ロゼと嘘

碧 貴子

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「やあ、こんなところにいたのかい。どこにいるのかと探してしまったよ」

 にこにこと笑う王太子殿下に、深く膝を折って場所を空ける。
 他は目に入らないといった様子で真っすぐヒルデガルド令嬢のもとに行った王太子殿下が、彼女の腰に腕を回して脇に抱き寄せてから、私に顔を向けた。

「ロゼリアすまない、手間をかけさせてしまったね」
「いえ、私はなにも」
「はは、ありがとう。じゃあ僕たちは行かせてもらうね」

 そう言って、ヒルデガルド令嬢を連れて颯爽とこの場を離れる。
 途中、ヒルデガルド令嬢が縋るように私を見てきた気がするが、殿下に連れられて、あっという間に人垣の向こうに消える。
 会場の中央に向かう殿下達を見送って、私はほっと安堵の息を吐いた。

 衆目は今、全て殿下達に集まっている。
 皆、殿下達の婚約発表を待っているのだ。
 私から注意が逸れたところで、そっと壁伝いに出口へと向かう。
 折しも、まさに殿下が高らかに婚約を宣言したところで、わっと会場中から歓声が上がった。

 今なら、私がいなくなっても誰にも気付かれないだろう。
 目立たぬよう拍手を送りながら、そろそろと後退して開かれたままの扉を抜ける。
 扉脇に控えていた警護の騎士に訝し気な視線を送られたものの、無事会場から出られた私は、素知らぬ顔で歩き出した。

 婚約の発表がなされた今、会場の外に出てくる人間はまずいない。
 これなら誰に見られることなく、帰ることができる。
 一応パーティーには顔を出したし、婚約発表までは居たのだから、十分義理は果たしただろう。

 開放感で足取りも軽く、回廊の突き当りを曲がる。
 しかしそこで、唐突に手首を掴まれた私は、突然現れた何者かによって背後から拘束されてしまった。

 驚いて悲鳴を上げる前に、口元に手が当てられて塞がれる。
 片腕で軽々と体を持ち上げられて、近くの空き部屋へと引きずり込まれるまで、瞬きの間で。

 音もなく閉まるドアを呆然と見守って、私は全身から血の気が引く感覚を味わっていた。
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