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第一章
第八話 見えぬ思惑
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「……最悪ね」
行儀が悪いとは思いつつ歩きながら結った髪を下ろし、重たいネックレスを外す。
そして小走りに二階の奥にある部屋に到着するころには、ヒールも片手に持っていた。
そのままの勢いでドアを開けると、部屋の中にネックレスとヒールを投げ捨てる。
ヒールは綺麗に弧を描きながら、床へと落ちていった。
部屋の中にいた侍女がいつもと様子の違う私に驚いたような表情をしていたが、今の私にはそれを構う余裕はない。
ベッドに顔からダイブすると、ひんやりとした冷たさが全身に広がり心地いい。
ああ、落ち着く。
「ごめんね……しばらく一人にしてくれるかしら?」
「も、申し訳ありません、お嬢様」
侍女は泣きそうな声で、頭を下げると退出していった。
何かを考えなければいけないはずなのに、頭の中には先ほどの光景しか思い浮かばない。
この展開は予想していたはずだった。
だって私はいつだって、最悪なことを頭の中で想像してきたから。
ずっとそう。ずっと……。
そうすれば傷付かなくて済む。
自分の心を守るためには、それが一番だった。
「ああ、嫌だ……」
こんな形であってもなくても、私には妹の幸せを願えるほど強い心はない。
もしかしたら、妹から離れられるチャンスかもしれないのに。
断罪の先なんて、誰にも分からないのに。
でも……苦しい……。
生まれか変わっても何者にもなれていない自分にも、妹をどうすることも出来ないことにも。
「結局、あの子がいつだって世界の中心でいつだって私は……」
そう。ここでも私は私のままだった。
生まれ変わったはずなのに、中身は唯花のまま。
結局あの子の影から逃げているだけなのね。
言い訳をすることも、戦うこともしないで。
「なにしてるんだろう、私。違うか……なんにもしてない……」
記憶が戻る前だって、結局何もしてこなかったからあの子に悪役令嬢へ仕立てられてしまったんだもの。
グレンとの仲だって、この断罪までは特段悪かったわけでもないのに。
不意にドアをノックする音が聞こえてくる。
侍女かな……。こんな時ぐらい一人にしておいて欲しいんだけど。
「はぁ。どうぞ」
ため息を吐き出し、諦めて声をかける。
「アイリス、少し話したいんだが」
「グレン! あなた、よくも私のとこになんて来れたものね」
悪びれもなく、にこやかな顔でグレンが入室してくる。
私は怒りのあまりその場に立ち上がると、グレンを睨みつけた。
こんな事態を招いた人が、まだ私を責め立てたいというのだろうか。
「随分と怒っているようだね」
「当たり前でしょ? やってもいないいじめをでっち上げられ、こっちは悪役にされているのに。怒らない人間がどこにいるというの?」
こんな分かり切ったことを聞くために来たの?
ああ、最悪だ。こんなにも大声を出して。
本当はもっと冷静にならないと、相手の思うつぼなのに。
「なんだ、そんなことか」
「なんだ? ふざけないで。こっちがどれだけ迷惑しているか分かっているの?」
「そうかい? 僕としてはこれは確かに望んだ結果の一つだが、君にとっても良かったと思ってるんだが? 現にそうやって声を荒げて怒ってる辺りも、ね」
「はぁ? 全く意味が分からないわ」
「……そのうちわかるさ。ただ言える説明だけはしてあげるよ。友達だったよしみとしてね」
良かった? 友達としてのよしみ?
自信たっぷりに自分のしたことを肯定する言い方は、昔からなにも変わらない。
いつもだったら気にならないその言い方も、今回だけは違う。
こっちは加害者にされて断罪され、婚約者まで奪われたのだ。
いくらグレンに対して興味がなかったとはいえ、この先の私の行く道を考えればどうしてそんな親切の押し売りのような言い方が出来るのだろうか。
「僕が君を選ばなかった理由はチェリーのことを愛しているからもあるが、それ以上に君とこのまま婚約を続けててもお互いのためにならないと知っているからさ」
「よく言うわ」
「そうかい? 僕と君はよく似ているだろう? 考え方もこの性格も。だからこそ、二人このままいてもなにも変われはしない」
「……」
確かに似てはいるとは思う。
私とグレンの間には打算はあっても、愛なんてものは一ミリもない。
次期宰相として基盤を作るために、力のある貴族を取り入れたかったグレン。
この家から出て、チェリーの視界から消えたかった私。
どちらも自分たちのことを考えて、婚約をOKしたようなものだ。
「だからといって、やっていいことではないはずよ?」
「まぁ、やり方はチェリーのやりたいようにしたからね。でもきっと、君にもそのうちわかるさ。全てが……」
「勝手なことを! そういうのは、私を挟まずに勝手にやってちょうだい」
「はははは。君がいなければ、物語は進まないんだよ。そう全てね」
「物語? あなた、なんのことを言ってるの?」
「そうやって感情を出して、思うように話すのもいいことだと僕は思うけどね。次の王家主催の夜会、楽しみにしてるよ」
王家主催の夜会。
父さんが言っていたのはたぶんこのことだろう。
ここで次の婚約者を私は見つけなければならない。
でもこんな状況で見つけるなんて……。
「期待してるから、頑張ってくれよ」
言いたいことだけ言い放ち、グレンは手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
「なんなの! なんなの! なんなのよー!」
腹が立つ。
断罪された時以上に、本当に腹が立つ。
婚約破棄した元婚約者に、塩でも送ったつもりなのかしら。
それにしても小馬鹿にしすぎよ。
人の気持ちも知らないで、言うだけ言って帰っていくなんて。
ホント、なんなの? 何様のつもり?
でも……。グレンの言い様ではないけど、こんなに表に感情を出したのはいつぶりだろうか。
少なくとも唯花のだった時は、ほとんどなかったなぁ。
そうすることで、守りたかったから。
ただそうね……、結局は何も守れなかったんだけど。
行儀が悪いとは思いつつ歩きながら結った髪を下ろし、重たいネックレスを外す。
そして小走りに二階の奥にある部屋に到着するころには、ヒールも片手に持っていた。
そのままの勢いでドアを開けると、部屋の中にネックレスとヒールを投げ捨てる。
ヒールは綺麗に弧を描きながら、床へと落ちていった。
部屋の中にいた侍女がいつもと様子の違う私に驚いたような表情をしていたが、今の私にはそれを構う余裕はない。
ベッドに顔からダイブすると、ひんやりとした冷たさが全身に広がり心地いい。
ああ、落ち着く。
「ごめんね……しばらく一人にしてくれるかしら?」
「も、申し訳ありません、お嬢様」
侍女は泣きそうな声で、頭を下げると退出していった。
何かを考えなければいけないはずなのに、頭の中には先ほどの光景しか思い浮かばない。
この展開は予想していたはずだった。
だって私はいつだって、最悪なことを頭の中で想像してきたから。
ずっとそう。ずっと……。
そうすれば傷付かなくて済む。
自分の心を守るためには、それが一番だった。
「ああ、嫌だ……」
こんな形であってもなくても、私には妹の幸せを願えるほど強い心はない。
もしかしたら、妹から離れられるチャンスかもしれないのに。
断罪の先なんて、誰にも分からないのに。
でも……苦しい……。
生まれか変わっても何者にもなれていない自分にも、妹をどうすることも出来ないことにも。
「結局、あの子がいつだって世界の中心でいつだって私は……」
そう。ここでも私は私のままだった。
生まれ変わったはずなのに、中身は唯花のまま。
結局あの子の影から逃げているだけなのね。
言い訳をすることも、戦うこともしないで。
「なにしてるんだろう、私。違うか……なんにもしてない……」
記憶が戻る前だって、結局何もしてこなかったからあの子に悪役令嬢へ仕立てられてしまったんだもの。
グレンとの仲だって、この断罪までは特段悪かったわけでもないのに。
不意にドアをノックする音が聞こえてくる。
侍女かな……。こんな時ぐらい一人にしておいて欲しいんだけど。
「はぁ。どうぞ」
ため息を吐き出し、諦めて声をかける。
「アイリス、少し話したいんだが」
「グレン! あなた、よくも私のとこになんて来れたものね」
悪びれもなく、にこやかな顔でグレンが入室してくる。
私は怒りのあまりその場に立ち上がると、グレンを睨みつけた。
こんな事態を招いた人が、まだ私を責め立てたいというのだろうか。
「随分と怒っているようだね」
「当たり前でしょ? やってもいないいじめをでっち上げられ、こっちは悪役にされているのに。怒らない人間がどこにいるというの?」
こんな分かり切ったことを聞くために来たの?
ああ、最悪だ。こんなにも大声を出して。
本当はもっと冷静にならないと、相手の思うつぼなのに。
「なんだ、そんなことか」
「なんだ? ふざけないで。こっちがどれだけ迷惑しているか分かっているの?」
「そうかい? 僕としてはこれは確かに望んだ結果の一つだが、君にとっても良かったと思ってるんだが? 現にそうやって声を荒げて怒ってる辺りも、ね」
「はぁ? 全く意味が分からないわ」
「……そのうちわかるさ。ただ言える説明だけはしてあげるよ。友達だったよしみとしてね」
良かった? 友達としてのよしみ?
自信たっぷりに自分のしたことを肯定する言い方は、昔からなにも変わらない。
いつもだったら気にならないその言い方も、今回だけは違う。
こっちは加害者にされて断罪され、婚約者まで奪われたのだ。
いくらグレンに対して興味がなかったとはいえ、この先の私の行く道を考えればどうしてそんな親切の押し売りのような言い方が出来るのだろうか。
「僕が君を選ばなかった理由はチェリーのことを愛しているからもあるが、それ以上に君とこのまま婚約を続けててもお互いのためにならないと知っているからさ」
「よく言うわ」
「そうかい? 僕と君はよく似ているだろう? 考え方もこの性格も。だからこそ、二人このままいてもなにも変われはしない」
「……」
確かに似てはいるとは思う。
私とグレンの間には打算はあっても、愛なんてものは一ミリもない。
次期宰相として基盤を作るために、力のある貴族を取り入れたかったグレン。
この家から出て、チェリーの視界から消えたかった私。
どちらも自分たちのことを考えて、婚約をOKしたようなものだ。
「だからといって、やっていいことではないはずよ?」
「まぁ、やり方はチェリーのやりたいようにしたからね。でもきっと、君にもそのうちわかるさ。全てが……」
「勝手なことを! そういうのは、私を挟まずに勝手にやってちょうだい」
「はははは。君がいなければ、物語は進まないんだよ。そう全てね」
「物語? あなた、なんのことを言ってるの?」
「そうやって感情を出して、思うように話すのもいいことだと僕は思うけどね。次の王家主催の夜会、楽しみにしてるよ」
王家主催の夜会。
父さんが言っていたのはたぶんこのことだろう。
ここで次の婚約者を私は見つけなければならない。
でもこんな状況で見つけるなんて……。
「期待してるから、頑張ってくれよ」
言いたいことだけ言い放ち、グレンは手をひらひらと振りながら部屋を出て行った。
「なんなの! なんなの! なんなのよー!」
腹が立つ。
断罪された時以上に、本当に腹が立つ。
婚約破棄した元婚約者に、塩でも送ったつもりなのかしら。
それにしても小馬鹿にしすぎよ。
人の気持ちも知らないで、言うだけ言って帰っていくなんて。
ホント、なんなの? 何様のつもり?
でも……。グレンの言い様ではないけど、こんなに表に感情を出したのはいつぶりだろうか。
少なくとも唯花のだった時は、ほとんどなかったなぁ。
そうすることで、守りたかったから。
ただそうね……、結局は何も守れなかったんだけど。
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