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第一章
第五話 真実の所在
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「えーーー。グレン様が来て下さったの~? なんで追い返そうとしているのよ。すぐに、お通ししなさいょ」
「えっと、あの……」
私の代わりにチェリーが答えると、侍女は少し眉を顰めた。
彼女は私の侍女であって、チェリーの侍女ではない。
しかも、ここは私の部屋だというのに。
いきなり私の代わりに答えても、彼女が混乱してしまうだけという頭は働かないのだろうなぁ。
なんというか。ホントに、自分が貴族の令嬢であるという自覚はこの子にあるのかしら。
「チェリー、グレンはあなたに会いに来たのでしょう? 私にではないのだから、自分の部屋で会いなさい。私は休ませてもらうわ」
「あの、お嬢様、それは……」
やや驚いたような侍女の表情。
まぁ無理もないだろう。
家の中の誰だって、グレンはまだ私の婚約者だと思っているはず。
私だってほんの数時間前まではそう思っていたのだから。
未婚の女性の元へ、婚約者以外の者が通うなどということはあってはならない。
これは貴族社会においては絶対だ。
だからこそチェリーと二人で会うなど、許されることではないのだ。
「あとで皆も分かることだから言っておくわ。私とグレン様の婚約は先ほど解消されたの。今度はチェリーの婚約者となられるそうよ」
「やだ、姉ぇさま。そーんな嫌味のよーな言い方。姉ぇさまがわたしとグレン様の仲を嫉妬して嫌がらせをするから、グレン様に捨てられちゃったんでしょ?」
「そう思いたいなら、勝手にそう思いなさい。私はなにもしてません」
「まぁた、強がってそんなこと言っちゃって。認めた方がいいのに」
「……はぁ」
クスクスと笑うチェリーとは対照的に、侍女は顔を引きつらす。
まぁ無理もない。
姉妹で一人の男を取り合っていたなど、外聞が悪すぎる。
もっとも、脳みそがお花畑なこの子には何を言っても伝わることはない。
次期公爵夫人が、こんなので大丈夫なのだろうか。
私になんて心配されたくもないだろうけど、そんな言葉が思わず口を出そうになる。
「そんな根も葉もないことを外でも言っていると、あなたの品位までもが下がるわよチェリー」
「根も葉もないって、さっき断罪されてたのをもう忘れてしまったんですのぉ?」
「……」
「ああ、事故でおかしくなられたとか?」
「……」
呆れて物が言えないというのは、こういうことを言うのだろうなと実感する。
本当になにも考えてはいないのだろう。
その言動全て。いまこの瞬間にも、自分たちの貴族としての品位を下げているということに気づけないなんて。
しいてはこの侯爵家の品位も、だ。
きちんと調べれば、私がチェリーをいじめてないことなど簡単に証明できるはず。
ただもしそこで潔白を証明できたとしても、今度はチェリーとグレンの立場が悪くなる。
婚約破棄され断罪されたんだから、やり返されても文句は言えないと思うけど。
ただ今のままでは私が不利だ。
こうやって言いふらされればされるほど、知らない人たちは勝手に私という人物がどんな人なのか作り上げてしまう。
一度信用や品位が落ちてしまえば、挽回するのは中々難しい。
今は何をしても、その軽く嘘しか出ない口を塞がないと。
「品位~? 今、品位のない姉ぇさまに言われたくないなぁ~。いじめたこと正当化するんですか?」
「だからしてないと何度も言っているでしょう。どこにそんな証拠があるというの」
「ふふふ。ああ怖いお顔~。証拠なんていくらでもあるのに。それに証人だって、ねぇ」
怖い顔と言いつつ、チェリーは私の顔を見ながらずっと満足そうに笑っていた。
「あなたの取り巻きの証言など、たいした効力はないのよ」
「でも、姉ぇさまにいじめられたかわいそうなわたしと悪役令嬢の言うコト。みんなはどちらの言うことを信じるかしら?」
そんなにまでして、この子は私を陥れたいのだろうか。
いや、たぶん本質は唯奈と同じ。
馬鹿にしたいのね、きっと。
馬鹿にしていじめて、自分がずっと私よりも優位に立っていたい。
自己満足なのかなにか知らないけど、この世界まで来てもこれだなんて。
冗談じゃない。
「いい加減に部屋から出て行って」
「ま、姉ぇさまの顔を見られて今は満足だから出て行ってあげる。グレン様も来てくださってるし。またね、姉ぇさま」
ひらひらと手を振りながら、チェリーが部屋を出て行く。
そしてひとしきり私に頭を下げ、申し訳なさそうに侍女がそれに続いた。
「もぅ。なんて日なのよ」
ベッドの上に並べられた枕を二人が出て行ったドアに投げつける。
枕はドアに届くことなく、弧を描きながら床に落ちた。
「痛っ……」
無理やり動かした体が悲鳴をあげる。
熱を帯びた体を横たえると、痛みと共に全てが飲み込まれていく。
何も考えたくもなかった。
転生も、この状況も。
「ほんとに、なんて日よ……。最悪なんて、軽く超えるでしょ。このままじゃ……。ああ、ヤダなぁ」
私は重たい頭を抱え、目を閉じる。
そしてそのまま意識の端を手放した。
そう、この時の私は予想もしていなかった。
痛みと熱で数日うなされ起きあがれるようになった頃には、皆がチェリーたちの作り話を信じ込んでいるなど。
自分が悪役令嬢として、すでに仕立て上げられていたなんて。
「えっと、あの……」
私の代わりにチェリーが答えると、侍女は少し眉を顰めた。
彼女は私の侍女であって、チェリーの侍女ではない。
しかも、ここは私の部屋だというのに。
いきなり私の代わりに答えても、彼女が混乱してしまうだけという頭は働かないのだろうなぁ。
なんというか。ホントに、自分が貴族の令嬢であるという自覚はこの子にあるのかしら。
「チェリー、グレンはあなたに会いに来たのでしょう? 私にではないのだから、自分の部屋で会いなさい。私は休ませてもらうわ」
「あの、お嬢様、それは……」
やや驚いたような侍女の表情。
まぁ無理もないだろう。
家の中の誰だって、グレンはまだ私の婚約者だと思っているはず。
私だってほんの数時間前まではそう思っていたのだから。
未婚の女性の元へ、婚約者以外の者が通うなどということはあってはならない。
これは貴族社会においては絶対だ。
だからこそチェリーと二人で会うなど、許されることではないのだ。
「あとで皆も分かることだから言っておくわ。私とグレン様の婚約は先ほど解消されたの。今度はチェリーの婚約者となられるそうよ」
「やだ、姉ぇさま。そーんな嫌味のよーな言い方。姉ぇさまがわたしとグレン様の仲を嫉妬して嫌がらせをするから、グレン様に捨てられちゃったんでしょ?」
「そう思いたいなら、勝手にそう思いなさい。私はなにもしてません」
「まぁた、強がってそんなこと言っちゃって。認めた方がいいのに」
「……はぁ」
クスクスと笑うチェリーとは対照的に、侍女は顔を引きつらす。
まぁ無理もない。
姉妹で一人の男を取り合っていたなど、外聞が悪すぎる。
もっとも、脳みそがお花畑なこの子には何を言っても伝わることはない。
次期公爵夫人が、こんなので大丈夫なのだろうか。
私になんて心配されたくもないだろうけど、そんな言葉が思わず口を出そうになる。
「そんな根も葉もないことを外でも言っていると、あなたの品位までもが下がるわよチェリー」
「根も葉もないって、さっき断罪されてたのをもう忘れてしまったんですのぉ?」
「……」
「ああ、事故でおかしくなられたとか?」
「……」
呆れて物が言えないというのは、こういうことを言うのだろうなと実感する。
本当になにも考えてはいないのだろう。
その言動全て。いまこの瞬間にも、自分たちの貴族としての品位を下げているということに気づけないなんて。
しいてはこの侯爵家の品位も、だ。
きちんと調べれば、私がチェリーをいじめてないことなど簡単に証明できるはず。
ただもしそこで潔白を証明できたとしても、今度はチェリーとグレンの立場が悪くなる。
婚約破棄され断罪されたんだから、やり返されても文句は言えないと思うけど。
ただ今のままでは私が不利だ。
こうやって言いふらされればされるほど、知らない人たちは勝手に私という人物がどんな人なのか作り上げてしまう。
一度信用や品位が落ちてしまえば、挽回するのは中々難しい。
今は何をしても、その軽く嘘しか出ない口を塞がないと。
「品位~? 今、品位のない姉ぇさまに言われたくないなぁ~。いじめたこと正当化するんですか?」
「だからしてないと何度も言っているでしょう。どこにそんな証拠があるというの」
「ふふふ。ああ怖いお顔~。証拠なんていくらでもあるのに。それに証人だって、ねぇ」
怖い顔と言いつつ、チェリーは私の顔を見ながらずっと満足そうに笑っていた。
「あなたの取り巻きの証言など、たいした効力はないのよ」
「でも、姉ぇさまにいじめられたかわいそうなわたしと悪役令嬢の言うコト。みんなはどちらの言うことを信じるかしら?」
そんなにまでして、この子は私を陥れたいのだろうか。
いや、たぶん本質は唯奈と同じ。
馬鹿にしたいのね、きっと。
馬鹿にしていじめて、自分がずっと私よりも優位に立っていたい。
自己満足なのかなにか知らないけど、この世界まで来てもこれだなんて。
冗談じゃない。
「いい加減に部屋から出て行って」
「ま、姉ぇさまの顔を見られて今は満足だから出て行ってあげる。グレン様も来てくださってるし。またね、姉ぇさま」
ひらひらと手を振りながら、チェリーが部屋を出て行く。
そしてひとしきり私に頭を下げ、申し訳なさそうに侍女がそれに続いた。
「もぅ。なんて日なのよ」
ベッドの上に並べられた枕を二人が出て行ったドアに投げつける。
枕はドアに届くことなく、弧を描きながら床に落ちた。
「痛っ……」
無理やり動かした体が悲鳴をあげる。
熱を帯びた体を横たえると、痛みと共に全てが飲み込まれていく。
何も考えたくもなかった。
転生も、この状況も。
「ほんとに、なんて日よ……。最悪なんて、軽く超えるでしょ。このままじゃ……。ああ、ヤダなぁ」
私は重たい頭を抱え、目を閉じる。
そしてそのまま意識の端を手放した。
そう、この時の私は予想もしていなかった。
痛みと熱で数日うなされ起きあがれるようになった頃には、皆がチェリーたちの作り話を信じ込んでいるなど。
自分が悪役令嬢として、すでに仕立て上げられていたなんて。
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