ロゼと嘘

碧 貴子

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「別に寒くはありません」
「だが……」
「寒かったら、自分の上着を羽織ります」
「……」

 声に棘が混じるも、致し方ない。
 今のは、明らかに躱されたのだから。

 あの状況で抱きしめられたなら、誰だって期待する。
 やはり、私に魅力がないのか。
 もしくは、はしたない女だと呆れられているのかもしれない。
 一転して、今日一日ロルフ卿を待ちわびて舞い上がっていた気持ちが、重く沈み込む。

 憂鬱な思いでさらに体を離し、ロルフ卿に背を向ける。
 着せられたマントの留め金を外しつつ、上着を取りにクローゼットへと向かおうとしたところで、しかし。
 距離を詰めたロルフ卿が、私を引き留めるかのように肩に手を置いた。

「ロゼリア」
「お気に召さなかったようですから、着替えてきます」
「違う。そうじゃない」

 では、なんなのか。
 違うと言われても、一度頑なになってしまった心では素直に聞くことはできない。
 反応を楽しみにしていた分、落胆も大きいからだ。
 引き留める手を振り払って、なおも進もうとする。
 けれども、今度はお腹に腕を回され、引き寄せ抱き寄せられて、私は反射的に体を硬くした。

「違うんだ、君の服が気に入らなかったんじゃない。凄くよく似合っていると思う」
「……」
「ただ……」

 きまり悪げに、言葉を濁す。
 黙って次の言葉を待っていると、言いにくそうにロルフ卿が口を開いた。

「……その服は、目のやり場に困るから……」

 言われて、私は勢いよく体ごとロルフ卿を振り返った。

「目のやり場に困るとは?」
「や……その……」
「それは、ドキドキするってことですか?」

 ロルフ卿の腕の中で、下から覗き込むようにして顔を上げる。
 この人がこんなにも動揺しているところは、初めて見る。
 期待を込めて見詰めると、しばし逡巡した後で、ロルフ卿が観念したかのように頷いた。

「そうだ」
「……!」
「君の御父上の許しを得るまでは、不埒な真似はできない。だから――……ロゼリア?」

 思いのままに抱き付けば、ロルフ卿がますます動揺するのがわかる。
 つまりは、私のためを思って我慢してくれていたということだ。
 彼も同じ気持ちでいてくれたということが、たとえようもなく嬉しい。
 さっきまでの憂鬱が、嘘のようだ。

 ふわふわと舞いがる思いのまま、ロルフ卿の胸に顔を埋めて温もりを堪能する。
 こんな風に触れ合うのは、プロポーズ以来のことだ。
 ずっとこの温もりが恋しかったのだと、改めて気づく。

 互いに無言で抱きしめ合った後、名残惜しい思いで体を離した私は、そっとロルフ卿の手を取って部屋の中央にあるソファーへと誘った。

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