ゆるりと春

なつめのり

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さっちゃんの落し物

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その日の一時間目の授業は数学だった。
比較的ゆるい授業でお馴染みのおじいさん先生の授業だ。

先生は教室に入ってきて出席をとってから
目を閉じる彼を見て、顔のシワを更に深くさせて苦笑いをする。

「春原くん。」
「・・・」
「なんでもう寝てるんですかね。」

隣を見ればいつも通り彼は夢の中。
ただやっぱり突っ伏してはいない。謎のポリシーは譲れないらしい。ほんと意味わかんない。

先生はため息をついた後私の方に目を向けて、起こして、と春原くんを指さす。

「春原くん。起きて。」
「・・・。」
「先生、起きません」
「秋山さんももうちょっと頑張ってみようか。」

1回で諦めた私に先生が再度声をかける。
仕方なく今度は肩を揺すってみたけれど起きる気配はゼロ。
先生も仕方ないですねえ、とため息をつく。

そこは流石ゆるい授業でお馴染みの先生。
寝ている春原くんを放置して授業を開始した。




「次移動教室だっけ?」
「そう、めんどくさいな~。」

休み時間、席でさっちゃんにそう聞けばだるそうな返事が返ってくる。

春原くんは頭を揺らしながら寝たままで、その前の席に座った塚田くんは笑いながら春原くんの手にマジックで落書きをしている。
小学生かよ。

私とさっちゃんの冷たい視線に気づいたのか、塚田くんはマジックを引っ込めてから
そういえば、とさっちゃんの方へ向き直った。

「シャーペン見つかった?」
「いや全然。・・・ていうか下敷きもなくなってた。」
「まじかよ!それ大丈夫なの?」

さっちゃんの言葉に塚田くんは眉を寄せる。
私も思わず顔を顰めてしまった。

そう、実は最近小さな事件が発生している。


事の発端は2週間ほど前。

さっちゃんが愛用している緑色の細長くて足と腕が生えててでも体はなくて、、まあよく分からないさっちゃんお気に入りのキャラクターが印刷された
シャーペンが無くなってしまったのだ。

落としたのかもしれない、と色んな場所を探してみたのだが見つからず。

かなり落ち込んでしまったさっちゃんだが、
その時はただ不注意で無くしてしまったと思い、諦めた、のだけれど。

その無くしてから今日までの間に更に英語のノートが無くなり、
そして本日新たに下敷きが無くなってしまったというのだ。

これは偶然ではないだろう。

「先生とかに言った方がいいんじゃない?」
「いやでも自分で無くしただけだったら恥ずかしいし。それにお金とかが無くなった訳じゃないしさ。」
「そうだけどさー!」

ふくれっ面をする私の頭をさっちゃんがポンポン、と叩く。

確かに高価なものではないかもしれないけど、さっちゃんの私物を本当に誰かが盗んでいたとしたら、それはれっきとした犯罪だろう。

「また何か盗まれたの?」
「わっ!びっくりした・・・。春原くん、おはよう。」

隣から急に声が聞こえてつい大声を出してしまった。
そんな事を気にする素振りもなく、春原くんはおはよう、と返事をしてから大きくあくびをする。

「そう、下敷きが無くなった。」
「それは困るね。誰かに盗まれたんじゃない?」
「そんな物好きいないでしょ。」
「「いやいるな。」」

塚田くんと見事にハモってしまった。
さっちゃんは不思議そうな顔をする。春原くんは2度目の大きなあくび。

本人に自覚はないが、陸上部のエースで運動神経抜群。そして女子とは思えない(失礼)サバサバとした性格もあり彼女は男女問わず人気が高い。
・・・いやむしろ、女子からの方が人気かもしれない。

そんなさっちゃんのファンは多くいるのだが、本人はその事に全然気づいていなくて。

この盗難事件(?)の事も大して気に留めることもなく、話題は他の事へと逸れていくのだった。




「わー、混んでるねー…。」

お昼休み、私とさっちゃんは購買に来ていた。
目当ては私のお昼ご飯。普段はお弁当なのだが、今日はお弁当を家に忘れてきてしまったのだ。何という失態。

小さな購買には多くの生徒が群がっていて、しばらく近づけそうにない。
仕方なくさっちゃんと共に購買の近くの椅子に腰掛ける。

「何買うの?」
「メロンパンとりんごデニッシュ。」
「うわ甘。」
「怖いよね分かる。でも食べられちゃうんだよね。」

若干引き顔のさっちゃんに私も大きく頷く。ちゃんと分かってるんだよ、でも全然食べられちゃうんだよね、なんなら一緒にいちごミルクも飲めちゃう。

その後も人が少なくなるまでさっちゃんと話していれば、購買以外にもう一つ、小さな人だかりが出来ているのに気づいた。

「あれなんだろう。」
「さあ…。」

さっちゃんも首をかしげる。
よく見るとその塊はほとんどが女子生徒で、みんな同じ方向を見つめている。
その先を見れば。

…ああ、なんだ。

「花ちゃんか。」

そこにいたのは笑顔で男子生徒と会話する花ちゃんで。
まあイケメンだもんね、顔は。喋らなければいいのに。

…けれどこんなに人が集まっているのは久しぶり見た。
花ちゃんが赴任して来た時以来だろうか。

そんな私の疑問を感じ取ったのか、
さっちゃんが顎で花ちゃんを見るように促す。

「…花ちゃんだけじゃないんじゃない?」
「へ?」
「ほら、花ちゃんと話してる人。」

花ちゃんと会話をしている男子生徒は、四角い眼鏡をかけていた。ほんとに四角い。カックカク。
胸元にはきっちりとネクタイを締めていて、夏場はワイシャツのボタンを開けてしまう男子生徒が圧倒的に多い中で珍しい。
しかし特にイケメン、というわけではない。

…でもなんか、
どこかで見たことがあるような?

2人をじっと見つめて考え込む私に、さっちゃんがため息をつく。

「あんた自分の学校の生徒会長覚えてないの?」
「…あ!!」

なるほど、どおりで見た事あるわけだ。

そう納得すると同時に、女子生徒が集まっていた理由も理解する。

いつでも凛とした佇まいに、大勢の前でも堂々と話す姿。
成績も優秀で、先生達からも一目置かれているという生徒会長。
特別かっこいい、というわけではないが生徒からの人望は厚く。

そんな会長と花ちゃんが2人で話しているものだから、みんなの注目を集めたのだろう。

…なるほど、納得納得。

そんな事を考えている間に購買はすっかりと落ち着き、私達の興味は生徒会長から購買へと移る。

…メロンパン残ってるかなあ。





「あ、秋山。丁度いい所にいた。」
「私忙しいんで帰りますそれでは。」
「いやいや待てよ。」

放課後、部活へと向かうさっちゃんと別れて廊下を歩いていれば花ちゃんに声をかけられた。

花ちゃんの手にはたくさんのノートが積まれていて。
・・・いや予感しかしない。

「俺これから職員会議でさー。」
「・・・。」
「誰がこのノートを生徒会室に届けてくれる人を探してたわけよ。」
「・・・。」
「いやー、助かった助かった。」

さすが秋山、持ってるよなあ。そう言いながら花ちゃんは笑顔で私に近づいてくる、恐ろしい。

「じゃ、頼んだ。」
「いや!無理です私も忙しいんで!」
「なんかこの後予定あんの?」
「・・・愛犬の散歩に行かなきゃ。」
「お前犬飼ってないだろ。」

なんで知ってるの!?と驚けば、花ちゃんはほんとに飼ってねえのかよ!と私の頭を小突く。
くそう、カマかけられた。私とした事が何たる失態。

そんなこんなで私はノートを生徒会室まで運ぶ事になってしまったのである。



「・・・おっも・・・。」

大量のノートを抱えながら階段を上る。

生徒会室は4階。なんとか中間の2階まではたどり着いたが、あと2階分も階段を登らなくちゃならない。

積み上げられたノートで視界も悪く、ゆっくりと注意しながら進む。今まで何度転びそうになったことか。

・・・花ちゃんめ。ていうか本当に職員会議はあったのかね。
ただ持ってくのが面倒くさかっただけなのでは・・・いや、それは流石に疑いすぎか。

・・・でも花ちゃんならありえるな。


「・・・ん?」

そんな事を考えながら歩いていれば、急に腕が軽くなって視界が広がる。

誰だろう、と横を向けばそこに立っていた彼は眠そうに欠伸をして。

「大丈夫?すごい怖い顔してたけど。」
「うん、大丈夫。ちょっと花ちゃんの人間性について考えてたの。」
「そっか。それは大変だ。」

大して大変だとは思ってなさそうなトーンで春原くんは頷く。
ありがとう、とノートを持ってくれた彼にお礼をいえば、春原くんはもう一度欠伸する。

「これどこに持ってくの?」
「生徒会室。花ちゃんに頼まれちゃって。」

私の言葉にそっか、と頷いた彼はさらっと私が手に持っていた残りのノートも彼の腕へと移した。

「わっ、春原くんいいよそんな!」
「暇だから手伝うよ。」
「ありがとう。でもちょっとだけでいいよ!」
「あんなフラフラしながら運ばれたら危なっかしくて見てられないって。」
「うっ・・・。いやでも!頼まれたの私だし!」

私の言葉にうーん、と考えた春原くんは
結局2.3冊のノートを私の腕に乗せる。

「これで充分。」

そう言って春原くんは一緒にノート運びを手伝ってくれた。



2人で生徒会室を目指し階段を上る。
ほとんど春原くんが持ってくれているため、さっきよりも全然歩きやすい。

横を見れば、春原くんは重そうな素振りは少しも見せずにすいすいと階段を登っていく。

春原くんの優しさを感じつつ、
細身ですらっとした春原くんのどこにそんな力があると不思議に思う。

「・・・身長はそんなに変わらないのになあ。」
「もう1回言ってみて?」
「ナニモイッテマセン。」

思わず口からこぼれた言葉に春原くんが素早く反応して、私の方を見た。

口元に笑みは浮かんでいるが、目は全く笑っていない。

春原くんの身長は私よりは高いが、さっちゃんとほとんど同じか少し小さいくらい。
男子としては小さめで。

「身長低くても別に困らないですもんねハハハ。」
「え?誰が身長低いって?」
「・・・ハハハハ。」

フォローするつもりが逆効果。
春原くんに身長の話は禁句なのだ。

・・・どうしよう、春原くんの笑顔が怖い。

その後必死のフォローでなんとか話を逸らせたが、
次口を滑らせたら私の命はないのかもしれない。気をつけよう。






「失礼しまーす。」

コンコン、と2度ノックをすればどうぞ、と部屋の中から返事が返ってくる。

生徒会とはほとんど関わりのない私は生徒会室に入るのは初めてで。・・・なんか少し緊張。

ゆっくりとドアを開ければ、中には2人の人がいた。

1人は机に向かって何か書類のようなものに文字を書きこんでおり、もう1人は壁側にズラリと並べられている多くの本に手を伸ばしている所で。

「あら、どうしたの?」

本に手を伸ばしかけていた女性は不思議そうに私たちを見つめ、そして手元のノートに目線を移す。

「・・・ああ!もしかして花巻先生に頼まれたの?」
「そうです。」
「そっかそっか!ありがとう。」

そういって彼女はふんわりと微笑む。

女の私でも見惚れてしまいそうなくらい綺麗な顔立ち・・・いや、顔だけではない。美しいオーラが溢れ出ている。そしていい匂い。

「2年生?初めましてかな。副会長の湯川舞ゆかわまいです。」

そう自己紹介した彼女は、微笑んだまま1歩私たちに近づいた。

・・・そういえばこの声はよく聞いたことがある気がする。
生徒集会などの司会は副会長が務めているのだろう。

「彼のことは分かるかな?生徒会長の須藤すどうくん。」

舞先輩の紹介で、机に向かっていた男の人が手を止めて顔を上げる。

きっちりと着こなした制服に、カックカクの眼鏡。彼のことは分かった。
・・・なんせ今日の昼に覚えたばっかだからね。

会長は特に何かを言うことはせず、小さく会釈をしてからまた作業に戻る。

「ごめんね、重たかったでしょ。」

いえ、と短く答えた春原くんに、
花巻先生いつも溜めちゃうのよね、と舞先輩は少し困ったように微笑む。

ノートを生徒会室の机の上へと移した私達は、手を振ってくれる舞先輩に会釈をしつつ、
教室を後にした。


「・・・ねえねえ春原くん。」
「なに?」
「舞先輩、いい匂いしたね。」
「・・・」

「・・・秋山。」
「はい。」
「気持ち悪い。」
「ごめんなさい。・・・えへ。」

春原くんにドン引きされちゃいました。






「やってしまった・・・。」

自販機の前で1人ため息をつく。

私は甘いものが好きだ。
特に飲み物ではミルクココアが好きで、学校の自販機では決まってココアを買うことがほとんど、なのだが。

「はあ・・・。」

今私の手に握られてるのは缶コーヒー、しかもブラック。

・・・前から思ってたんだよ。
なんで隣がブラックコーヒーなんだよ、って。
絶対誰が押し間違えちゃう人いるよね、ってさっちゃんと話してたのに。

・・・私が見事に押し間違えました、ええ。

はあ、と何度目か分からないため息がこぼれる。

苦いものは苦手だ。
カフェオレですら飲めるか怪しいのに、ブラックなんて飲めるわけがない。

「・・・無念。」

ただいま金欠の私、本日の所持金は230円。学校の自販機の設定価格は120円。買い直そうにも10円足りない、なんて事だ。

仕方ない、ココアは諦めてコーヒーはさっちゃんにでもあげよう。

最後にもう一度はあ、とため息をついて教室へと戻ろうと自販機に背を向ける。



「あれ、秋山。なにやってんの?」
「・・・おお、塚田くん。」

そんな時、横から声をかけられ振り返れば、そこに立っていたのは爽やか代表塚田くん。

「何でそんなテンション低いの。」
「自分の間抜けさに悲しんでいた所だよ。」

手に持っていた缶コーヒーを塚田くんに見せて、今までの経緯を説明する。

私の話を聞いて塚田くんはははっ、
と明るく笑って。

「ほんと間抜けだな。」
「そんな爽やかな笑顔で言わないでもらっていい?」

バッサリ言われた。秋山泣いちゃう。

「いいよこれ、塚田くんにあげる。」
「いいの?」
「うん。私飲めないし。」

そう言って塚田くんにコーヒーを渡せば、さんきゅ、とまた笑う。うーん、やっぱ爽やか。

「そういや秋山いつもココア飲んでるよな。」
「だっておいしいもん。」
「俺も甘いものは好きだけど、この自販機のはちょっと甘すぎるなあ。」

そう言って塚田くんは眉を下げて笑う。

そんな会話をしているうちに鳴ったのは休み時間の終了を告げるチャイム。

「また後でね。」
「おう。」

1度部室に用があるという塚田くんに手を振って、教室へと歩き出した私。



「秋山。」

ガコン、という自販機の音と共に、塚田くんに名前を呼ばれる。

「わ!!」

振り向いた瞬間、塚田くんから投げられた何か。
それをギリギリキャッチすれば、ひんやりと手に冷たい感触を感じて。

あっちゃー、と塚田くんはわざとらしく頭を抱える。
そして、私の手元にある缶ジュースを指さした。

「悪い、間違えちゃったからもらってくんない?俺飲めないからさ。」

そう言ってからじゃあな、とひらっと手を振って部室の方へと歩いていく。



「・・・さすが爽やか代表。」

塚田くんが去った後、自分の手元を見れば、そこにあるのはミルクココア。

今度またお礼を言おう、と思いながら教室へと再び歩き出せば、授業開始のチャイムが鳴った。
・・・嘘でしょ。遅刻決定。






ピロピロ、とスマホの着信音で目が覚めた。

夕食後、ベッドでごろごろするのが日課な私は
そのまま寝落ちしてしまう事が多々あって。

「んー・・・」

今日も例外ではなく、
つけっぱなしの電気が眩しくて目が開けない。

「・・あら。」

音だけを頼りにスマホを探り当てて画面を見れば、
そこに表示されていたのはさっちゃん、の文字で。

さっちゃんから電話なんて珍しい。
どうかしたのかな。

『もしもーし。』
『・・もしかして寝てた?』
『違うよ断じて寝るつもりはなかったんだよ、ただなんか自然に目がね、閉じてきてね、』
『はいはい寝落ちてたんでしょ。』
『・・その通りです。』
『課題は?』
『・・やったよ、漢字練習だよね。』
『そんな課題出てないわよ、小学生か。』

もちろんやっているわけがない。

ちらりと時計を見れば現在は20時30分過ぎ。
よかったよかった、今日は傷が浅い。
電話かけてくれてありがとうさっちゃん。

まだ外にいるのだろうか、さっちゃんの声には時々風の音が混じって。


・・・なんだろう。なんか。

『・・さっちゃん。』
『なに?』
『なんかあった?』

私の問いに電話の向こうでさっちゃんが黙る。

なんかあった、というのは電話をかけてきた理由もそうだけど、
心なしかさっちゃんの声色がいつもと違う感じがして。

少し、震えているような。

『・・結依、お願いがあるの。』

少しためらってから、声のトーンを下げてそう言ったさっちゃん。

『なに?』
『・・明日全部話すからさ、とりあえずしばらく電話つないでてくれない?』
『全然いいよそんなの。』

そう言ったさっちゃんはやはり少し変で。

心配になるけど、明日話すと言ってくれてるんだから
今無理に聞くこともないだろう。

『ありがとう。』
『可愛い可愛いさっちゃんのお願いなら結依ちゃん何でも聞いちゃうよふふふ。』
『・・きも。』
『ガチのトーンで言うのやめてくれない?』

ははっ、と電話越しにさっちゃんが笑う。

それから数十分電話を続け、その後お風呂に入った私は
課題をやることなく(おい)寝てしまうのであった。






「えええ!?誰かにつけられてた!?!?」


思わず大声を出してしまえば、
さっちゃんにバシッと頭を叩かれる。結構強かった、いい音した。 

涙目で痛みを訴える私の頭を、「ごめんて」と言いながら
今度はポンポン、と優しく叩く。
・・・くっそう、なんだこの天然タラシめ。

いやでもこれは大声が出てしまうだろう。
横を見れば塚田くんも口をパクパクさせていて。

「ストーカー確定じゃんそんなの!」
「だだだだよね、塚田くんどうしよう、」
「警察だよ!警察に通報しなきゃ」
「えっと警察は・・・何番だっけ!?」
「そこ忘れちゃダメだろ!」

「2人ともうるさい。落ち着いて。」

さっちゃんの鋭いツッコミを浴びた私達。
一旦落ち着こうとする、も。

「・・・いや落ち着けないよ!だって完璧ストーカーじゃん!?」

私の言葉に塚田くんが大きく頷く。


今朝、昨日の事を聞こうとさっちゃんに声をかければ、
さっちゃんの口から出たのは驚きの言葉で。

『ありがとね電話。』
『全然。どうしたの?』
『昨日なんかさ、誰かがずっとついてきててさ。』
『・・・は?』

その言葉に隣で俯いていた(というより寝ていた)春原くんも、そんな春原くんにちょっかいをかけていた塚田くんも顔を上げる。


さっちゃんの話によると。

昨日の学校の帰り道、1人で暗くなってしまった道を歩いていたさっちゃんは、学校から少し離れたあたりで誰かが後ろにいる事に気づいた。人通りも全くないわけではなかったため、最初は特に気にせず歩いていたらしい。

しかし近すぎず離れすぎずの距離がずっと崩れない事、さっちゃんが振り向けば顔を隠すように俯く事から、違和感を覚え始めて。

試しに反対方向へと戻ってみればその人も同じように逆方向に歩き出した事から、つけられている、と気づいたそうだ。


「それで誰かと電話繋いだ方がいいかなって思って電話したの。」
「なんでその場で言ってくれなかったの!すぐ迎え行ったのに!」
「なんかされた訳じゃなかったし、勘違いだったら嫌じゃない。」
「・・んもう!さっちゃんの馬鹿!無事だったからよかったけどさ!」

思わずさっちゃんに抱き着いてしまった私。
私の言葉に塚田くん春原くんも頷いて。

「・・その人の特徴は?身長とか。」

春原くんの質問にさっちゃんはうーん、と斜め上を見る。

「身長はそんなに高くなかったと思う。」
「服装とかは?」
「・・・暗かったからなあ。・・・でも。」

一瞬とても不安そうな顔をして、でもそれを隠すかのようにため息をついて笑った。

「ネクタイ、多分してて。・・・うちの学校のだったかも。」

それと同時にチャイムが鳴って、
立ち上がってた生徒たちが席へと戻り始めた。

まあ勘違いかもしれないけどね!そう言い残してさっちゃんは自分の席へと戻って行く。この学校の、生徒。さっちゃんのストーカーが今も近くにいるかもしれない、という事。

さっきの不安そうなさっちゃんの顔が、なかなか頭から離れなかった。




その後、ストーカー(?)事件の事はとりあえず花ちゃんにだけ伝えとくことにして、しばらく様子を見るという事に決まった。部活帰りは出来るだけ1人では帰らないようにする、とも決めて。

何かされた訳ではないし、本当に勘違いかもしれないし大げさだよ、とさっちゃんは笑っていたけれど。
・・・もちろん心配である。だってこんなの完璧にストーカーじゃないか。しかも、この学校の生徒かもしれない。

そしたら無くなったシャーペンやノートも関係あるのだろうか。いつどうやって盗んだのだろう、さっちゃんの後をつけてどうするつもりだったんだろう。お家を特定するとか?いやでも・・

「・・・ねえ。」

不意に声がして顔を上げれば、
目の前にあったのは相変わらず眠そうな彼の顔。

「何回も呼んでるんだけど。・・ホームルーム終わったよ?」
「・・ごめんボーっとしてた。」

春原くんの言葉に周りを見れば、気づけば人がまばらになっていて。

さっきまで帰りのホームルームをやっていたはずなのに・・。
考え事をしすぎて意識が飛んでいたみたいだ。

私の顔を覗き込んで、
春原くんは少し呆れたように眉を下げる。

「白河の事考えてたの?」
「・・・うん、そう。」

春原くんの言葉にまた意識が考え事がはじまってトリップしかけた私。
ふああ、と一度欠伸をした彼は、私の名前を呼んで。

「・・秋山。」
「なに?」
「無い頭で考えてどうするの。」
「なんで急にディスり始めた?」

失礼だこの人は。

「考えても分からない事は分からないよ。」
「・・・そうだけど、」
「とりあえず花ちゃんも動いてみるって言ってたし。
秋山がそれでずっと頭悩ませてたら、白河だって罪悪感持っちゃうと思うよ。」
「・・・。」

俯いた私の頭を、
春原くんが持っていたノートで一度優しく叩く。

「心配なのは分かるけどさ。俺らだって出来ることやるし。」
「・・・うん。」

春原くんの声が優しくて、
焦っていた心が凪いでいく。

失礼だ、と思った彼は
どうやら私を元気づけてくれようとしたみたいで。

「だから、考えすぎない事。分かった?」
「・・・分かった。」
「よろしい。」

私がそう返事をすれば
頭上でふっと春原くんが笑った気配がする。

更に人が減っていく教室を一度見まわして、
彼はもう一度私の名前を呼んだ。

「帰ろう。花ちゃんにまた雑用頼まれたら大変だ。」
「そうだね。それは困る。」
「・・そういえばホームルーム中に名前呼ばれてたよ。」
「え、わたし?」
「そう。考え事してて気づいてなかったみたいだけど。」

秋山め、またボーっとしやがって、って言ってたよ、
なんてことを春原くんが涼しい顔で言う。

「うそ!あの人絶対根に持つじゃんそんなの!」
「根に持つねえ。」
「それこそまた雑用頼まれそうだよ・・ああどうしようやらかした。」
「まあ嘘だけど。」
「・・・。」

隣を見れば、彼は涼しい顔のまま。

「・・サラッと嘘つくのやめてもらっていい?」
「ごめん。」
「思ってないでしょ。」

ジトッと横目でにらめば、
彼はその視線さえサラリと受け流す。

「・・・春原くん、やっぱ意地悪。」

私の言葉に彼はまたふっと笑って、
さ、帰ろう。と教室のドアを出るのだった。





「あら、この前の。」

移動教室に向かっていた途中。
廊下を歩いていた私の背中に誰かから声がかかる。

「あ、舞先輩、会長。こんにちは。」
「こんにちは。移動教室?」

振り向けばそこにいたのは微笑む舞先輩と、
軽く表情を緩めて手を上げる会長で。

「そうです。先輩たちは?」
「私たちはこれから教務室に行くの。出さなきゃいけない書類があって。」

よく見れば会長の手にはプリントが握られていて、これを届けに行くのだろう。
・・・生徒会役員は色々大変だなあ。

少し次の授業まで時間があったためそのまま立ち話をしていれば、突然小さな悲鳴が上がって、バサバサバサと何かが落ちる音がした。

「おいー、なにやってんだよー!」
「悪い!勢いあまりすぎた。」

驚いて振り向けばそこには男子の塊。

どうやらじゃれて遊んでいる最中に1人の筆箱の中身を落としてしまったようだ。

「あらら。」

少し距離があったため、拾うのを手伝おうか手伝わないか迷ってしまった私。
そんな私を尻目に、一切の迷いなく動きたしだのは会長だった。

「悪い舞。これ少し持っていられるか。」
「うん。」

持っていたプリントを舞先輩に預けて、会長はスタスタと歩き出す。

「はい。」
「あ、ありがとうございます。」

中身を拾うのを手伝った会長は、
転んだ男子生徒を見て、少し眉をひそめる。

「・・す、すいませんでした!!」

相手が会長であった事、廊下で騒いでいた事から怒られると思ったのか肩をすくめて謝る男子たち。

しかし会長の視線は彼の手へと向かっていて。

「指。」
「・・え?」
「血が出ている。よかったらこれを。」

ポケットから絆創膏を取り出した会長は、
絆創膏を筆箱を落とした彼に渡す。

「あ・・りがとうございます。」

ポカーンとした顔のままお礼を言った男子に、
会長は少し微笑んで。

「廊下で話すのはいいが…怪我はしないようにな。」

ズキュンッ、と心臓が射抜かれる音が聞こえた気がした。
・・・いや、私の心臓じゃなくて。

「はっ、はい!!」

筆箱を落とした彼の心臓だ。
その瞳は数分前の数倍キラキラしている。ああ、これはもう。

「・・落ちたわね。」
「落ちましたね。」

舞先輩のつぶやきに頷く。

心なしか顔が赤くなっている気もする。
恋か、恋してしまったのか少年よ。

会長の人望が厚い事は以前さっちゃんから聞いていたけれど、なるほど。
こういう優しさも、彼が人を引き付ける理由なのだろう。

「会長、優しいですね。」

私の言葉に今度は舞先輩が頷く。
しかしその顔にはなぜか苦笑いが浮かんでいて。

「優しいよ、すごい。・・優しいんだけどねえ。」
「・・・?」
「不器用すぎるところ、あってさ。」

そう言って舞先輩はため息をつく。
・・ああ、でも確かに不器用そうな感じはするなあ。

「不器用すぎてね、もう本当に・・・」
「舞、そろそろ時間だ。」

何かを言いかけた舞先輩の後ろから会長が声をかけて、
腕時計を見た先輩はあら、と声を出す。

「本当だ。ごめんね引き留めちゃって。間に合うかしら?」
「いやいやそんな!全然間に合います。」
「またお話しましょ。」

そう言って手を振ってくれた舞先輩に続いて、
それじゃあ、と会長も声をかけてくれる。

ペコリと礼をして私も時計を見れば、
やばい、あと一分。急がなければ。





「・・・覚悟はいいかお前ら。」

花ちゃんの声が教室にやけに静かに響く。

ゴクンとつばを飲み込んで、
自分がかなり緊張している事に気づく。

こんなに心の底から何かを願うのはいつぶりだろうか。

私の記憶が正しければ…そうだあれは確か、小学校2年生のクリスマス。まだサンタさんの存在を信じていた私は、当時流行っていた戦隊ものの変身道具が欲しいと願ったのだ。

結局欲しかったものは手に入ったのだが…、あの日の事は鮮明に覚えている。

ゴソゴソ、という物音で目を覚ましてしまった私は、部屋の中に誰かがいる事に気が付いて。サンタさんだ!!なんて気持ちを高ぶらせた私は、その姿を一目見たいと布団から少しだけ顔を出したのだ。

その時私の目に映ったのは何やら黒いズボン。あれ?サンタさんって赤い服着てるんじゃないの?なんて思った私が視線を徐々に上に挙げれば、上着も真っ黒で、見たことがありすぎるその服はいわゆるスーツ・・・いや、もうやめよう。
ね、自ら幼少期の傷をえぐることは無い。

「いくぞ!」

花ちゃんの掛け声に続いて、
皆の声が重なる。

ああ、どうか神様お願いします。

「「「最初はグー、じゃんけんポイッ!!」」」

負けませんように!

右を見ればグー、グー、グー、チョキ、グー、グー。

そして私は、チョキ。

「はい体育祭実行委員は秋山と森田もりたに決定!」
「そんな・・・!!」

勝ったクラスメイトが喜びの歓声を上げる中、私の口からはため息がこぼれた。

10月に行われる体育祭。
その体育祭実行委員決めが、今日のホームルームで行われていた。

私たちの体育祭は、毎年文化祭と同じくらい盛り上がる。
全てのクラスが優勝を狙っており恐ろしいくらいにガチなのだ。

体育祭の準備、種目の振り分け、クラスの練習日程の調整など、ガチな分体育祭実行委員の仕事は大変で毎年誰もやりたがらない。

そのためジャンケンで負けた2人がやる事になったのだが。

「秋山・・よろしくな・・。」
「よろしく、森田くん・・。」

見事負けたのは私と坊主頭の彼、野球部員の森田くん。
お互いの顔を見て苦笑い。2人して一瞬で老けた気がする。

「ほら2人とも覇気がないぜー!元気出してけって!」

そう言って私たちの肩を叩くのはにやにや笑う花ちゃんで。
くっそう、むかつく。

「秋山、さすがだね。」
「・・それ馬鹿にしてるよね?」
「してないしてない。」

席に戻れば寝ていたはずの春原くんは顔を上げて私にそう声をかける。
そんな彼の口角は少し上がっていて。
・・明らかに馬鹿にしてますね、はい。





「じゃあね実行委員、また明日。」
「実行委員、日誌書くの頑張って。」
「おお体育祭実行委員。気をつけて帰れよ~。」

「とりあえず一回ずつデコピンでもいいですか?」

放課後、日直のため日誌を書いている私の背中に声がかかる。ちなみにさっちゃん、塚田くん、花ちゃんの順。煽りすぎじゃない皆、私全然泣くよ?

次々と教室から人が減っていく中、
日誌を書き終えた私は、集めた提出ノートと共に日誌を運んで。

カバンを取りに教室に戻ろうと廊下を歩いていれば、先ほどまで騒がしかった校内は静かになっていた。
・・騒がしかった教室が静かになったこの時間、なんとなく好きだなあ。

なんて思って教室に足を踏み入れようとすれば視界に誰かの制服が映る。

・・・あれ?誰かいる?

誰か忘れ物でもしたのかな、なんて特に深く考えずにドアを開く。その音に、中にいた誰かはとても驚いて。

「・・っ!」
「えっ!!」

あまりの驚きように私も驚いてしまった。
いや、驚いた理由はそれだけじゃなくて。

「・・須藤先輩?」

そこにいたのは同じクラスの生徒でも同じ学年の生徒でもなくて。この学校の生徒会長、須藤先輩。
・・よかったやっと名前を覚えられた、じゃなくて。

「・・そこ、さっちゃんの机・・」

会長がいたのはさっちゃんの机の前。
そしてその手には、よく分からない緑の物体が描かれた、シャープペンシル。

「まっ!これは!違くて!!」

私を見て驚いたまま固まっていた会長だが、私の言葉に焦ったようにそう言った直後、教室の前のドアから走り出す。

「えっ!ちょっと!え!!」

まって、情報量多すぎて秋山パニック状態です。
それでもとりあえず追いかけなきゃ!と私も教室を飛び出す。
・・・が、当然の事ながら。

「っ・・疲れた・・!」

運動音痴の上運動不足の私。
当然会長に追いつけるわけもなく、その距離はどんどん開いていく。

どうしよう、どうするのが正解だろう、
と思いつつとりあえずは走り続けていたのだが。

走るのに一生懸命な私、足元にあった廊下のゴミ箱をよけられず。あっ、と思った時には時すでに遅し。
・・・こういう時って景色がスローモーションになるよね。

ベチン、と間抜けな音を出して膝から転んでしまった。

「・・・!!」

転んだ音が聞こえたのだろう、
私より数十メートル先にいた会長がこちらを振り向く。
あ、止まってくれるんだ。

会長は私の方を見て、正面を向いて、そしてもう一度振り返って。

「・・・だ、大丈夫か?」

まさかの戻ってきてくれた。秋山驚き。

「大丈夫です。」
「っ!でも!血が出ている!!」
「あ、ほんとだ。」
「ど、どうする!絆創膏だ!あ、でも今日お昼に転んだ生徒にあげてしまった・・・!」

会長にいわれて自分の膝を見れば、
少しだけ血がにじんでいて。
そんな小さな怪我に私以上にあたふたする会長。

・・・なんか、この人。

「そうだ!保健室からもらってくる!」
「いいですよそんな。このくらい大丈夫です。」
「何を言っている!女の子に傷跡が残ったら大変だろう!」

悪い人じゃ、ないんだろうなあ。



「・・会長。」

保健室に行こうとする会長を呼び止める。

「なんで舞ちゃんのシャーペン持ってるんですか?」
「っ!」
「あ、いや!盗んだって思ってるわけじゃないですよ。あ、そりゃ最初は思いましたけど。でも今は。」

「会長は絶対いい人なんだなって思ったので。」

私の言葉に会長は驚いたように目を開いて、
そして、ふう、と息をついた。


「お話の前に、これ。」

会長が口を開こうとする前に、
後ろから聞こえてきたのは、けだるげな声。

声の主は私の前に屈みこんで、
絆創膏を膝に貼ってくれる。

「・・・何もない所で転んだの?」
「違うよ、ゴミ箱のせいだよ。」
「こんな大きいゴミ箱に気づかなかったの?」
「・・・だってゴミ箱が気配消してたから。」
「どういうタイプ言い訳?」
「ていうか春原くん、いつからいたの?」
「秋山が転んだ後くらい。」

間抜けな音したよね、と笑う春原くん。
怒りたいところではあるが、どうやら彼は転んだ私に会長があたふたしてるのを見て保健室に絆創膏をもらいに行ってくれたらしい。感謝。

私の膝に絆創膏を張り終わった春原くんは、
今度は会長に目を向けて。

「白河の後をつけてたのも、会長ですよね。」
「へー・・・、って、え!?!?」

そうなの!?
驚いて会長の方を見れば、
彼はもう一度息を吐きだして、ポツリと話し始めた。





・・・結論から言えば、
会長は舞ちゃんのストーカーではなかった。

ストーカーでは、なかったのだが。

「初めて彼女を見た時、辺りに爽やかな風が吹いたような感じがした。」
「・・・」
「勉学に励む姿は秀麗で、でも校庭で駆けている姿も美しくて。」

そう語る先輩はさっちゃんの姿を思い浮かべているのだろう、とても目を輝かせていて。
・・・どうやら会長は、さっちゃんのファン、らしい。割と熱狂的な。

会長ストーカー疑惑が始まってしまったのは数週間前。さっちゃんが会長の前でシャーペンを落としてしまった事がきっかけだった。

その時会長はまださっちゃんの存在を知らず、ただ普通に落ちたシャーペンを拾い、さっちゃんに声も掛けた。のだが、さっちゃんはその呼びかけに気づかず。

「もう一度声をかければよかったのだが・・あまりの美しさに見とれてしまって。」
「・・はあ、なるほど。」
「その後も!何度も返そうとしたのだが・・・」

女子と話すのが苦手な上、さっちゃんに心を射抜かれてしまった会長は、さっちゃんの美しさに勝てなかった(会長の言い方)らしく。

そんな時、移動教室で全学年が使用する生物室でたまたま見つけた忘れ物のノート。名前を見ればそれはさっちゃんの物だった。

「ノートも、シャーペンと一緒に返そうと思ったんだ。・・・あ、いや、でも少し。」
「少し?」
「使い終わっていたから・・・その、どうせ捨てるなら欲しいなとも、」
「春原くん、この人やっぱりクロかも。」
「僕もそう思った。」
「ちょっとまってくれ!!!」

そんなこと言わなきゃバレないのに、会長は顔を真っ赤にして下を向く。
・・・さてはこの人、ちょっと間抜け?

最後に無くなった下敷きは、忘れ物として最近生徒会室に届けられているらしい。

「さっちゃんの後をつけたのは?」
「断じてつけていた訳ではないのだ!学校では恥ずかしくて話しかけられないから、せめて2人ならと・・・!」
「それでも結局駄目だったんですか?」
「・・・その通り。」
「・・春原くんはなんで会長だってわかったの?」

俯いてしまった会長を横目に春原くんに聞けば、彼はああ、と頷いて。

「別に会長だって決めつけてた訳じゃないけど。でもシンプルに、ネクタイ。」
「ネクタイ?」
「白河が、ネクタイでこの学校の生徒かも知れないって思ったわけでしょ。」
「うん。・・・あ。」
「この時期ちゃんとネクタイ締めてる人なんて絶滅危惧種だよ。」

確かに。初めて購買で会長を見かけた時も、夏場なのにきっちり締めているネクタイに目が行った記憶がある。

「本当のストーカーだったらそもそも制服姿のままで後なんて着けないし、すごく危ない人の可能性は低いんじゃないかなあって思ってた。」
「なるほど。」

同じトーンで話し続ける春原くんを思わずジッと見つめてしまえば、かれは小さく首を傾げる。

「何見てるの。」
「・・いや、春原くんってポンコツに見えてそうじゃないなあって。」
「おでこ貸して。くぼみ作ってあげる。」
「えええなにそれ怖。」

絶妙な言い回しに余計に恐怖を感じました。





「本当にすまなかった。」

翌日、生徒会室に呼ばれた私とさっちゃんと春原くん、ついでに塚田くん。

「私からも、本当にごめんなさい。」

教室に入れば会長だけでなく、
舞先輩にも頭を下げられた。

『優しいよ、すごい。・・優しいんだけどねえ。』

『不器用すぎるところ、あってさ。』

廊下であったとき、そう言っていた舞先輩を思い出す。先輩が言ってた不器用さとはこういう所だったんだろうな。

「本当に悪い人じゃないんだけど、引いちゃうくらい不器用で。」
「うっ・・」
「中学生の時もクラスの女の子に直接話せないからって手紙送りつけちゃってね。
しかもメッセージじゃないのよ、自作の詩よ。誰得?って感じじゃない?」
「ううっ・・・」
「しかも下駄箱にほぼ毎日。恐怖体験よね。」
「舞先輩、そろそろやめてあげてください。会長死んじゃいます。」

普段の口調で淡々とディスり続ける舞先輩に、会長のHPはほぼゼロ。


「怖い思いをさせてしまってすまなかった。
君たちも、巻き込んでしまって本当にすまない。」

もう一度深々と謝った会長に、さっちゃんは笑って。

「そんな全然。気にしてないですよ。」
「いや、でも怖い思いをさせてしまった。」
「いやいや。全部物も返ってきたし、」

ていうか、とさっちゃん。

「私が落としたのを拾ってくれただけじゃないですか。ありがとうございます。」

そう言ってにっこりと笑う。

ズキュンッと心臓が射抜かれる音が聞こえた。
・・・いや、私じゃなくて。

「っ・・・そっそんな・・お、お礼を言われるほどの事では・・・!」

もちろん会長である。
・・この定型文、最近使った気がするなあ。

「あ、でもノートは使い終わりだし要らないかなあ。」
「!!」
「・・・須藤くん?」
「ごめんなさい。」

さっちゃんのその言葉に会長の目が輝いたのが分かったが、舞先輩の鋭い視線に即謝る。息ぴったり。




そんなこんなで今回のさっちゃんストーカー事件は大きな問題となることなく幕を閉じた。

のだが、秋山結依、ここで恐ろしい事に気づく。

「あの、会長。」

部活があるためと先に生徒会室を後にしたさっちゃんと塚田くん。教室に残っているのは私と春原くんと会長、そして舞先輩。

「・・下敷き、落とし物として生徒会室に届いたんですよね?」
「ああ、そうだ。」
「じゃあ誰のか分からない状態で届いたってことですよね?」

当たり前だろう、と会長は不思議そうな顔で頷く。

「じゃあなんで、さっちゃんのって分かったんですか?」

小学生じゃないんだから、下敷きに名前なんて書いてあるはずがない。
さっちゃんがいつもいつも使っている下敷きは黄色と青のストライプが入っていて確かに特徴的だけど、そんなのはいつも見ている私だから覚えたんだと思う。
私の言葉に会長は顔を真っ赤にして。

「ちっ・・違うんだ!その!美しいなと偶然廊下で会う度目で追ってしまって!その時にいつも持っていたから覚えてしまって・・・」
「・・・偶然会う度?」
「・‥。月曜日と水曜日の3限は移動教室で2階の廊下を通ることは承知している。」
「春原くん、やっぱこの人クロ。」
「間違いない。」
「ごめんなさい、私も否定できないわ。」
「ちょっと待ってくれ!!!」

ナチュラルにストーカーである事は
否定できない会長なのであった。
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