上 下
90 / 93

26-1

しおりを挟む
 

「岬さん! もう一度……もう一度考え直しませんか……!?」

 胸の前で両手を揉み搾って必死に言い募るのは、岬の後輩、篠山愛良だ。
 晴れてOJT期間も終わった今、愛良ももう新人ではない。

「絶対日本に居た方がいいですって! それに! わざわざそんな訳の分からない所に嫁がなくても、岬さんだったらお相手はいくらでもいますから! てか、私が責任をもって探します!!」

 ずいっと詰め寄って捲し立ててくる。
 もう何度目になるかわからない遣り取りだが、相変わらず凄い迫力だ。
 特に最後の出社日である今日は、鬼気迫るものがある。
 思わず岬は、両手に花束を抱えたままたじたじと後退った。

「やー、もう決めたことだから……」
「そんなの、いくらでもやめられますよ!! 今からでも遅くありません、私がラインハルトさんに言って――」
「篠山、ごめんね?」

 一人加熱する愛良を遮って、苦笑しながら首を傾ける。
 ポンポンと宥めるようにふわふわとした茶色い頭に手を置くと、愛良がキュッと口をすぼめて下を向いてしまった。
 前髪の隙間から見えるその顔は、少し赤い。
 もしかしたら、泣くのを堪えているのかもしれない。

 バーベキューで一悶着あった後、すっかり取り繕うことをしなくなった愛良は、あれからずっと事あるごとに岬を説得してくるようになったのだ。
 先輩と後輩という関係にしてはいささか愛良の岬に対する熱の入れようが尋常ではないが、それでも慕ってくれているからこそだと思えばやはり嬉しい。
 しかしながら、一瞬でも愛良とラインハルトの仲を疑った時の感覚は強烈で、逆にそのことが岬の中で改めてラインハルトへの思いを再認識することになったのである。
 あれ以来愛良を自宅に招いたことはなく、岬自身もその嫉妬心を隠そうともしていない。
 そのため、そんな岬の変わりように、愛良も岬のラインハルトへの思いの強さを感じ取ったようだった。

「愛良ちゃん、さすがに最後くらい気持ちよく笑って見送ってあげなきゃ」
「むー……」

 岬と愛良の遣り取りを見ていた島崎が、苦笑して間に入る。
 すると、小さく声を上げた篠山が、ますます顔を下に俯けた。

 バーベキューで島崎が愛良を送っていってから、この二人の距離が随分と近い。
 どうやら岬を説得することは難しそうだとわかって落ち込む愛良の話を聞いたり宥めたりと、島崎が何くれとなく彼女の世話を焼いているのだ。
 とはいえ、まだ付き合うには至っていないらしいのだが。
 まあ、島崎の今後の頑張りを期待したいところである。
 そんな二人の様子を微笑ましく眺めて、岬は改めて愛良に向き直った。

「篠山の気持ちは嬉しいけど、でもやっぱりそれは受け入れられないな」
「うう……」
「前にも言ったけど、私、ライが居ないと駄目なんだ。出会う前にはわからなかったけど、ライが居て初めて、私が私らしく息ができる気がするのよ。……それに、もう後悔はしたくないしね」

 ラインハルトを失ったと思ったあの一か月は、今でも思い出すだけで足下が冷えるような思いになる。
 あの時、何故一緒に居たいと言わなかったのか、後悔して過ごす日々は酷く辛かった。
 もう二度と、あんな思いはしたくない。
 何より岬は、今ではラインハルトが居てこそ自分が自分らしく在ることが出来るのだと、心の底から感じていた。
 多分それは、ラインハルトも同じだろう。

 確かな絆に、心の底から笑みが浮かぶ。
 するとそんな岬に、愛良が泣き笑いのような顔で見上げてきた。

「……やだなあ……。岬さんにそこまで言わせるなんて、どうやったって私に勝ち目はないじゃないですか……」
「篠山……」
「……でも、私達のこと、忘れちゃ嫌ですよ?」

 そう言ってにこりと笑った愛良に、岬は今日一番の笑顔で答えた。

「もちろんよ! 忘れるわけないじゃない!」
「絶対! 絶対ですからね……!」

 外に出れば、今日は定時よりも少し早く退社したため、空がまだ青い。
 空気は未だ冬の冷たさを残しているが、春の訪れを感じる日差しに、岬は空を仰いで眼を眇めた。


しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話

水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。 相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。 義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。 陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。 しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

処理中です...