ロゼと嘘

碧 貴子

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「結論から言う。奴との結婚は、許す。だが、すぐにではない」
「それは……」
「奴の叙爵は最低条件だ。ゾネントスの娘を貰うに、今の爵位では話にならんからな。とはいえ、こうもすぐに出した条件をこなしてくるとは思わなんだ。奴め、相当お前に入れ込んどるらしいな」

 意地の悪い笑みを浮かべて口ひげを撫でる。
 言っている内容といい、仕草といい、世間の思い描くゾネントスのイメージそのままだ。

「となれば、利用しない手はなかろう?」
「そんな、利用だなんて……。人の気持ちを弄ぶようなこと、私は嫌です」
「だからお前は、駄目だと言っている。いつまでそんな青臭いことを言うつもりだ」

 そもそも嘘から始まった関係で、これ以上不誠実な真似はしたくない。
 しかもロルフ卿は誠意をもって接してくれているというのに、そこにつけ込む形で利用するなど、もっての外だ。
 きっぱりと拒絶するも、お父様が苛立ちも露わに鋭い視線を向けてくる。
 けれども、ここで引くわけにはいかない。
 引いてしまったら、ロルフ卿はおろか、自分自身にも顔向けができないだろう。

 すると、思いのほか強硬な私の態度に、お父様が目を細めた後で声音を和らげて諭しにかかった。

「ロゼリア、お前が言っていることは、確かに正しいよ」
「でしたら……!」
「だが、正しいことが常に最良とは限らない。最善であることと正しさは、別物であるし、正しさに固執するのは愚かだ。それはお前も嫌というほどわかっているだろう? ロゼリア、もっと柔軟になりなさい」
「……」

 お父様の言っていることも、間違いではない。
 正しさに、正義に固執して、結果私は社交界で疎外された。
 代わりに、正しくはなくとも、その時その時で人々の望む言葉と行動を取ることができるヒルデガルド令嬢が受け入れられたのだ。
 当時はそれが理解できず憤慨したけれども、今では人間社会で生きていく上では必要なことだともわかっている。

「それに。利用という言葉は悪いが、別に策に嵌めて謀ろうというんじゃない。ただ、我が家門を守り、今後も繁栄していくためにも、彼には協力をしてもらわなくてはならないというだけだ」

 穏やかな声音に、私の警戒が少しずつ解かれる。
 実際、お父様はロルフ卿をどうするともまだ言ってはいない。
 具体的な話を聞く前に、私が勝手に決めつけて先走っただけだ。

「そもそも体面というものもある。いくら叙爵が決まったとはいえ、それでもたかが伯爵、モントの小倅ごときに易々と大事な娘はやれない。そうだろう?」
「お父様……」
「あやつが本当の意味でお前と一緒になるというのなら、覚悟を見せてもらわねば。それを望むのは父親として当然のことだ」
「はい、お父様」

 “大事な娘”の一言に、胸がいっぱいになる。
 やはりお父様は、ただ冷酷なだけの人ではないのだ。
 普段はそうとは見せないけれども、ただの道具としてではなく、ちゃんと娘として愛してくれているのだ。
 素直に頷けば、お父様も頷き返してくれる。


 けれども私は、何故あのお優しいお兄様がお父様との対話を諦めたのかを、もっとよく考えるべきだった。
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