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しおりを挟む「なんだ、やけに痩せたな。きちんと食べていなかったのか? 容色の維持は貴族の娘として最低限の義務だと教えたはずだぞ」
呆れたように言われて、心が冷えびえと冷たくなっていくのがわかる。
お父様が私の体の心配などすることがないのはわかり切っているが、この言い方からするとまだ私を使って何かさせようという魂胆らしい。
もしやロルフ卿に何かする気でいるのかと、眩暈がするような思いに襲われる。
私が何か言ったところで聞くような人ではないが、何故こうもモント公爵のこととなるとお父様は冷静な判断ができなくなるのか。
失望感を隠しもせず、お父様に冷たい目線を送る。
すると私の視線から考えていることを察したらしいお父様が、にやにやと笑みを浮かべて口ひげを撫でつけた。
「心配しなくていい。お前に何かさせるつもりはない」
「……」
「単に今日は、お前宛で王太子直々の招待状が届いたから連れて行くまでだ」
やけに機嫌がいい。
こういう時は、用心するに限る。
「ははは、まだ疑ってるのか? お前もいい顔をするようになったじゃないか。だが実際何もないのだから疑うだけ無駄だぞ」
警戒心も露わに押し黙る私に、お父様が上機嫌で笑顔を向けてくる。
だが私の荷物が運び出されている以上、何かあるのは確実である。
嘘か本当かわからないが、どちらにしろこの状況では従うよりほかはない。
馬車という密室の中、ずっと険悪なままでいるのも馬鹿々々しいと判断した私は、小さく息を吐いてからお父様に向き直った。
お父様の機嫌がいいというのなら、この機会を利用しない手はない。
「過去、お父様とモント公爵の間で、いったい何があったのです?」
単刀直入に聞く。
どうせお父様相手に小細工は通用しない。
それに何となく、今なら答えてもらえる気がした。
「お二人は親友だったと聞きました。それがここまで反目し合うことになるなんて、余程のことがあったとしか思えません。やはり、王妃殿下のことでしょうか」
同い年の二人は同窓生であり、少年期から青年期を共に同じ寮で過ごした仲だという。
ゾネントスとモントという因縁の家門ではあるけれども、お互いに公爵家という身分から、当時は数少ない気の置けない友人として随分と親しくしていたらしい。
学校を卒業した後も、両家の親――つまり私のおじい様に嫌な顔をされつつも、二人の交流は続いたのだという。
にもかかわらず、王妃殿下の死後、一転して二人は険悪な仲となったのだ。
かつてお父様と王妃殿下は恋仲であったということからも、やはり二人の決裂の原因は王妃殿下の死因で間違いないだろう。
さしずめ家門のために王妃殿下を弑したモント公爵を、お父様は許せなかったといったところか。
しかし、私の予想を嘲笑うかのように、座席に深く腰掛けて腕を組んだお父様が顎を上げて見下ろしてきた。
「は。ようやく口を開いたかと思えば、いきなりそれか。相変わらずお前は駆け引きというものがわかってないな。お前もゾネントスなら、もう少し相手を懐柔する術を身に付けろ」
「……」
「だが、まあいい。今日は特別に答えてやろう」
本当に、機嫌がいい。
それとも追い出す娘への、せめてもの餞別か。
どちらにしろ滅多にはない機会に、私は神妙な態度でお父様の顔を見詰めた。
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