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第一章
12-3
しおりを挟むその夜、部屋で鬱々とした気分のまま本を読んでいたエーベルトは、外から窓を叩く音に驚いて顔を上げた。
公爵家のエーベルトの私室は2階だ。しかも今は夜のいい時間である。
しかし、もしや、という思いでカーテンを引くと、果たしてそこにはエーベルトの予想通りの人物がいた。
「リディっ!! 何やってんだよっ!?」
「ふふふ、懐かしいでしょ? 子供の頃は時々こうやって、お互い遊びに行ったりしてたじゃない?」
エーベルトが開けた窓から当然のように部屋へと入り、リディアーヌが楽しそうに笑った。
子供の頃は、邸の壁をよじ登ってこっそりお互いの部屋に遊びに行ったりしていたのだ。喧嘩してエーベルトが部屋に籠った時も、こうやってリディアーヌが訪ねてきたのだ。逆にリディアーヌが拗ねて部屋にこもった時は、エーベルトがリディアーヌの部屋に行ったこともある。
ニヴルヘイム家では、剣術や護身術を学ぶとともに、サバイバル技術の一環として木登りや壁のよじ登りといった訓練も行う。なので、リディアーヌとエーベルトは互いにやんごとない令嬢令息でありながら、玄人顔負けの隠密技術とサバイバル技術を身に着けている。互いに高位貴族の子供であり、常に誘拐など様々な危険に晒されていた為というのが理由らしいが、エーベルトは密かに代々ニヴルヘイム家当主の趣味だと思っている。
「それにしてもリディ! さすがにまずいだろ!?」
子供の頃ならいざ知らず、さすがにこの歳で侯爵令嬢が夜中に男の部屋に忍び込んだなどと知れたら、とんでもないことになる。
盛大に呆れるエーベルトに、リディアーヌがムッとした顔になった。
「あら? 私が誰かに見つかる様なへまをするとでも思ってるの?」
「そうじゃない! リディは女の子だろう!? 言ってくれれば、俺が行ったのにって話だ!」
言ってしまった後で、エーベルトはしまった、と思った。何故かリディアーヌは女の子扱いされるのを嫌がるのだ。
以前馬車の中で互いの気持ちを確認した時に何となく察したのだが、どうやらリディアーヌにしてみると、女扱いされることで距離を置かれたように感じるみたいなのだ。きっとリディアーヌの中では、いつまでも子供の時のままの関係でいたいという思いがあるのだろう。
案の定、リディアーヌが真っ赤な顔で睨みつけてきたため、エーベルトは慌てて言葉を足した。
「馬鹿にしてるわけじゃないぞ!? むしろ俺が不甲斐なくて申し訳ないって言いたいんだ!」
「…………どういうこと?」
「こういう場合、普通は男が会いに行くものだろう? 俺が不甲斐ないばっかりに、リディに来させてしまって申し訳なかったなって思ってるってことだよ」
眉を下げてそう言うと、どうやら溜飲を下げたらしいリディアーヌが大きく息を吐いた。
とりあえず喧嘩は回避できたらしいことに、エーベルトはホッとした。
せっかくリディアーヌがリスクを冒してまで会いに来てくれたというのに、わざわざ険悪な雰囲気にはなりたくない。驚きはしたが、エーベルトだってリディアーヌに会えて嬉しいのだ。
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