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プロローグ

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「ねぇ、どうして同じなのに違うの?」


 ボロボロになったくまの人形を抱えながら、鏡にはあの子になれなかった惨めな自分の姿が写る。


「どうして同じなのに誰も助けてくれないの?」


 同じになるようにした髪型も服装も、鏡に写る全てがあの子と同じだというのに。

 それでも誰一人、私とあの子を同じだとは言ってはくれない。

 今日という日のために、笑い方も話し方も全てマネをした。

 だって、私も認めて欲しかったから。


「いつだって私の味方はあなただけね」


 語りかけても答えてはくれない人形を強くだきしめた。

 私とあの子。

 まったく同じ顔に同じ声。


「双子なんて大嫌い。唯奈ゆいなもお母さんも大嫌い!」


 そう。私たちは双子だった。

 それなのに、いつでも誰にでも受け入れられる可愛い妹と、何をしてもうまくいかない私。

 ただ親戚たちが集まる今日だけは、私なりに頑張ったはずだった。

 でも結果は……。

 一階から、大人も子供もはしゃぐ声が聞こえてくる。

 そして外からは大きな花火の音がした。

 何にも楽しくない。

 人が多いだけ、余計に一人は寂しい。


「あれぇ? ああ、こんなトコにいたのねーさん」


 誰も入れないように子どもながらに布団などで作ったバリケードを崩し、唯奈が部屋に入ってきた。


「ねぇ、なぁんでみんなと一緒に遊ばないのぉ?」


 知ってるくせに。

 ホントに嫌い。


「唯奈には関係ないでしょ。一人にしておいて」

「え~? でもぉ、こーんな日に一人だなんてかわいそうでしょ」

「かわいそうだなんて、誰が言ったのよ」

「あはははは。だぁれも言ってないけど~」


 私は涙を堪えながら、唯奈を睨みつける。

 知ってる。知っていた。

 わざわざ言われなくても、もうずっとずっと前から。

 私のことなど、誰もかわいそうだとも、心配すらもしてないことなど。

 そして唯奈もそんなことなど知っているのに。


「大嫌い」

「そう? わたしは大好きよ、ねーさん」


 どういう意味の大好きなの。

 自分だけがみんなに優しくされるから?

 同じ顔なのに自分だけ愛されるから?

 ああ、ホントに大嫌い。

 いなくなりたい。ううん。どっか行ってよ。

 唇を噛みしめて、叫び出したくなる気持ちを抑え込む。


「ねぇ、ソレ貸して?」


 私の手から唯奈がくまの人形を取り上げた。


「やめてよ、私のくまさん。返して!」

「いいじゃない。もうクタクタのくまさんなんて」

「やめてよ。大事なの! 触らないで、私のくまさん‼」


 唯奈が取り上げたくまの人形を取り返したくて、くまの足を引っ張る。

 唯奈には触って欲しくなかった。

 私の大事な大事なただ唯一の味方。

 私にはこの子しかいないのに。

 唯奈はいつもみんなに愛してもらってるじゃない。

 なのに、なんで私のものに手を出すの?


「やめてよ。返して。くまさんを離してよ」

「ちょっとぐらい貸してくれたっていいでしょ」

「嫌よ、私のくまさん」

「なに喧嘩してるの!」


 私たちの大きな声に気づいたのか、母が二階の子供部屋まで上がってくる。

 そして一つの人形を取り合う私たちを見つけた。


「おかぁさん、ねーさんがお人形さん貸してくれないのぉ」


 人形をぱっと離し、泣きマネをしながら唯奈が母の足元にしがみつく。

 今まで泣いてなんてなかったのに。


「お姉ちゃんなのに、なんで人形ぐらい貸してあげないの!」


 鬼のような形相で母は私の手から人形を取り上げた。


「私のくまさん! 返して。嫌だぁぁぁぁぁ」


 こんなにはっきりと母に自分の主張をしたことなどあったかだろうか。

 でもどうしても、渡したくない。

 母が取り上げた人形を抱え、母の後ろで意地悪そうに微笑む唯奈と目が合う。

 いやだいやだいやだいやだ。

 私は仁王立ちする母の横をすり抜け、そのまま唯奈に掴みかかった。


「やだ、ねーさん離してよ」

「じゃあ、くまさんを返して。私のくまさん! 返して、返して、返して!」

「いい加減にしなさい」


 母は私を力一杯唯奈から引き離す。

 ドンっという鈍い音がした。

 背中に鈍い痛みが走る。

 母の力で私は壁にまで大きく吹き飛ばされたのだ。

 痛くて悲しくて、涙でぐにゃりと世界が歪む。


「うわぁぁぁぁぁぁ」


 私は悪くないのに。悪いことなんてしてないのに。

 どうして。どうして。

 どうして母さんはいつだって唯奈の味方で、どうして私を愛してくれないの?

 痛みから大きく泣き叫ぶ私に、母が顔をしかめた。

 唯奈ですら、その場で固まって動きはしない。


「どうして唯奈はこんなにいい子なのに、あんたは聞きわけがないの!」


 私が悪い子なの?

 言うことを聞かないから?

 私のことなんて見てもくれないくせに。


「うわぁぁぁぁんっ」

「あんたは今日はご飯抜きよ。そのままそこで泣いてなさい」


 母はそう言いながら、唯奈の手から人形を取ると私に放り投げた。

 そして唯奈の手を引き、下へと降りていく。


「くまさん、私のくまさん……くまさん、くまさん。うぇぇぇん。痛いよぅ……痛いよぅ」


 私の涙が、くまの頬を伝う。

 まるで一緒に泣いてくれているような、そんな気がした。

 くまさんだけがこの世界で唯一の私の味方。

 この子さえいれば、私は大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。
 
 そしてぼろぼろとこぼれ落ちていく涙を隠すように、私は強く抱きしめた。
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