主人付きの侍女ではなく下働きとして働いていたらしい。

 しかし今回のことで侍女たちがみんなチェリーの元へ行ってしまったために、家令により急遽私付きの侍女として昇格されたのだ。

 まだ慣れないことも多いものの、たった一人で本当によくやってくれていると思う。


「あなたが……ルカが一緒に行ってくれなければ、誰が一緒に行ってくれると言うの? 私の侍女はあなたしかいないのに」

「あああ、そうです。そうでした。申し訳ありません」

「ふふふ。ありがとう」


 ワタワタとしならが顔を赤くさせるルカがあまりにも可愛く思えて、私も笑みがこぼれ落ちる。


「そーやって、いつも笑っていれば落ちない男性なっていないと思うんだけど」


 遠巻きに、馬車の窓枠に肩肘を付けながら母がぽつんと言葉を発する。

 そして私たちの顔を交互に覗き込み、なにやら楽しそうにしていた。

 悪だくみを考えている。

 そう思えるのは私だけだろうか。


「急に何を言い出すのですか、お母様」

「えー? だって二人で楽しそうだったから。それに娘の晴れ舞台なのよ? やっぱり母としてはねぇ。あなたもやっとこういうことに興味を持ってくれたんだもの。経緯はともあれ、母としては嬉しい限りよ」

「興味というか、今回は仕方なくというか……」


 母だって、今回の経緯など分かっているはずだ。

 私にはこの夜会で成功する以外に、今のところ後がないことなど。


「だから経緯はともあれと言ったでしょ? アイリス、あなた少し変わったんじゃない? もちろんいい意味で」

「そうですか?」

「そうよ。昔だったら、もし今回のように婚約破棄されたとしてのきっと何も行動など起こさなかったでしょ。何も起こさずにただじっと耐えるか、反発して違う方向を向いただけだわ」

「それは……。でも今回はそういうワケにもいかないでしょう。お父様は私が婚約者を見つけてこなければ……」


 そこまで口にして、私は自分の手を見つめた。

 婚約者を見つけられなければどうなるのか。

 今のところ未知数でしかなくても、きっと責められることだけは分かっている。


「はぁ」

「お母様?」


 まるで私の代わりにとばかりに、母は大きなため息をついた。

 チェリーと同じふわふわとしたハニーブロンドの髪をかき上げながら、私と同じブルーの瞳はしっかりと私を見た。


「似たもの親子とは言うけれど……。一度、ちゃんと話をしなさい。あなたが変われたのなら……。これからもいい方向に変わる気があるのなら、お父様ともきちんと話し合うべきね」

「それはどういう意味ですか?」


 父と話し合う? 何を?

 おそらくこの場合は、今後のことということだろう。

 確かに、アイリスになってからもどうしても無意識に過去を引きずって親子関係は希薄だったと思う。

 ただ、なんというかすごく苦手だ。

 そう男の人は全て。

 元々母との関係もかなり良くはなかったが、唯花の時に父と会話したことなどほとんど記憶にない。

 もし過去のように、鬱陶しがられたら。

 そう思えば思うほど、足が遠のいてしまっていた。


「善処します」

「それはする気のない時の返事ではなかったかしら」

「う……」

「そんなに苦手? まぁ、確かに顔はクマみたいだし、元武官なだけあって筋肉隆々でいかついし、ああ、顔は怖い方よね」

「あ、あの、お母様……私は何もそこまで言ってないと思うんですけど」

「あなたが子どもの頃なんて、顔を合わせるたびによく号泣していたわ。でもよく見ると、ほら表情似てない?」


 母が私の顔を指さしながら、ルカ同意を求める。

 ルカは何かを思い出したように吹き出しそうになりながら、口元を抑えた。


「え、え、ええーー。いくら社交界で氷の姫なんて不名誉な二つ名をもらいましたけど、さすがにあの顔には似てないと思うんですけど」


 いつも眉間にシワを寄せ、人を寄せ付けないオーラを放つ父。

 あれ、言葉にするとなんだか似てる気もしないことはない。


「お、奥様。お嬢様は……可憐でお優しくて……旦那様とはその、あの。髪の色だけしか似ておりません」

「いいのよ、ルカ。なんだかお母様に言われるうちに、似てるような気がしてきたから」

「まぁ、顔というよりも似ているのは性格ね。いい、アイリス。まずどんな時も相手の話をちゃんと聞いて、ちゃんと自分の意見を言うの。そういう点は、本当にチェリーは上手だと思うわ」

「……そうですね」

「アレを真似する必要性はないの。でも人の意見を聞いたうえで、あんな風に甘えたり、頼ったりするのも一つの手よ? 少しぐらい片意地貼らずに、自分で自分に優しくしてあげなさい」


 自分で自分に優しくってなんだろう。

 私はいつだって、自分のことしか考えてはいない。

 だってずっと逃げ出したかったから。

 でも自分のことを考えるのと、自分に優しくするというのはまた違うのかな。

 なんか難しい。

 ただこんな風に母と話すことなど今までになかったから。

 これはある意味嬉しい。

 母が馬車で出かけようとする私たちを呼び止めて、自分も買い物に行くと言い出した時は本当にどうしようかとおもったけど。

 ちゃんとこうして話せば、ちゃんと母子が出来たんだ。

 今までの私なら、きっとこんな日が来るなんて思いもしなかっただろうに。

 
「前向きに善処します」

「だから~。まったくあなたって子は」


 そう言って、母が笑い出す。

 私もルカも、つられるように笑い出した。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。

霜月零
恋愛
 私は、ある日思い出した。  ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。 「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」  その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。  思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。  だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!  略奪愛ダメ絶対。  そんなことをしたら国が滅ぶのよ。  バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。  悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。 ※他サイト様にも掲載中です。

婚約破棄されたので歴代最高の悪役令嬢になりました

Ryo-k
ファンタジー
『悪役令嬢』 それすなわち、最高の貴族令嬢の資格。 最高の貴族令嬢の資格であるがゆえに、取得難易度もはるかに高く、10年に1人取得できるかどうか。 そして王子から婚約破棄を宣言された公爵令嬢は、最高の『悪役令嬢』となりました。 さらに明らかになる王子の馬鹿っぷりとその末路――

引きこもりが乙女ゲームに転生したら

おもち
ファンタジー
小中学校で信頼していた人々に裏切られ すっかり引きこもりになってしまった 女子高生マナ ある日目が覚めると大好きだった乙女ゲームの世界に転生していて⁉︎ 心機一転「こんどこそ明るい人生を!」と意気込むものの‥ 転生したキャラが思いもよらぬ人物で-- 「前世であったことに比べればなんとかなる!」前世で培った強すぎるメンタルで 男装して乙女ゲームの物語無視して突き進む これは人を信じることを諦めた少女 の突飛な行動でまわりを巻き込み愛されていく物語

転生令嬢の涙 〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
【タイトル変えました】 公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

処理中です...