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第一章
10-5
しおりを挟む「……それにしても、ベル」
「なんだ?」
「お前は心配じゃないのか?」
「何がだ?」
何となく言いたいことは分かったが、エーベルトは敢えて分からない振りをして二杯目のグラスを手に取った。
「未だにリディアーヌ嬢を王太子妃にと推す連中がいるらしいぞ? それに、殿下もまんざらじゃないみたいだしな」
「…………らしいな」
幼い頃からニヴルヘイム家の令嬢として厳しい教育を受けてきたリディアーヌは、語学に堪能であり、かつ社交も振る舞いも同年代の令嬢の中では抜きんでて秀でている。リディアーヌ本人は全く知らないことだが、非常に優秀な彼女を是非とも王太子妃にと望む意見がかなりあったのだ。
ただ、一人娘であるリディアーヌを溺愛しているニヴルヘイム侯爵が、王族などに嫁ごうものなら家族といえども殆ど会えなくなってしまうことを厭い、それくらいならばと渋々エーベルトとの婚約を認めていたのだ。
それに、何だかんだ言ってニヴルヘイム侯爵は夫人に頭が上がらない。エーベルトの母である公爵夫人と非常に仲の良い夫人がリディアーヌとエーベルトの結婚を望んでいるため、ニヴルヘイム侯爵もそれには従わざるを得ないのだ。
まあ、赤ん坊のころからずっと一緒に居るため、侯爵もエーベルトのことは実の子のように可愛がってくれてはいるのだが、いかんせん昔から風当たりがきつい。リディアーヌと一緒になるのだからと、地獄のような鍛錬をさせられてきたのは絶対に忘れられない。
ちなみに、リディアーヌの父も兄も、鬼のような筋肉馬鹿だ。リディアーヌの性格は、絶対侯爵に似たのだろう。
「それがわかっていたから、ベルはリディアーヌ嬢が王宮に行くのを嫌がってたんだろう?」
「……」
「本当、素直じゃない。リディアーヌ嬢を私に勧めていたのだって、私だったら絶対彼女に手を出すことがないとわかっていたから安心していられたんだ」
にっこり笑って痛いところをついてくる。本当、この友人は容赦がない。
「ま、大事にするのはいいことだが、大事にし過ぎて横から掻っ攫われないよう気を付けるんだな」
「……忠告はありがたくいただいておくよ」
レイノルドなりに心配してくれているのだろう。
未だにリディアーヌを王太子妃にと望む声があることはエーベルトも知っている。しかし、王太子もエーベルトの友人だ。だから彼もリディアーヌとエーベルトのことは良く知っているのだ。
その為、王太子もリディアーヌのことは気に入っているみたいだが、さすがに友人の婚約者を奪うようなことはしないだろうとエーベルトは思っていた。
だが、レイノルドと共に互いの婚約者を迎えに行ったその場で見た光景に、エーベルトは激しい焦燥感を覚えた。
エーベルトが見たのは、やはりその夜招待されていた王太子と楽しそうに笑い合うリディアーヌの姿だった。
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