ロゼと嘘

碧 貴子

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私の部屋の荷物はお父様によっていずこにか運び去られてしまったけど、最低限の着替えくらいは残っている。
 そもそもこれからは寒村の修道院で過ごすことになるのだから、そう多くの荷物は要らない。
 今日のために密かに用意していたトランクもある。
 お父様のことだから、我を張って自ら出て行った娘など追いはしないだろう。

 ただ一点、ロルフ卿のことだけが心配であったが、今日のお父様の様子を見るに、彼を利用しようという企みは諦めたようだ。
 ロルフ卿にしても、私を一瞥もしなかった。
 だがそれも当然である。
 あんなにも誠意を持って接してくれた彼を、手酷く振ったのは私だ。
 それに、私はずっと欺いていたのだから。
 きっと嘘吐きな人でなしと、私を軽蔑していることだろう。

 にもかかわらず、私を見もしないロルフ卿を思い出すだけで、息が止まりそうになるくらい胸が痛みを訴える。
 空気が薄くなったかのような感覚にとらわれ、のろのろと歩みが遅くなる。
 いつかと同じ、回廊の突き当りを曲がった先で足を止めた私は、よろける体を支えるように壁に手を突いて目をつぶった。

 本当のことを言うと、ロルフ卿が引き留めてくれるかもしれないと、どこかで期待していたのだ。
 もしくは、引き留めるまではいかなくとも、少しくらいは未練を残してくれているかもしれないと期待していたのだ。
 けれども、当然そんなはずもなく。

 ロルフ卿とのことは何もかも全て自業自得だというのに、未だに都合のいい期待をしていた自分には呆れ果てるしかない。
 ロルフ卿にしてみたら、私のことなど二度と見たくもないに違いない。
 今となれば、かつて睨まれていた時の方がまだ親しみがあったように思える。

 しかしそうは思ってはみても、胸の痛みは一向に収まる気配はない。
 ともするとうずくまりそうになる体を、必死に支えて立ち尽くす。
 無心になって吸って吐いてを繰り返し、呼吸に意識を向けてようやく少しだけ胸の痛みが和らいだ私は、ゆっくりとつむっていた瞼を開いた。

 痛む胸を押さえて、止まっていた足を前に踏み出す。
 けれども、その時。

 唐突に腕を掴まれた私は、驚いて後ろを振り返った。
 振り返ってそして。
 この場にいるはずのない人物をそこに認めて、私は硬直してしまった。
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