さくらんぼの恋

碧 貴子

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第二章

26-1 アンヌ

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「これはエーベルト様。お珍しいですね。今日はどうされました?」
 しれっと尋ねながら、クロードが私から体を離す。
 私は急いで襟元を直して隣に並んだ。

「はぁ、クロード。お前、本当にいい性格してるよな」
「いえいえ、それ程でも」

 や、褒めてないから。それ。
 エーベルト様、ため息ついてるし。
 とういうか。
 ああもうっ。お嬢様の顔をまともに見られない。

「……まあ、いい。それよりクロード、付き合え」
「かしこまりまして」
 クロードが優雅に一礼して、エーベルト様についていく。
 どうやら久々に手合わせをするようだ。

「ア、アンヌ。だ、大丈夫……?」
「はい。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」

 お嬢様は未だに真っ赤だ。
 本当、お嬢様は可愛い。癒される。
 人妻になられて、あんなことやこんなこともしてるだろうに、お嬢様はまだまだ初心だ。
 ま、お相手がエーベルト様だからというのもあるかもしれませんが。
 うん。エーベルト様がお嬢様を大事になさってる証拠ですね。
 いいことだ。

「それにしても、クロードがあんなことをするなんて……」
 私と組手をしながら、お嬢様がつぶやかれる。

 ですよねー。
 私も、つい最近までクロードがこんなんだって、知りませんでしたよ。

「で、でも。情熱的で、ちょっといいわね……」

 ん? お嬢様……?
 頬を染めて、何言っちゃってんですか!?

「アンヌ達は、大人なお付き合いなのね。そうよね、二人共、もう25歳だものね!」
 お嬢様の瞳がキラキラ輝いている。

「それにさっきは、お義姉様に頂いた本のワンシーンみたいだったわ! さすがアンヌね!」

 憧れの眼差しで見詰められて、思わず笑顔が引き攣ってしまった。
 どうやらお嬢様の中で私は、経験豊富な大人の女認定されてしまったようだ。
 つい最近まで処女だったとは、とても言えない。
 というか、若奥様。お嬢様に何て本お渡しになってるんですか。
 そう。なにやらお嬢様は、ご結婚に臨んで義理のお姉様若奥様から閨の手解きとしてロマンス小説を頂いたようなのだ。
 若奥様お手製の刺繍のカバーが掛けられた本が、こっそりお嬢様の本棚の奥に置かれているのを私は知っている。
 まあ、お嬢様付きの侍女ですからね。大概のことは存じておりますとも。
 パラっと中を確認したけれども、ごくごく一般的な性行為の描写があるくらいで、そんなに大した内容ではなかったですが。
 私は、経験はなくとも、知識だけはありますからね。
 それに、今更この歳でカマトト振るつもりもない。
 でもきっとお嬢様にとっては、それでもとても刺激的な内容だったに違いない。
 ドキドキしながらそれを読んでるお嬢様とか、なんだかとても微笑ましい。
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