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「お前、モントの紋章が何か知っているか?」
「え……? はい、オオカミです」
唐突に聞かれて、戸惑いつつ答える。
モント公爵との因縁と家紋に、何の関係があるというのか。
するとそんな私に、お父様があからさまに馬鹿にしたような鼻息を立てた。
「ふん、あれはオオカミではない」
「そうなのですか? てっきりオオカミだとばかり……」
「あれはキツネだ」
言われてモント家の家紋を思い浮かべるも、どう見てもキツネには見えない。
第一、描かれた毛皮の色は灰色である。
それこそキツネにつままれた気分で見返すと、お父様が私の考えなどお見通しだといった様子で話を続けた。
「正確に言うと、オオカミとキツネの中間のような動物らしい。だがモントの奴がキツネと言うんだから、キツネで間違いないだろう。まあ、ほとんど知られてはないがな」
つまり、想像上の動物なのだろう。
しかしながらオオカミとキツネでは、家紋のイメージが大きく異なる。
どちらも知恵者の意味を持つが、前者は勇敢な指導者のシンボルであるのに対して、得てして後者は狡賢いペテン師にたとえらることも多い。
家紋なのだからもちろん悪い意味ではなく、豊穣と富をもたらす慈悲深い存在のキツネとして使われているのだろうが、むしろそちらの意味を知る人間は少ないのではないだろうか。
「つまりは、そういうことだ。本来キツネの象徴をオオカミと偽るような連中だということだ」
皮肉るように口の端を上げる。
「勇敢で公明正大なイメージの裏に、狡猾で人を欺く本性を隠し持っているのだよ。これほど家紋が本質を表す一族もそうなかろうよ」
「……」
「しかも執念深いときてる。一度執着したものは、絶対に諦めないし手放さない。……まあそこは、オオカミも同じだがな。お前の大好きなあの小倅も、そのモントの血を引いているということをよく覚えておくがいい」
そう言って、再び鼻息を吐いて背もたれに寄り掛かる。
それきり、話は終わったものとばかりに瞳を細めて口を閉ざしてしまう。
何となく言いたいことはわかったけれど、これでは実際二人の間で何があったかはわからない。
けれども、すでに自分の世界に入っているらしいお父様に、改めて問いただすのも躊躇われる。
そもそもこれ以上聞いても、答えてくれることはないだろう。
諦めて私も座席に身を預ければ、車内に沈黙が降りる。
だが不思議と、居心地は悪くない。
規則正しい車輪と蹄の音が聞こえる中、穏やかな空気が流れる。
顔を横に向けて窓から外の景色を眺めていた私だったが、ふと、お父様と一緒に馬車に乗るのもこれが最後なのだと気が付いた。
ちらりと目線だけでお父様を盗み見れば、白髪に加えて目尻にもしわが増えていることがわかる。
若かりし頃には絶世の美男子と言われた美貌は未だ健在ではあるが、確実に老いは忍び寄っている。
記憶の中のお父様と、現実との差に、内心ひどく驚きを覚える。
だけどこの馬車を降りた瞬間から、きっと私たちはもう二度と親子として同じ時を過ごすことはないだろう。
諦念と寂しさをない交ぜにしたような何とも言えない感情に襲われた私は、静かに目線を窓の外に戻した。
「え……? はい、オオカミです」
唐突に聞かれて、戸惑いつつ答える。
モント公爵との因縁と家紋に、何の関係があるというのか。
するとそんな私に、お父様があからさまに馬鹿にしたような鼻息を立てた。
「ふん、あれはオオカミではない」
「そうなのですか? てっきりオオカミだとばかり……」
「あれはキツネだ」
言われてモント家の家紋を思い浮かべるも、どう見てもキツネには見えない。
第一、描かれた毛皮の色は灰色である。
それこそキツネにつままれた気分で見返すと、お父様が私の考えなどお見通しだといった様子で話を続けた。
「正確に言うと、オオカミとキツネの中間のような動物らしい。だがモントの奴がキツネと言うんだから、キツネで間違いないだろう。まあ、ほとんど知られてはないがな」
つまり、想像上の動物なのだろう。
しかしながらオオカミとキツネでは、家紋のイメージが大きく異なる。
どちらも知恵者の意味を持つが、前者は勇敢な指導者のシンボルであるのに対して、得てして後者は狡賢いペテン師にたとえらることも多い。
家紋なのだからもちろん悪い意味ではなく、豊穣と富をもたらす慈悲深い存在のキツネとして使われているのだろうが、むしろそちらの意味を知る人間は少ないのではないだろうか。
「つまりは、そういうことだ。本来キツネの象徴をオオカミと偽るような連中だということだ」
皮肉るように口の端を上げる。
「勇敢で公明正大なイメージの裏に、狡猾で人を欺く本性を隠し持っているのだよ。これほど家紋が本質を表す一族もそうなかろうよ」
「……」
「しかも執念深いときてる。一度執着したものは、絶対に諦めないし手放さない。……まあそこは、オオカミも同じだがな。お前の大好きなあの小倅も、そのモントの血を引いているということをよく覚えておくがいい」
そう言って、再び鼻息を吐いて背もたれに寄り掛かる。
それきり、話は終わったものとばかりに瞳を細めて口を閉ざしてしまう。
何となく言いたいことはわかったけれど、これでは実際二人の間で何があったかはわからない。
けれども、すでに自分の世界に入っているらしいお父様に、改めて問いただすのも躊躇われる。
そもそもこれ以上聞いても、答えてくれることはないだろう。
諦めて私も座席に身を預ければ、車内に沈黙が降りる。
だが不思議と、居心地は悪くない。
規則正しい車輪と蹄の音が聞こえる中、穏やかな空気が流れる。
顔を横に向けて窓から外の景色を眺めていた私だったが、ふと、お父様と一緒に馬車に乗るのもこれが最後なのだと気が付いた。
ちらりと目線だけでお父様を盗み見れば、白髪に加えて目尻にもしわが増えていることがわかる。
若かりし頃には絶世の美男子と言われた美貌は未だ健在ではあるが、確実に老いは忍び寄っている。
記憶の中のお父様と、現実との差に、内心ひどく驚きを覚える。
だけどこの馬車を降りた瞬間から、きっと私たちはもう二度と親子として同じ時を過ごすことはないだろう。
諦念と寂しさをない交ぜにしたような何とも言えない感情に襲われた私は、静かに目線を窓の外に戻した。
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