ロゼと嘘

碧 貴子

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「ロルフ卿に用意させると言っていた証拠というのは、さしずめモント公爵が前の王妃殿下を手に掛けた証拠ということでしょう。ですが、皆が知っていて口を噤んでいたことを今更暴いたとて、誰が話に乗るというのです。しかも、暴くのは嘘吐きで狡猾だと言われているゾネントス公爵となれば、誰も耳を貸さないでしょう。つまり、前の王妃殿下の死にモント公爵が関係していたという証拠を揃えたとしても、モント公爵を失脚させることは不可能だということです」
「……」

 お父様の眉間のしわは、ますます深い。
 口元を引き結んで黙りこくっているところを見るに、お父様も薄々はわかっているのだろう。
 にもかかわらず、強引にモント公爵を失脚させようと画策したのは、ひとえにお父様の私怨に他ならない。
 そして得てして私怨による行動は、人を盲目にさせ、破滅へと導くのだ。

「ですから、私は我が家のためを思って、事前にお父様の計画を止めさせていただきました。むしろお父様こそ、我が家にとって何が最良かを考えられたらいかがですか?」

 まっすぐに視線を向けるも、依然お父様の顔は険しい。
 菫色の瞳は、光を失ってほぼ黒に近い。
 暗い色の瞳に、先ほどのロルフ卿を思い出した途端、私の胸に鋭い痛みが走った。

「……ふん、知ったような口を。お前ごときに何がわかると言うのだ」
「だからこそ、ですわ。私のような取るに足らない小娘にわかることが、お父様にわからないはずがありませんでしょう?」
「もういい。下がれ」

 完全に背を向けたお父様に、一礼してから書斎を出る。
 これでもう、お父様には完全に見限られただろうが、今の私には何もかもがどうでもよかった。

 しかし、やるべきことはやり終えた。
 ロルフ卿には真実を告げ、お父様には諫言を述べた。
 どちらとも縁は切れてしまったが、そもそも最初からあってないようなものだったのだ。
 ロルフ卿にしろお父様にしろ、嘘を、虚像を真実と自分に思い込ませて生きていくよりは、余程いい。

 ただ、ただ、疲れた。
 馬車の中で散々泣いた眼は、もう涙など枯れ尽くしたかのようだ。
 今は、濃くて重い疲労感だけが纏わりついている。
 誰もいない部屋の中、外出着を着替えることなくベッドに横たわった私は、小さく膝を抱えるように丸くなって、目を閉じた。


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